コミックナタリー Power Push - 松本嵩春「AGHARTA」完全版
奇才の最大長編、ついに完結 いま明かされる、充電と再生の舞台裏
1997年から松本嵩春がウルトラジャンプ(集英社)にて連載していた「AGHARTA - アガルタ -」は、砂漠化した未来の地球を舞台に、少年・ジュジュと、鎖に繋がれた謎の少女・レエルの冒険を描くSF作品。2009年から長らく休載が続いていたが、2016年、ついにその沈黙を破り、未発表の完結編を含む完全版がワニブックスから刊行される運びになった。
コミックナタリーでは刊行スタートのタイミングで、松本へのインタビューを実施。休載当時に起きていたことや作品の誕生秘話について赤裸々に語ってもらった。併せて松本の主要作品を、本人が連載当時を思い出すコメント付きで紹介する。
取材・文・撮影 / 安井遼太郎
「最後まで責任持たなきゃ」ってのだけはあった
──「AGHARTA」完全版の刊行、おめでとうございます。まずは今のお気持ちを伺ってもよろしいでしょうか。
実は最終話までの原稿自体は、2012年ぐらいにはもう描き上げてはいたんですよ。「もういいや」とか考えていたときもあったんですけど、世に出ないっていうのはなあ、とは思っていて。ワニブックスさんに拾ってもらわなかったら陽の目を見なかったわけで、非常にありがたいと感謝しています。
──ウルトラジャンプでは2009年に掲載されたのを最後に、休載が続いていました。描き上げられていたのに掲載されなかったのはなぜなのでしょう。
あの頃はちょうどいろいろなことが重なっていた時期で、僕も事切れはじめていたというか。連載が途切れがちになっていたから、当時の編集部と、最終話まで描き溜めてから掲載しようという話をしたんですが、それで気持ちが、ストンと切れてしまったんですよね。自分でも、締め切りがなくなった状態では本当に描かなくなっちゃうなとは思っていたんですけど。「最後まで責任持たなきゃ」ってのだけはあったんで、それで最後まで描きはしたんだけど、脱稿した頃にはもう、編集部の体制も何度か代わった後になってしまっていて。
──世に出すタイミングを逸してしまったと。
一時期は同人誌で出すことも考えたんですが、巡り巡ってワニブックスさんで出していただくことになって。最終話の部分だけじゃなく、全巻復刻してもらえるという話をいただけて、非常にありがたいです。もうカバーイラスト全部描きますよ!って。カラー苦手だしネタないけど!って。
──(笑)。再開を待ち望んでいるファンにとっては、本当に吉報だと思います。
僕はTwitterとかやらないんですけど、人づてに、待っている人はいるみたいだよっていうのを聞くと、そういう人たちのためにも、続きを出せるのは本当によかったと思います。作品には僕だけじゃなくて、関わってくれた編集さんや、読んでくれたり世話してくれたりする人たちがたくさんいるわけで。そういう人たちに申し訳ないなっていう気持ちを、今回である程度は成仏させることができたかなと。まだ成仏の途中なんですけどね(笑)。
わかりやすくしようとしたら、ああなった
──「AGHARTA」は世界観などの説明を排した作風で、一部では難解だと言われることも多い作品ですが、あの作風は当時から意図的にやられていたのでしょうか?
確かに連載していたときから、知り合いから「わからない」って言われていたんですよ。でも僕からしてみるとそんなつもりはあまりなくて。わかりやすくしようと、がんばって情報を埋め込もうとしているうちにああなっちゃった。単純に僕が下手くそっていうことなんだと思うんですけど(笑)。あと、世代かなあって。
──世代として、難解な作品を好む傾向が?
僕らの世代の若い頃って、少女マンガなのか少年マンガなのかがあいまいな作品が出始めていた頃で。僕も、ジャンルがわからない作品に対して興奮を覚えていた時期があったんですよ。少年マンガが好きだったんだけど、そのうち柴田昌弘先生や御厨さと美先生の作品に出会って。あと内田美奈子先生の作品を読んで、もうなんじゃこりゃってなりました。絵とコマ割りとセリフが合っているようで合っていないというか、とにかく情報量で翻弄される。なんかよくわかんないんだけど、やっている題材はすごくSFっぽくて。そういう、読者を混乱させるほうがイケてるマンガ、って思わされちゃったところはあるんですよね。
──1980年代のマンガ作品の影響が大きかった。
ちょうどアニメでも、富野由悠季監督が出てきた時期なんですよね。どんどん状況が悪化して、どうなっちゃうんだろう、って思ったときに、最終回で大花火が、不発かもしれないんだけど、バカーンって上がる。その射精感というか、カタルシスが気持ちよくて。そうやって、砂上の楼閣でもいいから情報を積み上げていくのがいいんだって思っていたんですよね。あと大友克洋先生の「AKIRA」とか、そういうのを見聞きしていた時代だったから、ディテールが積み重なっていたり、複雑にやっていたほうがいいっていうのがあったのかなとは思う。でも最近ゲラで読み返したら、やりすぎだなとは感じました(笑)。
──もう少し読者にわかりやすく描いてもよかった?
うーん、本当にね、不器用にやっているんですよね、ものすごく。こんなに情報をキツキツにせずに、もう少し隙間を作ったほうがよかったかなと。ただ、こういう異様なノリっていうのは、連載しているとき独特のもので、それにはそれのよさがあるよなあとも思ったり。最後まで連載のままでやっていたら、最終回はどうなっていたかなという気持ちはあります。
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松本嵩春(マツモトタカハル)
1968年5月1日生まれ。主な著作に「GONG ROCK」(ジャパン・ミックス刊、後に「松本嵩春作品集」(アスペクト刊)に収録)、「バーチャファイター -レジェンド・オブ・サラ-」、「2HEARTS」全4巻(ともに徳間書店刊)、「きらいになれない(仮)」、「AGHARTA - アガルタ -[完全版]」全11巻(予定、ともにワニブックス刊)がある。2016年現在はホーム社のWebサイト・画楽ノ杜で「メザニーン」を連載中。