コミックナタリー Power Push - 松本嵩春「AGHARTA」完全版

奇才の最大長編、ついに完結 いま明かされる、充電と再生の舞台裏

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松本嵩春インタビュー
松本嵩春クロニクル
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本当は、ふくよかな女性が描きたい

──今回はカバーイラストを全巻描き下ろされているとのことですが、今と昔で描いてみて感覚の違いはありますか。

「AGHARTA - アガルタ -」1巻(旧版)

もうだいぶ当時から描き方が変わっちゃっていて、どうしても同じようにはならないですね。1巻の頃のレエルが持っている妙なクールさなんかは、今は表現できてないなと。実際画材も変わっていて、連載中に、キャラクターに入れるペンをGペンから面相筆に変えたんですよ。今はまた戻しちゃったんだけど。

──それはどういった意図があったんでしょうか。

連載中、トーンを貼る時間が惜しくなってきて。貼らないで絵が持つにはどうしたらいいだろうって考えた末の苦肉の策なんです。印刷の仕上がりも筆の線のほうがいいしっていうので描いていたら、そのうち筆で描くほうがメインになっちゃったんです。話が後半になるにつれて、周りが言うにはアヴァンギャルドな絵になってきて、そうするとますますアシスタントがトーンを貼れなくなるんですよね。物理的に境目がわからないって(笑)。未発表の完結編なんかは、その集大成みたいな絵柄になっているんですけど。

──そのタッチがまだ手に残ってしまっている感じでしょうか。

「AGHARTA - アガルタ -」完全版3、4巻に使用される予定のカット。

ええ。完全版のカバーイラストは久々のカラーだったのもあって、本当にどうしたらいいんだろうと思いながらやってましたよ(笑)。3、4巻は、ワニブックスさんってことで、グラビアや写真集っぽくなるようがんばりました。

──ああー、なるほど! 確かに言われてみると。意識されたアイドルやモデルはいますか?

僕が好きだった写真集やグラビアって、本上まなみさんとか、吹石一恵さんがいちばん最近で。あの頃のテンションを取り戻そうとしましたよ。あと「仮面ライダー電王」に出てた白鳥百合子さんのイメージかな。ただ描き下ろしのあとがきマンガでも言ったんだけど、本当は、ふくよかな女性が描きたくて。

──松本先生の描かれる女性は、どちらかといえばスレンダーな印象があります。

「AGHARTA - アガルタ -」より。ジャドが襲われるシーン。

ああいうイラストは、いづなよしつねさんや、村田蓮爾さんみたいな、フィギュア感のある絵がやっぱりいいなと思ったところから始まっているんです。女体としてそこまで興味があるわけではないんだけど、言わば絵描きとしての欲求から描いていた。けど一方で「豊満でふくよかな女性を上手く描けるようになったら、一生食っていける気がするんだけどな」っていうのもあって。

──旧版単行本4巻の裏表紙とか、比較的肉感的な絵ですけれど、こういう感じですか。

いや、それはまだまだ筋肉やスジを描きすぎな部類です。もっと、上山徹郎先生みたいな……骨とか筋肉が全然見えない感じが理想。

──一般的には太っている、と言われるのと紙一重なくらいですね。そういった感覚の原体験というのはどこにあるのでしょう。

僕らが見ていた少年マンガって、線にしないで肉を感じさせる絵というか、ただそこにいるだけで猥褻な感じを出してくる女性キャラがいて。僕は三浦みつる先生の「The♥かぼちゃワイン」に出てくるエルちゃんが大好きだったんだけど、彼女みたいに、なんか、うろうろしているだけでもまずいんじゃない?って思わせちゃうあの感じが、ね。だからもっとこう、肉を感じさせるような絵が平然と、パッと描けるのが理想なんです。めちゃめちゃ線を入れているのは、描けないからで。これはね、ごまかしているだけなんですよ!

──なるほど。線が少ないけど肉感的な絵を、スピード感を持って。

そうそう。でもね、描けないんだよね。ディテールが好きだから。好きだし、ディテールに逃げちゃうっていうのもあるんだよね。

紅花(ユンファ)は、もうちょっとうまくできたんじゃないか

──月刊少年キャプテン(徳間書店)で「2HEARTS」の連載が終わってから、1年経過しないうちにウルトラジャンプで「AGHARTA」の連載を始められていますね。その経緯はどのようなものだったんでしょうか。

キャプテンで「2HEARTS」の最終回をどうにか描いて、次の新作をって言われたときに持って行ったオリジナルが「AGHARTA」のパイロット版だったんですね。少女の殺し屋を描いた作品だったんだけど、当時の編集部は、女の子が人殺しをするような作品は望ましくないという反応で。

──へええ。意外というか、今ならそんなに珍しくはない題材ですよね。

「AGHARTA - アガルタ -」より。レエルとウルスラの激しい戦闘シーン。

すごく厳しかったんですよ。「殺す相手、宇宙人かロボットになりません?」って言われちゃって。そんなことするメリットがないし、僕は宇宙人とかロボット描けないしなーってなって悩んでいるときに、ちょうどウルトラジャンプの編集長にお会いして、やってみないかって言われて。じゃあそのネタを持ち込もうと。そのときのキャプテンの編集部にも話を通して、そんな感じで始まりました。

──そもそも、少女の殺し屋の話を描こうと思ったのはどのような発想から?

以前から格闘ものが好きだったから、それを女の子にやらせたら好みだしオタクっぽくていいかなっていう。園田健一先生が拳銃を持たせたり、士郎正宗先生が軍人や警察として描いたりしている中、そうじゃなくて、比較的普通の女の子による肉弾戦っぽいことを。それもコントみたいにはせずに、シリアスにやれないかと思ったんです。その当時、タランティーノとかスパイク・リーとかの映画もヒットしていて、その影響もありますね。サスペンスのある雰囲気というか。

──全体のプロットや、どれくらいの長さになるか、というのは考えられていましたか。

「2HEARTS」が4冊だったから、それよりは多いかなと思っていたけど、あんまりちゃんと決めてなかったですね。どんどんキャラクターを出していって、うまく配置できたらストーリーも回ってくれるかなっていうのんきな感覚で。でもそうでもなかった、やっぱり(笑)。

──なかなかそううまくもいかなかったと。

「AGHARTA - アガルタ -」より。紅花(ユンファ)は小さな集落に住む少女で、ジュジュと行動をともにすることになる。

やっぱり出したからにはキャラクターについても責任を負わないととか、妙な使命感が出てたせいもあるんですよね。適当にとは言わないけど、そこまで考えずに描いていたほうがむしろうまく回ったかもなって今だと思える。例えば紅花(ユンファ)とか、もうちょっとうまくできたんじゃないかなあと。

──5巻の裏表紙を飾っていたりして、結構人気が高いイメージがあるキャラクターですね。彼女はどのような経緯で生まれたんでしょうか。

これもあとがきマンガに描いたけど、アシスタントが中国人の女の子キャラクターが好きだっていうことからできたんです。そいつは「ストリートファイター」シリーズの春麗が大好きで。それならってことで描いたのが紅花だったんですね。

──「~アル」「~ヨロシ」とか、確かに思い切った語尾です(笑)。

まさしくインチキ中国人ね。そのときはよかったんだけど、後から大変で。彼女が登場すると、全然真面目なシーンにならないんですよ! だからしくじったなあと思っていたんだけど、妙に周りの反応はよくて。当時の編集長や村田蓮爾さんも大好きだって言っていたし。今思うと、無責任にやったからこその愛嬌っていうのを、そのときの僕があまり理解してなかったんだな。どのキャラもドラマの本流に投げ込まなきゃいけないと思っていて……マスコットキャラクターを、無理にストーリーの中で動かす必要はなかったんだよね。後になって気付きました。

松本嵩春「AGHARTA -アガルタ -完全版」 / 2016年9月26日発売 / ワニブックス
松本嵩春「AGHARTA -アガルタ -完全版」1巻 / コミック / 1080円
Kindle版 / 864円
松本嵩春「AGHARTA -アガルタ -完全版」2巻 / コミック / 1080円
Kindle版 / 864円

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「AGHARTA - アガルタ -」が当時の未掲載や描き下ろしなどを加え、装いも新たに「完全版」として全11巻、A5サイズ全巻描き下ろしカバーで甦る。

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松本嵩春(マツモトタカハル)
松本嵩春

1968年5月1日生まれ。主な著作に「GONG ROCK」(ジャパン・ミックス刊、後に「松本嵩春作品集」(アスペクト刊)に収録)、「バーチャファイター -レジェンド・オブ・サラ-」、「2HEARTS」全4巻(ともに徳間書店刊)、「きらいになれない(仮)」、「AGHARTA - アガルタ -[完全版]」全11巻(予定、ともにワニブックス刊)がある。2016年現在はホーム社のWebサイト・画楽ノ杜で「メザニーン」を連載中。