「ARIA」から受け取った、お守りのような言葉
──引きこもっていた時期には、アニメをたくさん観ていたそうですね。
小学生の頃からマンガやアニメは好きだったんですけど、当時はマンガだったら「よつばと!」や「あまんちゅ!」、アニメなら「あずまんが大王」とか、癒やされる系の作品ばっかり観てました。あとは「テニスの王子様」も観てましたけど(笑)。
──そこだけちょっと毛色が違いますね(笑)。
そんな中でもアニメの「あまんちゅ!」と同じ佐藤順一監督の「ARIA」は音楽やストーリーも温かくて、流してるだけでもだいぶ精神が癒やされるヒーリングアニメでした。「ARIA」がなければ、不登校からは抜け出せていなかったと思います。
──思い入れのある作品なんですね。
アリシアさんというキャラのセリフで「あの頃の楽しさに囚われて、今の楽しさが見えなくなっちゃったらもったいないもんね。あの頃は楽しかったじゃなくて、あの頃も楽しかった…よね」というのがあったんです。私も部活とかで充実してた頃があって、引きこもってるときにその過去を振り返ってうらやんでしまうことがあったから、アリシアさんのそのセリフを聞いて「確かに昔ばっかり見てても、全然生産性ないな」「今も最高にできたらいいな」と。
──なんとなく雰囲気に癒やされて元気が出た、とかではなく、割と直接的なメッセージとして響いたと。
もちろん、すぐにそこまで思い切ることは難しかったんですけど、後ろ向きになりそうになったらそのセリフを思い出してなんとか耐えていました。お守りみたいな言葉でしたね。
──ではほかに、アニメやマンガで何か元気が出るオススメはありますか。今、学校や仕事に行きづらい人が癒やされるような。
アニメなら「アイドルマスター」シリーズですかね。無印(2011年に放送されたTVアニメ「アイドルマスター」の通称)も「SideM」も全部いいんですよ。癒やし系というよりは、私が当時、でんぱ組.incの夢眠ねむさんに活力をもらってたという実体験を踏まえて「アイドル、いいよ」と言いたいです。「アイマス」は歌やダンスが上手な子もいれば、苦手な子もいるし、いろんな属性の子がいるので、たくさんの人に刺さると思うんですよね。アイドルががんばってるのを見て背筋が伸びるというか、応援したくなるコンテンツだなと思います。
──根本さんはBRUTUSの「アイマス」特集でもインタビューを受けられてましたけど、「『アイマス』がなければ今の私はない」とまで言ってましたよね。
アイドルになる前の中学生時代、2011年に無印のアニメを観たんですが、当時はアイドルって単にキラキラしたものだと思っていて、コンプレックスがあったんです。でもアニメを通じて「アイドルも1人の人間なんだ」と思えたんですよね。
──ただ輝いてるだけじゃなくて、努力もしてるし、裏ではつらいこともあるとわかったと。劇場版の「輝きの向こう側へ!」には、ある新人アイドルが一度逃げ出して部屋に引きこもるエピソードもありました。
あれ、描写が生々しかったですよね。そういうふうに1人の人生を覗き見られるっていうんですかね。私たちもアイドルだけど、練習がつらいとか、どういう過去があるとかは掘り下げようとしないと見えない部分なんですよ。そこはアニメのほうがわかりやすく見せてくれるから、応援したい気持ちにつながるかなって。そして「アイマス」からアイドルを好きになった子は、ぜひ虹コンやでんぱ組をよろしくお願いします(笑)。アイドルに対して遠い世界のものだという先入観がある方は、私のように段階を踏んでいってくれるといいかなと。
好きなものがあると、生きる気力が湧いてくる
──根本さんが引きこもりを抜け出して、アイドルを目指すことになったきっかけとしては、でんぱ組.incや、当時そのメンバーだった夢眠ねむさんを知ったことというのはいろんなところで言われてますよね。
はい。きっかけとして大きかったですね。まずカギになったのは「W.W.D」という曲で。みんなの暗い過去を隠さず歌ってるところに心を掴まれました。でも一番は夢眠ねむさんのかわいさです。好きなものがあるのって、生きる気力になるんですよ。本当にねむさんには力をもらいました。
──そこから「私もねむさんと一緒の土俵に上がりたい」ということで、虹コンのオーディションを?
いえいえ、そこまでは思うことはなくて、オーディションを受けたのは、もふくさん(“もふくちゃん”の愛称で知られる、でんぱ組.incや虹のコンキスタドールを手がけるアイドルプロデューサーの福嶋麻衣子)に会いたかったという下心なんです。
──そうなんですね。それでも引きこもりからアイドルって、かなりエネルギーが必要なのでは。
それが大変なことだっていうことまで考えないでオーディションに申し込んじゃったんですよね。
──極端な性格というか、ネガティブに見えるけど勢いはあるんですね。
ふふ、元気はあります(笑)。
──少し前の音楽ナタリーのインタビュー(参照:でんぱ組.inc「UHHA! YAAA!! TOUR!!! 2019 SPECIAL」特集 第2回 根本凪、鹿目凛インタビュー)を読むと、「私がアイドルを目指したきっかけは『ねむさんみたいになりたい』『何か作り出せる人になりたい』というのもあったんですけど、一番大きかったのは『そろそろ家の外に出なきゃヤバい』という危機感ですね」とも言われてました。
そうですね、義務感みたいな。いよいよ1回アクションを起こさないと本当に外に出ないな、という感じでした。
引きこもりの経験を活かして、カウンセラーになりたかった
──「学校に行けなかった僕と9人の友だち」の冒頭で、作者の棚園さんが「不登校だった当時をデメリットと感じた事は一度もありません」「あの頃があったからこそ今の自分がある」「心からそう言えます」と独白するシーンがありますけど、根本さんは今、そういうふうに思えていますか?
そうですね。確かにあの時代がなかったら今はアイドルになってないです。それに昔は「なんで普通の人みたいにできないんだろう」と思ってましたけど、今では経験も武器になっていると思えています。アイドルファンの方にも、学校に行けてなくて、心療内科に通ってる方もいらっしゃって。そういう方に親身になって寄り添えるので、経験をしておいてよかったですね。
──SNSなどでそういうファンからの声が届くわけですか。
今はファンの方と対面で会うのが難しいので、1対1のインターネットサイン会とかもやるんですけど、そういうときにも「学校に行くのがつらかったけど、ねもちゃんの活動を見てがんばろうと思えた」「家から出るのはつらかったけど、ツアーに行ってからは人の目が見られるようなった」って直接伝えてくれる人がいて、報われた気持ちになります。私は普段、「アイドルになってよかった」と思うことはあまりないんですけど……。
──えっ、そうなんですか……?
えーと、言い方が難しいですね(笑)。私は実際アイドルをやってみて、いろんなことを覚えるのも苦手だし、「不向きだな」って思うことばっかりなんですよ。ライブとかやっても、達成感というよりは「今日も無事にケガなく終えられてよかった」ってホッとした気持ちになることのほうが多いんです。でもそういうコメントとかをもらえると「アイドルになってよかった」って思えますね。
──根本さんは少し前にTwitterでパニック障害を公表された際も「こういう病気とか薬とか言わない方がいいかなと思ってたけど」「今度は私が誰かを救う番」「この症状だって傷みが分かる私だからこそ救える誰かに手を差し伸べる為にあるんだ」とおっしゃってました。
公表することによって、「ふーん、あの子、パニック障害なんだ」という目で見てくる人も多いと思うんですけど、それ以上に、同じ症状の人に対して「アイドルしてても大丈夫だよ、そういう道もあるよ」ということを示せたほうがいいなと思って。カウンセリングもたくさん受けたんですけど、やっぱり知識だけじゃなくて、実体験を絡めて話してくれる先生って心が許せるんですよね。もともと私はちゃんと勉強ができていれば、引きこもってた経験を活かしてカウンセラーになりたかったんですよ。なりたかったけどなれなかった未練みたいなのがあるから、「自分はこんなだけど、ちょっとでも誰かを救いたい」というのはずっとあるんです。
──素敵ですね。セカンドキャリアとしてカウンセラーという道もあるのでは。
(照れ隠しをするように)……おこがましいですね!(笑)
後悔もある。もっと“女子高生”をやりたかった
──逆に「ちゃんと学校に行っとけばよかった」と思うことはありますか? それはそれで、学校に行ってない人に伝えることで響くものはあるかなと。
ありますね。単純に勉強をしてこなかったので、物事の考え方において勉強って大事だったのかなって思うし、それに友人作りとか対人関係が圧倒的に苦手なんです。このマンガの中でも、登校できたのに人に話しかけられないみたいなシーンを読んで「めちゃめちゃわかるな」と思いました。仲がいい子に話しかけようかなと思っても、周りに知らない子がいると「あとにしようかな」と思っちゃうとか、そういうのは今もあります。
──棚園さんはそこからがんばって仲良くなることもありましたけど、難しい人には難しいですよね
そうですね。今でも人がたくさんいるのはしんどくて、対バンライブとかで共用の楽屋やトイレに行くのがつらかったりとか。ただ、今は交友関係が少ないなら少ないで、濃い信頼を築けるのかな、それも悪くないな、とかがんばって思おうとしている途中です。それはそれで、裏切られたら大変なんですけど……。
──今から裏切られたときのことまで考えなくて大丈夫です(笑)。
あと学校に行けてなくて後悔しているのは……純粋にもっと女子高生をやりたかった(笑)。
──学校行事なんかは後でやろうと思っても難しいですもんね。
文化祭は中学校にもなかったし、やったことなくて。
──学園もののアニメとかを観ている人は特に、そういう青春に憧れるかもしれないです。
そうなんです。オタクたるもの、女子高生をちゃんとやりたかった……!
──でんぱ組って元引きこもりだったり、ヘビーなオタクのメンバーも多いですよね。ほかにも根本さんみたいに人間関係が苦手な人っているんですか?
いえ、でんぱ組に入って思ったのは、皆さんちゃんとしてるなと。いろんな時代を経て活動歴も長いので、学ぶことが多いですね。
──では変な話、根本さんはほかのメンバーに「ちゃんとしろ」って怒られたりはするんですか。
もふくさんには「早く人間になりなさい」「早く四足歩行から二足歩行になってね」とは言われました。
──(笑)。根本さんがレッスン中にトイレに行きたいのを言い出せなくてもふくちゃんが呆れた、みたいな話は聞いたことがあります。
そういうこともありましたね(笑)。あと衣装をちゃんと着れなくて注意されたりもします。
──子供みたいですね。
自分ではそういう自覚なかったんですけど、幼児なんです(笑)。アイドルになって、人間に近づけてよかったなって、7年目にして思ってます。つかまり立ちぐらいにはなれたかな。
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社会に出たことで、新しい自分と出会えた