音楽ナタリー Power Push - 悠木碧
私の声だけで作り上げる“白い生き物”と“白の世界”
悠木碧の“プチ”アルバム「トコワカノクニ」がリリースされた。
「トコワカノクニ」は悠木3枚目の“プチ”アルバム。収録6曲共に主旋律やハーモニーはもちろん、リズムトラックやコードバッキング、オブリガードのすべてに至るまで彼女の声のみで構成されている、“声優”悠木碧のスキルとアイデアが凝縮された1枚だ。そしてこの作品で彼女は白色に彩られた世界に生きる、白くてファニーな生き物・キメラの日々をファンタジックに歌い上げている。
音楽ナタリーではこの“プチ”アルバムリリースを記念して、悠木のロングインタビューを実施。世界的にもあまり類を見ないアルバムに込めた思いを大いに語ってもらった。
取材・文 / 成松哲
声優がなぜ歌うのか?を模索したい
──2015年2月発表のフルアルバム「イシュメル」から、今回リリースの“プチ”アルバム「トコワカノクニ」まで、ほぼ2年。けっこう間が空きましたね。
そうですね。
──だからこの2年間、悠木さんはもうソロには興味が向かってないんじゃないか?っていう気もしてたんです。声優として当然お忙しくなさっているし、竹達彩奈さんとのユニット・petit miladyの活動もあったし、そもそも「イシュメル」が本当に力作、傑作の類だったから「いいアルバムができたことだし、いったんソロはいいや」ってなってたのかなって。
私自身は「イシュメル」のリリースイベントのときには「声だけのアルバムを作りたい」っていう話をファンの皆さんにしていたので、そういうアルバムを作る心づもりでいたんです。私の中には「こういうアルバムにしたい」っていうイメージがあったんですが、今の完成形に近づけるのに時間がかかりました。
──確かに今作の企画って珍しいんですよね。浅学にして山下達郎さんの「ON THE STREET CORNER」シリーズとか、トッド・ラングレンの「A Cappella」くらいしか知りませんし。
失礼な話になってしまうんですけど、私自身はこれまでこういうアルバムをどんな方が作っていらっしゃったか、本当に知らなくて。とはいえ「誰も作ったことがないだろうからやってみよう」と思ったわけでもないんですよね。
──奇をてらおうと思ったわけではない。
はい。むしろ声優だから、っていうのが一番の理由ですね。声で表現する……声に感情を乗せる教育を受けて育ってきているので(笑)。その技術を生かしたいな、と思ったというか。声を生かした職業というと、ほかにもいろんな方がいらっしゃるけど、そういう皆さんともまた違う仕事なんですよ、声優って。
──声を生かしたいろんな職業?
例えば声帯模写がお得意な芸人さんであったり、あとはボイスパーカッションの方なんかもそうだし、ボーカリストの方だってそうだとは思うんですけど、声優はそういう方たちとはまた違っていて。お芝居はもちろんなんですけど、歌も歌うし、動物の役をいただけば声帯模写もすることになりますし。こういう職業って声優だけですし、だからこそ単純な興味があったんです。私たち声優にとっての一番の武器であり、お芝居や歌や声帯模写っていういろんな局面で使っている“声”を重ねて音楽を作ってみたら、どうなるんだろう?って。あとそういうアルバムであれば、声優がなんで歌を歌うのか?っていうことに対する回答にもなるかな、とも思ってました。
声優”であり“悠木碧”である私が心をえぐる音楽
──2013年の“プチ”アルバム「メリバ」リリース時の新居昭乃さんとの対談以来ずっとおっしゃている通り(参照:悠木碧「メリバ」インタビュー with 新居昭乃)、悠木さんの音楽活動におけるテーゼみたいなものですもんね、声優が歌う意義の模索って。
たぶん私だけじゃなくて、声優って「なんで私が歌うんだろう?」って思ってると思うんです。実際、いろんなインタビューなんかを読んでいると、ソロアーティストとして活動している方もそうだし、キャラクターソングをリリースした方もそうなんだけど、皆さん、歌う意義については語ってらっしゃいますし。ただ、これは言い方が難しいんですけど、皆さんの言葉を読んでみても、私自身がしっくりくることはなくて……(笑)。
──だって声優Aさんのインタビューで語られていることはAさんの実感であって、悠木さんの実感でもなければ、悠木さんの思いを代弁するための発言でもないですもん(笑)。
だから私自身の答えは私自身が見つけなければいけないんだ、とはずっと考えてはいて。その思いで、これまでにもいろんな作品を発表させてもらったんですけど、今回の「トコワカノクニ」は一番しっくりくるというか、私にとっては「これ以上の答えはちょっとないんじゃないか」っていう作品になったなとは思っています。
──確かに今作は声優ならでは音楽表現だと思いましたし、ダークファンタジーテイストの一連の楽曲群もこれまで通り悠木碧ならではだし、とはいえご自身の声だけを重ねるのは画期的だし。それだけに本当に“声優・悠木碧”の唯一無二の作品だと思ってます。
ありがとうございます。さっき「声を生かした職業とはいってもボーカリストさんとは違う」って言いましたけど、逆に言えば、純粋に歌のクオリティを問われてしまったら、本業の方にはどうやったって私が勝てるわけもなくて。いわゆる“売れ線”のものを作るとなったら、絶対にプロのボーカリストさんに歌っていただいたほうがクオリティの高い、大衆性のあるものができると思うんです。そんな中、“声優”であり“悠木碧”である私が、表現者の端くれとして誰かの心をえぐるための音楽表現をやるには、何をすればいいんだろう?ということもずっと考えてはいます。「音楽シーンで埋もれないように奇をてらってやろう」って思ってるわけではないんですけどね(笑)。
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- 3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」 / 2016年12月14日発売 / FlyingDog
- 初回限定盤 [CD+DVD] / 3240円 / VTZL-113
- 通常盤 [CD] / 2700円 / VTCL-60429
CD収録曲
- アイオイアオオイ
[作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa] - サンクチュアリ
[作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans] - マシュバルーン
[作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa] - 鍵穴ラボ
[作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans] - レゼトワール
[作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:kidlit] - マシロキマボロシ
[作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
初回限定盤DVD収録内容
- 「レゼトワール」Music Video
- アルバム収録全曲の5.1chサラウンド音源
悠木碧(ユウキアオイ)
3月27日生まれ、千葉県出身の声優・歌手。4歳の頃から子役として活動し、2003年にテレビアニメ「キノの旅」で声優デビュー。2008年放送の「紅」では初のヒロインに抜擢され、その後さまざまな作品で主要キャラクターを演じる。2011年には「魔法少女まどか☆マギカ」の主人公、鹿目まどか役で大きく注目を集めた。またその一方で2012年3月に1st“プチ”アルバム「プティパ」を発表し、アーティストデビューも果たす。2013年2月には新居昭乃らを迎えた2nd“プチ”アルバム「メリバ」をリリースし、11月には神奈川・横浜アリーナでのアニソン系イベント「ANIMAX MUSIX 2013」に出演。そして2014年1月、表題曲がアニメ「世界征服~謀略のズヴィズダー~」のエンディングテーマに採用された1stシングル「ビジュメニア」を発表し、わずか3カ月後となる4月にはアニメ「彼女がフラグをおられたら」のオープニングテーマ「クピドゥレビュー」をリリース。同年夏の「Animelo Summer Live 2014 -ONENESS-」への出演などを経て、2015年2月、1stフルアルバム「イシュメル」を完成させた。そして2016年12月、メインボーカルからリズムに至るまですべてのパートを自らの声のみで構成する3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」を発表した。