音楽ナタリー Power Push - 悠木碧

私の声だけで作り上げる“白い生き物”と“白の世界”

“悠木碧”という畑のさらなる実りを求めて

──そこが“声優・悠木碧の音楽活動”の面白いところなんだと思います。純粋な内なるものの発露としてこういう言葉をこういう音で歌っていることは音源を聴けば誰でもわかるんだけど、ご本人が謙遜するほど大衆性がないかというと、まったくそうではなくて。ちゃんとポップミュージックとして成立している。

そう聴いていただけるとうれしいですね。私自身は「イシュメル」も、ちょっとエッジを効かせすぎたと思っていたんですけど、「トコワカノクニ」についてはそのエッジを余裕で踏み越えてしまった気がしていますから(笑)。

──「イシュメル」も十分“声優・悠木碧”が歌う意味を見せつけたアルバムだったと思うんですけど(参照:悠木碧「イシュメル」インタビュー)、今回あえてそのエッジを踏み越えてみせたということは、「イシュメル」を作ってなお“声優・悠木碧の音楽表現”に満たされないものがあった?

あっ、それは違いますね。むしろ「イシュメル」はあの当時、私のやりたかったことの究極に近かった。本当に満足のいくアルバムだったんですけど、そういう究極形のものを作ると、周りのスタッフさんもそうですし、聴いてくださるファンの方もそうなんですけど、私のやりたいことをより深く理解してくれるようになるんですよ。

──つまり「イシュメル」が悠木さんの表現したいことを十全に伝えてくれる、優れたコンテンツだった、と。

そうだったんだと思います。だからその「イシュメル」を一緒に作り上げた人たちともっと“悠木碧”という畑を耕せばもっと実りがあるはずだと思ったし、実際、今回「トコワカノクニ」でさらなる実りを手に入れられたとは思っています。

人の声の持つ力

──実際、このアルバムってどうやって作ったんですか? もともと作曲家さんやアレンジャーさんはバックトラックは楽器で構成するつもりで曲を作っていて、そのデモの各パートを悠木さんの声に差し替えるようにリアレンジしたのか? それともそもそも1人アカペラ音源がデモとして届いたのか?

今回は「声だけで作るアルバム用の曲を」っていうお願いをして書いていただいた曲ばかりなんです。唯一気を付けたのは、あまり長い曲だと聴いている人が苦しいだろうということで。だからリード曲の「レゼトワール」なんかはデモの段階ではスローな曲だったんですけど、テンポを速くしているんです。

──確かにオーバーチュア的な1曲目「アイオイアオオイ」は30秒だし、それ以外の曲もどれも3分台と小品ですよね。ただすごく情報密度が高い感触があるし、とてもリッチに響いています。

人の耳にとって人の声って一番インパクトのある音だっていうことなんだと思うんです。実はレコーディングでやっていたことの大半は地道な工程で。主旋(律)以外を歌うときは、延々と一定間隔でワンワードを発しながらリズムを刻み続ける、みたいな作業だったんですけど、それにしても私がヒトである以上、機械のように無感情で声を発し続けることはできないし、それはそもそもしたくなかったですし。淡々と刻むリズムパートであっても、その声を発しているときには当然なんらかの感情の起伏が生じているんです。その感情はやっぱり声に乗りますし、主旋はもちろん情感を込めて歌っている。そういういろんな感情のこもったいくつもの声が塊になっているから、リッチにも聞こえるし、とはいえこれを通常の楽曲の長さ、例えば5分くらいにしてしまうと、私は楽しく歌えるんだけど、聴いている方はパワー持ってかれちゃうんじゃないかな、っていう気がしたんです。

──あっ、悠木さん自身は楽しく歌えたんですね。

振り返ってみれば楽しくもありましたし、やり終えてみたらすごいものができた自信はあるんですけど、レコーディングの最中はしんどかったです! だからこそこの機会にCDを手にとっていただきたいですね。もう2度と作れませんから(笑)。

精神的にクる感じ? とにかくハードでした

──そのくらいの力作・労作だし、それをやったからこその素晴らしいアルバムだと思っています。

例えば、作曲してくださったbermei(.inazawa)さんの楽曲ってメロディ自体がトリッキーで(笑)。そのトリッキーなメロディを歌ったかと思えば、さらにトリッキーなほかのパートをかぶせることになり……しかも自分の声だけを聴き続けていると、だんだん頭の中が飽和してくるというか……体力的に削られるというよりは、精神的にクる感じ? とにかくハードでした(笑)。

──そのレコーディング以前の作業のご苦労も忍ばれるというか。例えばリズムを刻むにしてもドラムと違って悠木さんはどんな音でも出せる。ボイスパーカッションのようにドラムをマネることもできるし、「あー」とか「うー」という普通の声でもリズムを刻める。実際「ポンポンポン」や「プルンプルン」といったオノマトペでリズムを作っている小節もあるし。この「あ」と歌うのか? 「プルンプルン」と歌うのか?といったフレーズ選びも大変だったんじゃないかという気がします。

今回の“プチ”アルバムはジャケットで私が扮している、この白い生き物……キメラっていうんですけど、この子の物語を骨子に進行するっていう構成になっていて。この子は母音しかしゃべれない設定なんです。だからキメラが登場する曲……例えば「レゼトワール」なんかではコール&レスポンスのフレーズを「アウア」や「アウ」にしようっていうルールがあったんですけど、それ以外のパートをどういう音で構成するかは作曲家さんと話し合って決めました。皆さん、レコーディングに立ち会ってくださったので、主旋の録音が終わった段階で「じゃあこの裏メロのパートは『あ』でいきましょう」とか「リズムパートは『う』でいきましょう」って感じで、その主旋に乗せたときにハマりのいい音をみんなして探してみたり。あとは「このフレーズは『ドゥパ』でお願いします」っていう感じで明確に私に歌わせたいフレーズをお持ちの方もいらっしゃったので、それを試してみたり、試した上で「もう1音、同じフレーズを重ねたら面白いかも」って話になって、またレコーディングしてみたりを繰り返してました。

3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」 / 2016年12月14日発売 / FlyingDog
初回限定盤 [CD+DVD] / 3240円 / VTZL-113
通常盤 [CD] / 2700円 / VTCL-60429
CD収録曲
  1. アイオイアオオイ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
  2. サンクチュアリ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans]
  3. マシュバルーン
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
  4. 鍵穴ラボ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans]
  5. レゼトワール
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:kidlit]
  6. マシロキマボロシ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
初回限定盤DVD収録内容
  • 「レゼトワール」Music Video
  • アルバム収録全曲の5.1chサラウンド音源
悠木碧(ユウキアオイ)

3月27日生まれ、千葉県出身の声優・歌手。4歳の頃から子役として活動し、2003年にテレビアニメ「キノの旅」で声優デビュー。2008年放送の「紅」では初のヒロインに抜擢され、その後さまざまな作品で主要キャラクターを演じる。2011年には「魔法少女まどか☆マギカ」の主人公、鹿目まどか役で大きく注目を集めた。またその一方で2012年3月に1st“プチ”アルバム「プティパ」を発表し、アーティストデビューも果たす。2013年2月には新居昭乃らを迎えた2nd“プチ”アルバム「メリバ」をリリースし、11月には神奈川・横浜アリーナでのアニソン系イベント「ANIMAX MUSIX 2013」に出演。そして2014年1月、表題曲がアニメ「世界征服~謀略のズヴィズダー~」のエンディングテーマに採用された1stシングル「ビジュメニア」を発表し、わずか3カ月後となる4月にはアニメ「彼女がフラグをおられたら」のオープニングテーマ「クピドゥレビュー」をリリース。同年夏の「Animelo Summer Live 2014 -ONENESS-」への出演などを経て、2015年2月、1stフルアルバム「イシュメル」を完成させた。そして2016年12月、メインボーカルからリズムに至るまですべてのパートを自らの声のみで構成する3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」を発表した。