音楽ナタリー Power Push - 悠木碧

私の声だけで作り上げる“白い生き物”と“白の世界”

声だからこその重さと軽さ

──今のお話で「楽しかったけど、2度と作れない」理由がわかった気がします(笑)。

さっきお話した通り、そのすべてのパートの声に魂を乗っけたつもりなので、ある種の演じ甲斐みたいなものはあったんですけど、やっぱり疲れましたね(笑)。

──とはいえ「トコワカノクニ」って暑苦しいわけじゃないんですよね。それは悠木さんの歌いっぷりのおかげでもあるし、それから今回のマスタリングを担当した、国内屈指のエンジニアである小鐵徹さんをはじめとしたレコーディングスタッフ陣の腕でもあるんだろうけど、ともすればフワッとBGMのように軽く聴けてしまうというか。

録っていただいた方やミキシング、マスタリングをしてくださった方のおかげっていうのが一番の理由ではあるんですけど、あと鳴っているのが“人の声”であるということもそうさせてるのかな、とは思ってます。雑踏の中にかき消えてしまうこともあるけど、逆に注意して耳を傾けてみると、その声は吐きそうになるほど多弁というか、そこにはものすごく情報が含まれていたりもしますし。好きな人の言葉なら発している言葉の意味以上にポジティブな情報を読み取ることもできるし、逆に苦手な人の声を聞くと「もしかしたら言葉に裏があるんじゃないか?」って勝手に疑わしく思ったりもしますよね。これって人の声の特徴だと思うんです。興味のない人の声はどこまででも聞き流せるけど、ひとたび興味を持つと、その声が気になってしょうがないものだろうなって。

──そして腕っこきのエンジニア陣と共にファットではないけど、絶対に興味を持たざるを得ないリッチな“声”を作り上げた、と。

そうなっている自信はあります(笑)。

美しくもあり、グロテスクでもあるものを歌いたい

──先ほど今作は「キメラ」というヒト……。

ヒトよりはもう少し動物的な生き物ですね。だから母音しか話せないわけですし。

──そのキメラを主人公に据えた物語を歌ったとおっしゃっていました。物語は、そのキメラの暮らす「トコワカノクニ」、つまりケルト神話の妖精の国(ティル・ナ・ノーグ)が舞台になっている?

あっ、それは引っかけ問題というか、タイトルは歌詞の中の物語とはあんまり関係がないんですよ(笑)。単に音の響きがかわいかったから「トコワカノクニ」にしただけで。しかも前回の「イシュメル」のときはスキマのあちらの世界とこちらの世界っていう明確なテーマがあったんですけど、今回はもっと抽象的。歌詞の中にも「どういう物語なのか」を知るためのヒントは少ないと思います。

──確かに曲の舞台はまちまちですよね。「サンクチュアリ」はチョウの群生地で、「マシュバルーン」はタイトル通り、キノコが生えているところとアウトドアなんだけど、続く「鍵穴ラボ」になると文明のニオイがするというか……。

悠木碧

「鍵穴」ですもんね(笑)。我がことながらCDをリリースするたびにどんどん謎かけが難しくなっている気はするんですけど、今回のテーマは「群れたときの気味の悪さ」です。声だけで構成されたアルバムを作りたいとは言ったものの、私、それこそ人の声が折り重なって聞こえてくる雑踏がすごく苦手なんですよ(笑)。そこから単体にフォーカスを当てるとすごく美しいものであっても、それが群れているとすごく気味悪く見えるものであったり、逆に俯瞰しているぶんには美しいんだけど、ものすごく近くに寄ってみるとグロテスクに映ったりするものをテーマにアルバムを作りたいな、と思ったんです。

──あっ、「レゼトワール」の悠木さんを超接写したミュージックビデオって……。

まさに(笑)。ちょっとおこがましい言い方になっちゃうんですけど、私のMVを楽しみにしてくださる方は、私のことを好きでいてくれていると思うんです。

──当然です(笑)。

そういう皆さんに「あなたの好きな悠木碧もすごく近くに寄って観てみるとちょっとグロいんだぜ」っていう体験をしていただきたかったんです(笑)。それと同じで「サンクチュアリ」であれば1匹のチョウチョってすごくかわいらしかったり、キレイだったりするんだけど、1本の木の枝に鈴なりになっている映像とか、それが一斉にバッと飛び立つ映像なんかを観ると……。

──ギョッとしますよね。

ですよね。あとスーパーなんかで売ってるエノキダケって上から見てみるとけっこうエグいんですよ。

──確かに白いドットが密集している画はちょっと気持ち悪いかも(笑)。

「マシュバルーン」の詞はそれを見た経験から着想を得て、作詞家の藤林(聖子)さんに書いていただいたものになっています。

「○○だけど好き」という愛し方

──悠木さん、チョウチョがお嫌いでは……。

ないです。むしろ大好きです。ライブでチョウチョの衣装を着たこともありますし(参照:悠木碧、夢とうつつが交錯するドラマチックで“プルミエ”なワンマンライブ)。

──キノコ類は?

好きです。お鍋にエノキが入っていたらちゃんといただきますし(笑)。

──なら群れたチョウのこととか、エノキの笠が密集していることをあえてイメージしなくてもいい気もします。

かもしれない(笑)。

──でも悠木さんは音楽活動においては、常に物事の良側面と悪側面の両方に光を当てますよね。「イシュメル」収録の「SWEET HOME」では「スイートホーム」という冠を掲げておきながら、隠しごとを抱えることで平穏を保とうとする家族を歌ったし、「メリバ」収録の「ポポン…ポン!」では女の子が愛猫に飲まれたとしながらも、「でも飲まれたことで愛する対象と常に一緒にいられるようになりました」とも歌っている。

はい。

──だからなんと言うか、「もうあなたしか見えないの」「あなたが大好き」という、どストレートなラブソングは絶対歌わないだろうなっていう気がするんですよ。「あなたが大好き」って言ってる悠木さんにちゃんと悠木さんがツッコミを入れそうというか。

絶対入れると思います(笑)。まさに「もうあなたしか見えないの」じゃないけど、一面からしか物事を見ないことほど危険なことってないと思うし、浅いとも思いますから。「あなたが大好き」だけに支配されている段階は恋ではあっても愛ではないというか、自分の中で理想化したあなたのことが好き……言ってしまえば、自分の理想が好きっていうだけの話のような気がしていて。ラブソングはその「あなた」の嫌いな面、苦手な面にまで焦点を当てて初めて成立する気がするし、そこまで愛せて初めて愛情と呼べるんだと思います。だから、私の曲に出てくる子たちは基本的に「○○だけど好き」っていう愛し方をする子ばっかりですね(笑)。

3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」 / 2016年12月14日発売 / FlyingDog
初回限定盤 [CD+DVD] / 3240円 / VTZL-113
通常盤 [CD] / 2700円 / VTCL-60429
CD収録曲
  1. アイオイアオオイ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
  2. サンクチュアリ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans]
  3. マシュバルーン
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
  4. 鍵穴ラボ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans]
  5. レゼトワール
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:kidlit]
  6. マシロキマボロシ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
初回限定盤DVD収録内容
  • 「レゼトワール」Music Video
  • アルバム収録全曲の5.1chサラウンド音源
悠木碧(ユウキアオイ)

3月27日生まれ、千葉県出身の声優・歌手。4歳の頃から子役として活動し、2003年にテレビアニメ「キノの旅」で声優デビュー。2008年放送の「紅」では初のヒロインに抜擢され、その後さまざまな作品で主要キャラクターを演じる。2011年には「魔法少女まどか☆マギカ」の主人公、鹿目まどか役で大きく注目を集めた。またその一方で2012年3月に1st“プチ”アルバム「プティパ」を発表し、アーティストデビューも果たす。2013年2月には新居昭乃らを迎えた2nd“プチ”アルバム「メリバ」をリリースし、11月には神奈川・横浜アリーナでのアニソン系イベント「ANIMAX MUSIX 2013」に出演。そして2014年1月、表題曲がアニメ「世界征服~謀略のズヴィズダー~」のエンディングテーマに採用された1stシングル「ビジュメニア」を発表し、わずか3カ月後となる4月にはアニメ「彼女がフラグをおられたら」のオープニングテーマ「クピドゥレビュー」をリリース。同年夏の「Animelo Summer Live 2014 -ONENESS-」への出演などを経て、2015年2月、1stフルアルバム「イシュメル」を完成させた。そして2016年12月、メインボーカルからリズムに至るまですべてのパートを自らの声のみで構成する3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」を発表した。