ナタリー PowerPush - 椎名林檎
ヒャダインとの対談&単独インタビューで明かす 「逆輸入」から「NIPPON」まで
10代の頃に書いた曲だから、歌うのに照れもあって
──アレンジは、具体的にどのようなアプローチで進めていきましたか?
ヒャダイン まずはキラキラ感が増すようにするために、キーとテンポを上げました。あとはちょっと“キテレツな遊園地”感を出したかったので、安っぽいシンセブラスとか、自分のサウンドライブラリーの中で今まで使わなかった音色をあえて使って。それと作業の途中から「この曲は日曜日の感じだな」と思えてきたので、Dメロのオチサビではボウリングや鳩時計なんかの音を入れてみました。
椎名 音選びに迷いがないうえに、すべてがパンチラインで。必要な音しかないんです。「一応入れといたからそっちでオン・オフしてね」みたいな曖昧なものは一切ありませんでしたから。
ヒャダイン そうか、自分自身では思い付きだと思っていたけれど、こうして話してみるとけっこう理屈に基づいているのかもしれませんね。
──ヒャダインさんはかねてから「アイドルの持ち味をMAXまでキラキラさせる」をモットーに掲げていらして。
ヒャダイン はい。そこはずっとそうです。
──そういう意味ではこの「プライベイト」って、椎名さんが“新規お取引先”にも関わらず的確なオファーを投げ、それをヒャダインさんがMAX以上で打ち返したことによって誕生したと言えますね。
ヒャダイン まさにその通りだと思います。 僕、歌入れは立ち会えなかったんですが、ボーカル入りのトラックを聴いたときに本当にかわいらしくて「ええなあ」ってなりましたもん。
──今、めっちゃキレイに鼻の下を伸ばしましたね(笑)。
椎名 おおおおおおお恥ずかしいです(笑)。
──だいぶ前に書いた提供曲を自身で歌うことについて、椎名さんとしてはどのようなモチベーションで臨みましたか?
椎名 「プライベイト」は10代の頃に書いた曲なので、やっぱり照れもあって。でも結局そんなことを忘れるぐらい気持ちよく歌わせてもらっちゃいました。
──ミックスのときはお2人は一緒だったのですか?
椎名 そうです。もうねえ、ヒャダイン先生、必殺仕事人でしたよ。カッチョよくて。1度聴いただけでエンジニアの(井上)雨迩さんがどこをどうしたのかを把握されて、そのうえで雨迩さんの作業がもっとも合理的に進む順番で希望を伝えていくという職人ぶり。
ヒャダイン そんな。そういえば制作の途中で1カ所だけ手直ししましたね。ブレイクをバツバツと切ってほしいということだったので、僕が自分でリコーダーを吹いて。
椎名 それまでデジタルだったのに突然生楽器で(笑)。しかもけっこうな本数を。
ヒャダイン 5、6回吹いて重ねました(笑)。C#なんですけど、Cを強く吹くことでシャープさせて。縦笛って意外とデチューンするのが魅力なので、それを狙ってけっこう自分で吹いているんです。小学校の頃、やんちゃなお友達が吹くリコーダーはちょっと音が高いんですよね(笑)。
椎名 筆圧が強い感じというかね(笑)。縦笛の音が裏返る子と答案用紙プリントを裏までヘコませちゃう子はだいたい同じ子でしたよね(笑)。
「林檎に寄せた歌い方」って言われるのが悔しい
──せっかくの対談の機会なので、それぞれ自作自演もして、他者へ楽曲提供も行う作家同士として、共通点や相違点を検証してみたいんですが。
椎名 待ってました。先生をみんなで丸裸にしちゃいましょう。
ヒャダイン やめてください!(笑) でも今思い返してみると、僕は椎名さんの「茎(STEM)」(2003年)という曲が大好きで。あれを聴いてから、アルバム「加爾基 精液 栗ノ花」の世界観を映像で表現した「短篇キネマ 百色眼鏡」を観たとき、音楽の美しさをさらに膨らませるためにジャケ写や映像があるという、その総合性に感動しました。僕がピチカート・ファイヴが大好きな理由のひとつもそうした総合性だったので。とにかく「茎(STEM)」には少なからず影響を受けていますね。
椎名 ありがとうございます。逆に私がヒャダイン先生から学びたいと思っているのは、“いかに誰でも歌える曲を書くのか”ということ。私だってそのつもりで曲を書いてはいるんですよ。ただ、楽器を使って仮メロを弾いているときは気付かないんだけど、私が作る曲には、そもそもMIDIで体現しづらいハーフノートがすごく多いみたいですね。そこの部分はやはり、仮歌で提示しますよね。ある種、微妙な音符でも、優秀な歌い手さんは正確に再現します。その瞬間が特徴的に響くらしいのですが、結果リスナーから「林檎に寄せた歌い方」みたいに言われるのが不本意です。別にもともと音符がそう書かれていて、どの歌い手もソルフェージュ的に正しく歌ってくれているだけのお話。決して私の物真似をしているわけではない。
──でも作家にとっては、そうした記名性だって大事じゃないですか。
椎名 私は今でも無色透明な筋書きとしての詞曲を用意したいと思っています。とにかく、その歌い手のためだけのオートクチュールをしたいんですよ。ヒャダイン先生はその辺りがお見事で、そもそもその歌い手さんがソルフェージュ的に再現するのが難しいようなものは書かれないじゃないですか。
ヒャダイン ああ、確かにまったく書かないですね。
- セルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」 / 2014年5月27日発売 / Virgin Music
- 初回限定盤 [CD] / 3780円 / TYCT-69017 / ケース付きハードカバー・ブック仕様
- 通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60035
収録曲
- 主演の女 / PUFFY[編曲:大友良英]
- 渦中の男 / TOKIO[編曲:上田剛士(AA=)]
- プライベイト / 広末涼子[編曲:前山田健一]
- 青春の瞬き / 栗山千明[編曲:冨田恵一]
- 真夏の脱獄者 / SMAP[編曲:大沢伸一]
- 望遠鏡の外の景色 / 野田秀樹[編曲:村田陽一]
- 決定的三分間 / 栗山千明[編曲:中山信彦]
- カプチーノ / ともさかりえ[編曲:小林武史]
- 雨傘 / TOKIO[編曲:根岸孝旨]
- 日和姫 / PUFFY[編曲:日高央]
- 幸先坂 / 真木よう子[編曲:佐藤芳明]
収録曲
- NIPPON
- 逆さに数えて
椎名林檎(シイナリンゴ)
1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月はデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」をリリース。全収録曲で異なるアレンジャーを起用したことも話題を集めている。6月11日にはNHKサッカー放送のために書き下ろした新曲「NIPPON」を発売する。
ヒャダイン / 前山田健一
(ヒャダイン / マエヤマダケンイチ)
1980年7月4日生まれの音楽クリエイター。3歳でピアノを始め、作詞・作曲・編曲を独学で身につける。京都大学を卒業後、2007年に本格的な音楽活動を開始。前山田健一として、倖田來未×misono「It's all Love!」、東方神起「Share The World」などのヒット曲を手がける一方、ニコニコ動画などの動画投稿サイトに匿名の「ヒャダイン」名義で作品を発表し大きな話題を集めた。2010年5月には自身のブログにてヒャダイン=前山田健一であることを告白。その後もヒット曲を量産し、2011年4月にシングル「ヒャダインのカカカタ☆カタオモイ-C」でヒャダインとしてメジャーデビューを果たした。2012年11月には初のソロアルバム「20112012」を、2013年1月には6枚目となるソロシングル「23時40分 feat. Base Ball Bear」を発表。2014年2月にテレビアニメ「ガンダムビルドファイターズ」のエンディングテーマ「半パン魂」をシングルとしてリリースした。同年5月発売の郷ひろみの99thシングル「99(ナインティナイン)は終わらない」では作詞・作曲およびサウンドプロデュースを担当。さらに同じく5月発売の椎名林檎のセルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」にて「プライベイト」のアレンジを担当するなど、幅広くアーティストからの支持を得ている。