ナタリー PowerPush - 椎名林檎

ヒャダインとの対談&単独インタビューで明かす 「逆輸入」から「NIPPON」まで

相手の好きなところを全員に告白

──ちなみに今回アレンジで参加した11名の中で、初対面の方は?

冨田恵一先生、村田陽一先生、中山信彦先生、佐藤芳明先生はこれまで幾度もご一緒していました。上田剛士先生と日高央先生はお会いしたことがあるだけで、あとの方は初対面でした。

──全員と直接お会いして打ち合わせや作業を?

はい。正直、最初はあえて誰にもお会いせずにデモだけお渡して完全に手放しで作っていただこうかとも考えたんです。そのほうがドキドキするじゃないですか。でもそういうわけにもいかなくて皆さん、打合せが必要だとおっしゃっていました。それで結局「なんで俺にオファーをくれたの?」とお聞きになる皆さんの目の前で、お相手の方の好きなところを毎回告白しなきゃいけなくなって(笑)。

──ああ、「俺のどこがいいの?」みたいな?(笑)。

そうそう(笑)。だから「この曲はこういうイメージなので、ぜひとも先生のここの部分をお借りしたくて」と、恥ずかしながら直接お話させていただきました。

自分にとって転機になると自覚している

──ヒャダインさんと大友良英さんのお2人に関しては、2010年代の記号性を担った人選に映ります。

椎名林檎

皆さんそれぞれに楽しかったけど、このお2人もまた独自の楽しさがありましたね。ヒャダイン先生は対談の通りでしたし、大友先生はなんと言ってもあれだけお茶の間に浸透した音楽(NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の劇伴)を仕掛けた方。早々にご一緒できて光栄でした。これまで私がビッグバンド編成などでご一緒させていただいた方々は比較的繊細な特性をお持ちでしたが、大友先生は破格の大胆さが素敵(笑)。現場では「聞こえなかったけどOK」とか「いい感じでやっといて」といったラフな言葉が飛び交っていました(笑)。なんでもアリのビッグバンドがアルバムの1曲目にピタリとハマって大成功でしたね。

──SMAPやTOKIOといったジャニーズ勢への提供曲を英語詞にしたのは意図的ですか?

いくらなんでも男言葉がすぎるかなと思ったので。それに女の声で歌ってしまうと、先様のファンが楽曲をご愛顧いただいた頃のイメージを崩しかねないと思って。むしろ別モノとして聴いていただけたほうがいいのかなと。

──NODA MAPの舞台「エッグ」に提供した「望遠鏡の外の景色」は唯一のインスト曲ですが、これがまた素晴らしい密度と精度を誇るアレンジですね。

私は、バート・バカラックの作品も、幼少期からずっと愛聴してきました。野田秀樹先生から「エッグ」の音楽監督のお話をいただいたとき、例えばバカラックのワルツから得られる、なんとも言いがたいショック。ああしたインパクトを舞台に持ち込みたいと思ったんですね。アレンジャーの村田陽一先生は緻密な設計と的確な人選をなさる方で、今回のレコーディング現場で、私が17歳のときにコンテストでトロフィを渡してくださった笹路正徳先生と18年ぶりに再会することも叶いました。皆さんが奏でる音のあまりの美しさに、涙をこぼしてしまいました。

──それはいい経験をされましたね。

本当に。日本を代表するアレンジャーが引いた設計図を、やはり日本屈指の演奏家たちが組み立ててくださって。そんな貴重な瞬間を記録できたことは、仕事を、音楽を見つめ直すきっかけにもなりました。自分にとってある種の転機になると自覚しています。

この11曲は提供先があってこそ生まれたもの

──個人的に「青春の瞬き」と「幸先坂」がものすごく好きで。聴くたびに心が揺さぶられてしまいます。椎名さんはデビュー当時のインタビューで「いつか記名性を持たず、しかし深い感動を与えられる、そんな無色透明な楽曲が書けたら」とたびたび話していて。

生意気な小娘でしたよねえ、すみません……。

──別に謝らなくても(笑)。「望遠鏡の外の景色」とこの2曲がもたらす格別の感動と余韻は、まさにかつて話していた理想の具現化なのでは?

そうだとありがたいですね。最近ようやくわずかな手応えを感じ始めてはいますが、まだまだそこまで及びません。ただ私にとって提供曲とは、曲のよし悪し以前に、“その場に適っているのか否か”が重要なんです。例えば「青春の瞬き」では、今大人になろうとしている(栗山)千明ちゃんの立ち姿が凛と見えるよう演出したかった。たまにお客さんから「いい曲を人にあげないで、最初から自分で歌えばいいのに」みたいな声も聞こえてくるんですが、それは不可能。いつも魅力的な生身の歌い手さんが、私に曲を書かせてくれる、それだけのことです。今回の11曲も、すべて提供先にいらっしゃるどなたかのリアルな人生があってこそ生まれたものなのです。

セルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」 / 2014年5月27日発売 / Virgin Music
初回限定盤 [CD] / 3780円 / TYCT-69017 / ケース付きハードカバー・ブック仕様
通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60035
収録曲
  1. 主演の女 / PUFFY[編曲:大友良英]
  2. 渦中の男 / TOKIO[編曲:上田剛士(AA=)]
  3. プライベイト / 広末涼子[編曲:前山田健一]
  4. 青春の瞬き / 栗山千明[編曲:冨田恵一]
  5. 真夏の脱獄者 / SMAP[編曲:大沢伸一]
  6. 望遠鏡の外の景色 / 野田秀樹[編曲:村田陽一]
  7. 決定的三分間 / 栗山千明[編曲:中山信彦]
  8. カプチーノ / ともさかりえ[編曲:小林武史]
  9. 雨傘 / TOKIO[編曲:根岸孝旨]
  10. 日和姫 / PUFFY[編曲:日高央]
  11. 幸先坂 / 真木よう子[編曲:佐藤芳明]
椎名林檎(シイナリンゴ)

椎名林檎

1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月はデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」をリリース。全収録曲で異なるアレンジャーを起用したことも話題を集めている。6月11日にはNHKサッカー放送のために書き下ろした新曲「NIPPON」を発売する。