ナタリー PowerPush - 椎名林檎

ヒャダインとの対談&単独インタビューで明かす 「逆輸入」から「NIPPON」まで

ヒャダインの小6理論

──ヒャダインさんは歌いやすい曲を書くために、何かルールなどを設けているのですか?

ヒャダイン 僕には“小6理論”というのがありまして。常に小学校6年生でわかるものを、ということを前提で考えています。

椎名林檎

椎名 キタコレ。それは最近のマセた小6対象ですか?

ヒャダイン そうです。マセてはいるけど、まだリテラシーの足りない彼ら、彼女たちでもわかるような音符の流れや、歌詞の世界観を作ることを心がけています。

椎名 私、デビューしてすぐの頃、インタビューで「子供向けのものなんて絶対作りたくない」とか言っちゃってたらしいっす(笑)。今は違うけど。

ヒャダイン そこはもう個々のスタイルですからね。でも小6にこびへつらったものを作るわけではなく、あくまでリテラシーを合わせるという考え方でして。

椎名 ヒャダイン先生にはまだお子さんいらっしゃらないですよね? どうやって小6の感覚をつかまれるのですか?

ヒャダイン 僕、以前家庭教師をやっていて、50人ほど教えていたんです。そのとき、小6の案外大人びた要素とやっぱり子供じみた要素の差分を学びまして、それがけっこう今に生かされていますね。やっぱり文脈は簡単なほうがいいとか、メロディはキレイに流れるほうがいいとか。

椎名 こいつめ……。

──とうとう“こいつ”呼ばわりですか(笑)。

椎名 だって今の、言葉で聞くとシンプルですけど、実際みんなやってみな!って感じですよ。難しいから。私も似たようなことを目指して取り組んだ仕事はあったけど、うまくできなかったもん。

そうか、私、怒ってるんだ

──ヒャダインさんは、ももいろクローバーZしかりでんぱ組.incしかり、女の子の自己紹介を担うような曲を多く書かれていますね。

左から椎名林檎、ヒャダイン。

ヒャダイン はい。最近とみに思うんですが、女の子って、たぶんいつの時代も伝えたいことや言いたいことはたくさんあるのに、言葉が足りないからその2割も言えないままで大人になっていくんですね。だからそれを代弁して、膨らませてあげるのが僕の仕事かなという思いがありまして。そうすると傾向として自己紹介的なものが多くなる。

椎名 しかも自己紹介的なリリックがもはや“科白”となって、メロディに乗っていなかったりしますよね?

ヒャダイン 乗っていないこと、多々ありますね(笑)。でも、特に年端もいかない女の子のレコーディングのときは、あまりガチガチに決め込む必要はないと思っていて。もちろん目指す形はあるけど、アイドルというのは基本そこまで歌える子たちではないし、無理にうまく歌わせようとするよりも、その子たちの刹那を曲の中に閉じ込めるほうに価値を感じているんです。その子の16歳は本当に一瞬しかない。その刹那を閉じ込めるためなら、音程が外れようが声が裏返ろうがOKにしちゃえ、と。自分のメロディラインを推すのは欺瞞に思えてきちゃって。使いたかったけど使えなかったってメロディがあっても、まあ次に使えばいいかなって(笑)。

椎名 30代前半の男の子なんて、すぐに「聴け、俺の世界を!」みたいになっちゃうのに(笑)、ヒャダイン先生はどうしてこんなにも客観性をお持ちなのかしら。

ヒャダイン 僕は常々自分は大した価値がない人間だと思っている節があるので。でも男性クリエイターには主観的で魅力的な人も多いですからね。素敵なマスターベーションをされる方もたくさんいるし。

椎名 あと、曲を聴いたときにお客さんがどういう印象を受けるのかももう見透かしておられるんですよね。ヒャダイン先生は。そんなに達観しておいでだから伺いたくなるのですが、鬱憤とか溜まるとどうしてらっしゃるんですか?

ヒャダイン 鬱憤ですか?……結局は曲を書くことで晴らしているのかなあ。

椎名 じゃあ最近何かでおかんむりになったことは?

ヒャダイン ないですね。怒るっていう感情が欠落している。怒るのって疲れるじゃないですか? でも最近、それってどうなのかと。喜怒哀楽の1つが欠けているのって、春夏秋冬の1つが欠けているようで不安だなって。だから少しは怒ろうかと(笑)。椎名さんは怒るほうですか?

椎名 なぜか「椎名林檎は怒っているのだ」と雑誌によく書かれましたね(笑)。「そうか、私、怒ってるんだ」って(笑)。じゃあ担当分けしましょうよ。私は“怒”担当で。

ヒャダイン じゃあ僕は“喜”と“楽”担当で。“怒”と“哀”はお任せしますので。

椎名 そうそう。それでまたときどきは、完全体になるべくご一緒させていただいて。

ヒャダイン お待ちしております。“喜”と“楽”担当はいつでも底抜け営業中ですので(笑)。

セルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」 / 2014年5月27日発売 / Virgin Music
初回限定盤 [CD] / 3780円 / TYCT-69017 / ケース付きハードカバー・ブック仕様
通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60035
収録曲
  1. 主演の女 / PUFFY[編曲:大友良英]
  2. 渦中の男 / TOKIO[編曲:上田剛士(AA=)]
  3. プライベイト / 広末涼子[編曲:前山田健一]
  4. 青春の瞬き / 栗山千明[編曲:冨田恵一]
  5. 真夏の脱獄者 / SMAP[編曲:大沢伸一]
  6. 望遠鏡の外の景色 / 野田秀樹[編曲:村田陽一]
  7. 決定的三分間 / 栗山千明[編曲:中山信彦]
  8. カプチーノ / ともさかりえ[編曲:小林武史]
  9. 雨傘 / TOKIO[編曲:根岸孝旨]
  10. 日和姫 / PUFFY[編曲:日高央]
  11. 幸先坂 / 真木よう子[編曲:佐藤芳明]
椎名林檎(シイナリンゴ)

椎名林檎

1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月はデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」をリリース。全収録曲で異なるアレンジャーを起用したことも話題を集めている。6月11日にはNHKサッカー放送のために書き下ろした新曲「NIPPON」を発売する。

ヒャダイン / 前山田健一
(ヒャダイン / マエヤマダケンイチ)

椎名林檎

1980年7月4日生まれの音楽クリエイター。3歳でピアノを始め、作詞・作曲・編曲を独学で身につける。京都大学を卒業後、2007年に本格的な音楽活動を開始。前山田健一として、倖田來未×misono「It's all Love!」、東方神起「Share The World」などのヒット曲を手がける一方、ニコニコ動画などの動画投稿サイトに匿名の「ヒャダイン」名義で作品を発表し大きな話題を集めた。2010年5月には自身のブログにてヒャダイン=前山田健一であることを告白。その後もヒット曲を量産し、2011年4月にシングル「ヒャダインのカカカタ☆カタオモイ-C」でヒャダインとしてメジャーデビューを果たした。2012年11月には初のソロアルバム「20112012」を、2013年1月には6枚目となるソロシングル「23時40分 feat. Base Ball Bear」を発表。2014年2月にテレビアニメ「ガンダムビルドファイターズ」のエンディングテーマ「半パン魂」をシングルとしてリリースした。同年5月発売の郷ひろみの99thシングル「99(ナインティナイン)は終わらない」では作詞・作曲およびサウンドプロデュースを担当。さらに同じく5月発売の椎名林檎のセルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」にて「プライベイト」のアレンジを担当するなど、幅広くアーティストからの支持を得ている。