映画ナタリー Power Push - 「シン・ゴジラ」配信記念特集

虚淵玄(ニトロプラス)、ゴジラの哲学を語る

2016年における国内邦画興行収入ランキング2位を記録し、第40回日本アカデミー賞では最優秀作品賞、最優秀監督賞など最多7部門に輝いた「シン・ゴジラ」。3月22日からauの動画配信サービス・ビデオパスで本作の配信がスタートした。

映画ナタリーでは、特集第1弾として2017年公開のアニメーション映画「GODZILLA」でストーリー原案と脚本を手がける虚淵玄(ニトロプラス)にインタビューを実施。「シン・ゴジラ」の感想をはじめ、怪獣映画の真髄やゴジラシリーズの原体験を語ってもらった。

取材・文 / 大谷隆之 撮影 / 佐藤友昭

「とんでもないのが来るぞ!」とスタッフでもないのに思ってた

──虚淵さんは「シン・ゴジラ」をどうご覧になりましたか?

結論から言うと大変興奮し、かつ心底感動しました。文字通り快哉を叫ぶという感じでしたね。ただ僕の場合、関わり方が特殊だったので、作品との出会い方は通常とは少し違っていました。

──どういうことでしょう?

「シン・ゴジラ」より。

実は「シン・ゴジラ」の撮影中に、アニメーション映画「GODZILLA」の原案・脚本のお話をいただいたんです。そのため公開よりかなり早い段階で、脚本を読ませてもらっていました。その後、まだ特撮部分が完成していないプリヴィズ(Pre-Visualization / 各シーンを簡易的に映像化したもの)で作品を見せていただいて。その時点でもう「これは大傑作になる!」と確信しました。世間ではまだ「『シン・ゴジラ』どうなる?」と期待と不安がせめぎ合っていた時期ですが、僕は「とんでもないのが来るぞ! みんな待ってろよ」とスタッフでもないのに思ってました(笑)。

──その後、満を持して完成版をご覧になったと。

はい。作品としてのすさまじさはプリヴィズ段階で十二分にわかっていたので、完成版を観たときは「来た来た!」という感覚でした。庵野(秀明)総監督の構想力に樋口(真嗣)監督の造形力が加わって、まさに想像していた以上の「真の怪獣映画が誕生した」と。

──なるほど(笑)。つまり虚淵さんは脚本、プリヴィズ、完成版という3段階で「シン・ゴジラ」と出会ったわけですね。

いや、正確に言うとその前に「コンセプトを聞く」という段階がありました。実はこの衝撃が一番大きかったかもしれません。でなければアニメーションの原案・脚本もお断りしていた気がします。それを知るまでは正直「さすがにアニメでゴジラはないんじゃないの?」と懐疑的だったので。

虚淵玄

──虚淵さんを翻意させた、そのコンセプトというのは?

それはもう「庵野さんが初代ゴジラをモチーフに新作を撮る」というシンプルな事実に尽きますね。庵野さんにすべてを任せ、文字通りゼロから仕切り直してゴジラと向き合う。東宝がついにその決断をしてくれたこと自体が、最大のコンセプトだと思いました。「シン・ゴジラ」は新しい時代にゴジラというコンテンツを展開していくうえで、きっと基礎となる作品に違いない。その盤石の基盤が支えになってくれれば、特撮ではないアニメ版ゴジラも充分に成立しうる。そう思ってお引き受けしたのが今回のアニメーション映画「GODZILLA」だったんですね。

再度“ゴジラに踏まれる側の物語”を描こうとしたのが「シン・ゴジラ」

──では脚本家として見た場合、「シン・ゴジラ」が成功した最大の要因はなんだったと思われますか?

それはやはり、初代「ゴジラ」の表面をトレースするのではなく、その根本にある方法論をしっかりえぐってきたところでしょうね。より具体的に言うならば、ゴジラという怪獣そのものより、むしろ“ゴジラが何を踏み潰したか”を描こうとする方法論です。ここに立ち戻って丁寧に描いたからこそ「シン・ゴジラ」は初代ゴジラの志を継ぐ傑作になったんじゃないかと。

「シン・ゴジラ」より。

──もう少し詳しく教えてください。

よく言われるように1954年版「ゴジラ」は、ビキニ環礁でアメリカ軍が行った核実験や、それに伴う第五福竜丸の被爆事件から発想されています。ゴジラはいわば、当時の日本人が漠然と抱いていた恐怖感の象徴であって。それが、たった9年前に空襲で焼き尽くされた東京に再度上陸してくるところに、この映画のリアリティがあったわけですよね。つまり、重要なのはやはりゴジラそのものじゃなく、ゴジラが破壊しようとする人々の未来だった。

──言われてみればそうですね。

ところが、シンボルである怪獣のデザインがあまりに秀逸だったため、作品を重ねるごとに、キャラクターとしての側面ばかりが強調されるようになった。初代「ゴジラ」の脚本のコンセプトからは次第にずれていったと思うんですね。それを全部チャラにし、再度“ゴジラに踏まれる側の物語”を描こうとしたのが庵野総監督の「シン・ゴジラ」だったと僕は解釈しています。脚本を拝見してそう感じました。

──「シン・ゴジラ」ではそれが2016年の東京であり、日本の統治機構であり、その中枢や最前線で働く人々であったと。

ええ。もっと言ってしまえば、個人や家族などの単位を超えた“社会そのもの”ですよね。劇中では膨大な人物が描かれますが、彼・彼女らはすべてなんらかの組織や機関に紐付けられていて、あくまで社会の一断面として造型されている。「シン・ゴジラ」を優れた群像劇と評する人もいますが、僕はちょっと違うと思うんです。むしろ、いろんな職務の人が渾然一体となって、だんだん1つのキャラクターに見えてくる。脚本的にはそこが一番すごいなと。

──確かに映画が進むにつれて、ゴジラに立ち向かう人々が、1つの集合意識みたいに感じられてきた記憶があります。

だって「一刻も早くゴジラにお引き取り願いたい」って思いは、誰もが一緒なわけですからね(笑)。そういう集合体の一断面として1人ひとりの個性があるわけで、その逆では決してない。こうして皆が一丸となっていくドラマに感動があったと思います。例えばそこに、いろんな人や組織の思惑が衝突したり、誰かが誰かの足を引っ張ったりする対立の構図を持ち込めば、群像劇の要素が出てきますが「シン・ゴジラ」はそういう要素はバッサリ落として潔く作ってくれてますよね。家族愛もなければ、登場人物の恋愛模様もない。被災した庶民の生活事情すら直接的には描かれない。あるのはひたすら、ゴジラという“現実問題”に最前線で対処する人々の苦闘のみ。この思い切った割り切り方が素晴らしい。

「シン・ゴジラ」より。

──そう考えると、石原さとみさん演じるカヨコ・アン・パタースン。鮮烈な印象を残すあの米国大統領特使が、日系アメリカ人という設定も……。

必然性がありますよね。アメリカという他者を体現しつつ、完全に突き放した傍観者というのとも微妙に違う。人間って、自分も含めた状況を俯瞰で眺める冷めた視線をどこかに持っているじゃないですか。「シン・ゴジラ」におけるカヨコは、さっき話した日本人キャラクターの集合意識に対して、そういった役割を負っている。自他の境界に立ちながら「自」にあたる日本に肩入れしてくれるのがいいですよね。

ここまで怖くてグロテスクなゴジラを造形してくれたことに感激

──ゴジラのビジュアルについてはいかがでした?

最高でした。かつてないビジュアルというか、ここまで怖くてグロテスクなゴジラを造形してくれたことに本当に感激しています。

──ちなみに、その「怖さ」の原動力は何だと思われますか?

うーん……やっぱり、人間の理解を拒絶したところじゃないですかね。今回のゴジラって、どこか生物としての均衡を保てない脆さを感じさせるでしょう? 第2形態のドロドロ、ベチャベチャした残留物なんてまさにそうだし。あとは、ものを食べないから歯並びがデタラメだったり、進化の過程で手が置き去りにされ、尾てい骨みたいな残留器官になってたり。そういう得体の知れなさが、観る人の本能的な恐怖を呼び覚ますんじゃないでしょうか。

──確かに、生態系から逸脱した異形感がありますね。

「シン・ゴジラ」より。

そうやってバランスを崩した生き物は、ある種のフリークスであり、本来なら生きながらえないはずなんですね。ところがゴジラは死なないどころか、どんどん形態を進化させて、人間に襲いかかってくる。そういうグロテスクさ、どこにたどり着くかわからない“暴走機関車”ぶりも今回の「シン・ゴジラ」は見事に表現されていましたよね。

──つまり「シン・ゴジラ」において我々は、1954年の1作目から長く失われ続けていた何かを、物語・造形の両面でようやく取り戻すことができたと?

そういう言い方も可能かもしれませんね。ただ僕は、ゴジラという作品をもう1回作り直すのに60年以上かかったのは、当たり前じゃないかとも思うんです。なぜならこの60年間で日本の社会が完全に変質したから。

──ああ、なるほど。

街並みも、人の心も、世の中の仕組みも、この60年で一巡りした。多くの人がそのことを無意識に感じていたからこそ、新しい風景に屹立するゴジラを求めたんじゃないでしょうか。その意味で「ようやく取り戻せた」という表現は、やはり語弊がありますね。むしろ60年が経ったからこそ、初代のコンセプトを踏襲しつつ、新しいゴジラを作る意義があった気がする。そしてその更新作業には庵野総監督という才能が必要だった。そういうことじゃないかなと。

「シン・ゴジラ」2017年3月22日(水)配信開始

「シン・ゴジラ」

ストーリー

東京湾アクアトンネルを走行中の車輌が、突然の浸水に巻き込まれる原因不明の事故が発生。首相官邸では閣僚たちによる緊急会議が開かれ「原因は地震や海底火山」という意見が多数を占める中、内閣官房副長官・矢口蘭堂だけが海中に棲む巨大生物による可能性を指摘する。その直後、海上に巨大不明生物の姿が露わになった。政府関係者が情報収集に追われる中、謎の巨大生物は船舶や橋梁を破壊しながら、呑川を遡上していく。環境省自然環境局野生生物課長補佐の尾頭ヒロミは、上陸の可能性を指摘するが、官邸側は記者会見を開きそれを否定。だがそのとき、巨大生物は蒲田に上陸し、建造物を次々と破壊しながら街を進んでいた。この事態を受けて、政府は緊急対策本部を設置し自衛隊に防衛出動命令を発動。米国国務省からは女性エージェントのカヨコ・アン・パタースンが派遣される。

スタッフ

総監督・脚本:庵野秀明
監督・特技監督:樋口真嗣

キャスト

長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、高良健吾、大杉漣、柄本明、余貴美子、市川実日子、國村隼、平泉成、松尾諭ほか

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虚淵玄(ウロブチゲン)

1972年12月20日生まれ、東京都出身。ニトロプラス所属のシナリオライター、小説家。PCゲーム「Phantom PHANTOM OF INFERNO」で企画、シナリオ、ディレクションを務めデビュー。小説「Fate/Zero」、アニメ「ブラスレイター」(シリーズ構成・脚本)、「魔法少女まどか☆マギカ」(シリーズ構成・脚本)、「楽園追放 -Expelled from Paradise-」(脚本)、「PSYCHO-PASS サイコパス」(脚本)、特撮ドラマ「仮面ライダー鎧武/ガイム」(脚本)など代表作多数。ストーリー原案と脚本を手がけたアニメーション映画「GODZILLA」が2017年に公開される。


2017年4月14日更新