コミックナタリー Power Push - 聖モエスの方舟 / 榎本ナリコ

地球の命運賭け少女は宇宙へ ヤマトに捧ぐスペースオペラ劇

学園自体が戦艦になってゴゴゴゴゴ

──「モエス」は「ヤマト」へのオマージュから始まったということですが、実際にはどのようなプロセスを経て作り上げたのでしょう。

榎本 最初は前作「世界制服」に登場したフィギュアシリーズを題材にしたスピンオフって話で、「聖モエスの箱舟学園」というタイトルとキャラクター設定だけ決めていたんです。そもそも「世界制服」でフィギュアたちに心があるというのも、以前からハマっていた「トイ・ストーリー」のパロディだったんですけど。

小室 パロディをさらに自分でパロディするっていう。スピンオフというよりも、セルフパロディに近いかもしれませんね。

榎本 舞台は宇宙。士官学生を育てている学園があって、かわいい女の子がいっぱい出てきて、戦闘少女もの……って妄想してるうちに、「ヤマト」というヒントを受けてどんどん構想が広がって。学園自体が戦艦になってゴゴゴゴゴって地下から飛び立つとか、ありがちだけど燃える設定じゃないですか。

小室 校了紙を見た瞬間、これは「旅立ちのとき」だと思いました!

インタビュー写真

榎本 そう、「ヤマト発進!」です。

──「モエス」第1話のラストシーンですね。

榎本 「マジンガーZ」の、プールの中から発進! のパロディって解釈でもいいんです。地下とか海の中から基地がせり上がってくるなんて、テンション上がるじゃないですか。最近はSFアニメもリアリズムを追及してきて、昔みたいに破天荒な設定とか演出って少なくなってきてると思うんですよ。だから逆に、そういうベタでスケールの大きなことを思いっきりやりたくて。

元ネタを知ってると2倍楽しい「本歌取り」

小室 そういう意味で「モエス」は、「ヤマト」に限らずいろんな名作を使ったネタが散りばめられてますよね。

榎本 戦艦のデザインも、船尾のところは帆船で方舟っぽくして、パルスレーザー砲みたいなのと、主砲付けて。学長室に古風なベッドや椅子があるのは「キャプテンハーロック」ですし、船上にはモン・サン=ミシェルを模した建物がある。なんだこれ(笑)。

小室 学園に乗り入れてる列車がつくばエクスプレスだったり、「ハリー・ポッター」ネタもありましたよね。そういう元ネタを拾いながら読むとさらに楽しめます。

榎本 別にわからなくてもいいんですけどね。小ネタですし。

小室 わかる人にはおいしいんですって。「キューティーハニー」のハニーフラーッシュ!とかやってましたよね。

榎本 女の子たちが戦闘形態に変身するとき、一瞬だけ裸になっちゃう。しかも、いざ武装してみると肩当てが付いただけで、裸になる意味ないじゃんっていう(笑)。

インタビュー写真

──作品にそういったネタを差し込んでいく楽しさってありますよね。

榎本 いわゆる二次創作のようなパロディと、自分自身の作品にパロディを取り入れるのはちょっと別の話で。キャラクターを好きになって、キャラクターの関係性をより深く考えてカスタムするのが二次創作。「改造の楽しみ」だと思うんですよ。よりカッコよくしたいとか、より面白くしたいとか、よりエロくしたいとか、逆に台無しにしたいとか。

小室 破壊と再構築、両方の楽しみですね。

榎本 一方「モエス」でやっているやり方は、作品やキャラクターに対する思い入れは同じなんですけど、少しだけ違って。和歌で「本歌取り」ってありますよね。

──有名な元歌があって、それを下敷きにして別の歌を作る手法ですね。

榎本 あれに近いと思います。作られた新しい歌はそれだけでも十分楽しめるんですけど、本歌を知ってればもっと楽しめる。そこには教養が必要だし、本歌のことを理解した上で落差を楽しむという技巧のようなものも必要。そういう感覚って、日本人特有なんじゃないかなって思ってます。だから「モエス」も、「ヤマト」をまったく知らない人でも楽しめるように描きたいと思ってますけど、元ネタを知っていたらさらに楽しめる。ただ、あまりマニアックな元ネタは通じないので「これは必読図書だろ」っていうものを中心にやるようにはしてますけど……。

小室 文化は積み重ねで生まれてきます。「ヤマト」があって「マクロス」があって「ガンダム」があって、それで育った子供が大きくなってまたマンガやアニメを作る。だから今のアニメは、大人が観ても十分に楽しめるんですよ。

「聖モエスの方舟」(2) / サンデーGXコミックス / 2010年11月19日発売予定 / 定価560円(税込) / 小学館

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あらすじ

謎の流星群により、男子の出生率が極端に低下して約60年───普通の少女・モエナは、何故か名門の「聖モエス学園」に入学するが、学園はなんと士官養成のための宇宙戦艦だった!

そして初めての宇宙空間での実習中、モエナたちは謎の“敵”により奇襲される。モエムは独断で迎撃に向かうがミスを犯し、モエムに続いた永麗(エイレイ)が危機に陥る。そして永麗の親友・燃世(モエヨ)は、身を挺して永麗をかばい、戦死してしまい……!!

榎本ナリコ(えのもとなりこ)

榎本ナリコ

11月5日生まれ。1997年に週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「センチメントの季節」でデビュー。同作は繊細な絵柄と思春期を迎えた少女たちの揺れる心理を巧みに描き出してヒットを記録する。他の代表作に「聖モエスの方舟」「世界制服」「リボン—RE-BORN—」「歌集」「こころ」(いずれも小学館)や、「ふしぎなジジ・ガール」(一迅社)、「時間の歩き方」(朝日新聞出版社)などを持つ。また別名義に野火ノビタを持ち、同名義で発表した「大人は判ってくれない 野火ノビタ批評集成」(日本評論社)は第3回Sense of Gender賞において特別賞を受賞した。