コミックナタリー PowerPush - 惡の華

押見修造と長濱博史の共犯対談「傷痕を残す作品ができた」

押見修造「惡の華」のTVアニメが、4月初旬よりTOKYO MXほか各局にて放送される。監督は漆原友紀「蟲師」のアニメ化で知られる長濱博史。長濱はロトスコープと呼ばれる実写映像をアニメに起こす技法を用いて、「惡の華」の映像化に挑む。

キャラクターデザインをはじめ、ロトスコープで作られた人物たちがどう動くのかは、初回放送まで未発表とされている「惡の華」。そこでコミックナタリーは高まる期待を胸に、押見と長濱に話を伺うべく対談の場をセッティングした。観た人の脳裏にこびりつく作品を、と気炎を揚げるふたりの目論見を探っていく。

取材・文/井上潤哉 編集・撮影/唐木元

「これ、そのままアニメ化したって誰も喜ばない」とオファーを断った(長濱)

──本日は「惡の華」のアニメ化というめでたいニュースを記念して原作者と監督のおふたりにおいでいただきましたが、まずは押見さん、アニメ化の話を初めてお聞きになったときはいかがでしたか。

写真左から押見修造、長濱博史。

押見修造 想像もしてなかったのでびっくりしました。このマンガって登場人物はずっと思い悩んでるし、動きまわることもしないし、アニメ化する作品として向き不向きで言ったら、とにかく向いてないんですよ(笑)。

長濱博史 わかります。実は僕、監督のオファーを一度お断りしてるんですよ。「これアニメ化したって、原作ファンも押見先生自身も、誰も喜ばないと思いますよ。やるなら実写ドラマのほうがいいんじゃないですか」って。

押見 そうだったんですか。

長濱 ええ。だって「惡の華」って読む人のパーソナルな部分に訴えかける作品じゃないですか。個々人の事情で思い入れを抱いたり、心が動いたりする作品だと思うんです。それを髪の毛にツヤが入ってるような、綺麗なアニメ絵にして見せたところで、「マンガ読んでるほうがいい」って言われて終わっちゃうと思ったんですよ。

──ではなぜ、お引き受けになられたのでしょう。

長濱 再びオファーをいただいたんですけど、そのときひとつだけ可能性はあるなとは思っていて。それはさっき言った「実写なら」って話に結びつくんですが、ロトスコープを使えば面白く作れるかもしれない、と思いまして、それを提案してみたんです。

実写タッチなら、これは面白くなるんじゃないかと直感した(押見)

──ロトスコープというのは、馴染みのない読者も多いと思うのでご説明いただきたいのですが。

長濱 簡単に言うと実写トレースですね。まず実際の人間に演技してもらって撮影して、それを1コマ1コマトレースして、アニメに起こす、という技法です。当然ですけど人物の造形や動きが、ものすごく写実的に描かれるんですよ。TVアニメでやるには珍しいやり方で手間もかかりますし、制作会社がOK出すかどうかはわかりませんでしたが、それなら原作とはまた別なものとして、視聴者に受け入れられるんじゃないかと。

押見修造

押見 僕はロトスコープで撮ると聞いて、キアヌ・リーブス主演の「スキャナー・ダークリー」とか、昔の「白雪姫」みたいなディズニーアニメのイメージが浮かんだ、というかそれくらいしか知識がなかったんですが。

長濱 「しか」じゃないですよ。普通はそこまで知らないですから。

押見 僕の絵がアニメ絵になって動くというんじゃなくて、まったく違う実写タッチの絵になることは理解できたので、これは面白くなるんじゃないかと直感しました。ただ、これ(ロトスコープ)大変じゃないですか?

長濱 物量との戦いが一番大変なところですね。とにかく必要なカットの枚数が膨大で。しかも普通のアニメならスケジュールが切迫してくると、キャラの動きを省略してカットを減らすことができるんです。でもロトスコープはすでに実写を撮り終えているので動きを止めることができないし、あまりに写実的なので間を省略すると不自然になるんですね。だから、これはもう頑張って描くしかない(笑)。

──そもそも実写ないしは写実的な絵がマッチするだろうというのは、なぜ思われたんですか。

長濱 これは勝手な想像ですけど、先生は恐らく「惡の華」を描く上で、何か違うものを見てらして、それをマンガという形に変換して表現しているんじゃないかと思ったんです。だから僕らがそれをただのアニメにしても、あまり意味は無い気がしたというか。

ある原作を僕は脳内で見てきて、それをマンガに起こしている感覚(押見)

押見 この話は以前もしたのですが、監督が「見たものをマンガに落とし込んでるんですよね」って言ってくれたとき、どうしてわかったのだろう、その通りだ、と。驚くとともにすごく納得がいったんです。

長濱博史

長濱 やっぱり。

押見 「惡の華」は、僕には造物主の感覚はないんですよね。もう原作みたいなものが僕の頭の中にあるんですよ。それを僕は脳内で見てきて、見たものをマンガに起こしているという感覚……これ伝わってますか?(笑)

──押見さんの創作というわけではなくて、すでに誰かが作った作品というか記憶として押見さんの脳内にあって……。

長濱 それを先生はマンガに、僕たちはアニメにすると。

押見 その感覚を理解してもらえているから、とてもしっくりくるんですよね。ほかにも監督とは作品の核心の部分をわかりあえていると感じたことが何度かあって。

──それは具体的には。

押見 最初お会いしたときに「この作品がやりたいことってつまり『太陽を盗んだ男(※1)』でしょ」って言われて。僕としてはそれだけで、監督が「惡の華」を正しい方向に導いてくれるって確信を持ちました。あと「このアニメで視聴者に傷痕を残したい」とおっしゃっていたのもまったく同意ですし。そういう信念的なものがわかってもらえていれば、あとは言うこと無いです。

長濱 いやー原作者の方にそこまで言っていただいて、ありがたいことです。

※1 1979年製作の日本映画。長谷川和彦監督、沢田研二主演。ダメ教師が原子力発電所からプルトニウムを盗み出し、自作の原爆で政府に幼稚な要求を突きつける。目的を持たない男が、被曝により身を滅ぼしながら暴走していく。

アニメ「惡の華」

ボードレールに心酔する少年、春日高男。

抗いきれぬ衝動のままに、密かに想いを寄せる佐伯奈々子の体操着に手を掛けたその時から、彼の運命は大きく揺れ動くことになる。 その行為の一部始終を目撃した、仲村佐和の手によって……。

閉塞的な小さな街のなかで、鬱積してゆく思春期特有の若者たちの激情はどこへ向かうのか。

これは誰もがいつかは通る、あるいは既に通り過ぎた、思春期の苦悩と歓喜との狭間で記される禁断の青春白書である。

放送スケジュール
  • TOKYO MX4月6日より 毎週土曜25:30~
  • チバテレビ4月7日より 毎週日曜25:00~
  • tvk4月7日より 毎週日曜25:00~
  • テレ玉4月7日より 毎週日曜25:00~
  • サンテレビ4月8日より 毎週月曜24:30~
  • KBS京都4月8日より 毎週月曜25:00~
  • 群馬テレビ4月8日より 毎週月曜24:30~
  • BSアニマックス(無料放送)4月6日より 毎週土曜22:30~
  • BSアニマックス4月5日より 毎週金曜22:00~
スタッフ
  • 原作:押見修造
  • 監督:長濱博史
  • 助監督:平川哲生
  • シリーズ構成:伊丹あき
  • キャラクターデザイン:島村秀一
  • 美術監督:秋山健太郎
  • 色彩監督:梅崎ひろこ
  • 撮影監督:大山佳久
  • 動画監督:佐藤可奈子
  • 編集:平木大輔
  • 実写制作:ディコード
  • 音響監督:たなかかずや
  • 音楽:深澤秀行
  • 音楽制作:スターチャイルドレコード
  • アニメーション制作:ZEXCS
キャスト
  • 春日高男:植田慎一郎
  • 仲村佐和:伊瀬茉莉也
  • 佐伯奈々子:日笠陽子
押見修造(おしみしゅうぞう)

プロフィール画像

2002年、講談社ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。翌年、別冊ヤングマガジン(講談社)掲載の「スーパーフライ」にてデビュー。同年より同誌に「アバンギャルド夢子」を連載した後、ヤングマガジン(講談社)にて「デビルエクスタシー」などを発表。漫画アクション(双葉社)にて2008年よりスタートした「漂流ネットカフェ」は、TVドラマ化された。翌2009年からは別冊少年マガジン(講談社)にて「惡の華」が開幕。「惡の華」は2013年4月からTVアニメ化されるなど、話題を集めている。

長濱博史(ながはまひろし)

1990年、マッドハウスに入社。「YAWARA!」などさまざまな作品に参加した後、フリーランスになる。1996年に「少女革命ウテナ」のコンセプトデザインを担当し、以降はプリプロダクションとしての作品参加も増えていく。2005年には「蟲師」にて初監督を務め、高い評価を獲得。東京国際アニメフェアでは、第5回東京アニメアワードのテレビ部門にて優秀作品賞を受賞した。このほか代表作は、OVA版「デトロイト・メタル・シティ」など。(長濱の「濱」は正しくは旧字体)