新国立劇場[演劇] 2019 / 2020 シーズン 小川絵梨子×長塚圭史×小山ゆうな 座談会|演出家たちの多様性を見つめながら、小川芸術監督セカンドシーズンへ

日本語で難しいのは語尾のニュアンス

──海外戯曲を日本語訳し、舞台に立ち上げるにあたって言葉の面で大事にしていることはありますか。

小川 語尾の指定。日本語って語尾でニュアンスが出るじゃないですか。「出るじゃないですか」「出ますよね」「出るじゃん」みたいに。英語は日本語ほどキュッと焦点がしぼれていないので、「私」も「俺」も「ワシ」も基本的には同じ「I」。なので、自分で演出する際は、ぼわんと広がっているものを翻訳によってキュッと締めるようにしています。ただ、ほかの方が演出される場合は、なるべくフラットな訳を心がけています。翻訳って訳者の色、フィルターがすごく入りやすい。とても難しいです。だから、1つの脚本に対して、いろんな訳があればいいのにって思います。翻訳家が“1個の正解”を担うのは、ちょっと荷が重いというか。

長塚圭史

長塚 それ、すごくよくわかる。同じ英語の戯曲でも人によってまったく違う翻訳が出来上がるんだよね。

小山 その人の言葉のチョイス。さらに時代と共に口語自体、変わっていくわけですからね。

小川 ドイツ語はどうですか?

小山 敬語と敬語じゃない言葉はありますが、日本語のような語尾とかの変化はないので。日本語にする際、難しいなって思います。

長塚 なんでも口語になりゃいいってもんでもないしね。

小川 そうそう。

長塚 日本人の脚本でも、あまりに口語が過ぎると「なんだ、これ」と思うし。「リアルとは」の問題が出てくるじゃない? “だったらもうちょっと固くても作品に寄り添った口調が聞きたかった、あるいはいっそ、文語調のほうが面白かった”となる。でも、まあ場合によって変わってくるか。

──海外戯曲も日本の戯曲も演出の方法は同じですか。先ほど話があったように「作品についての共通認識を持とう」という場を設けるなど、“海外戯曲ならでは”の取り組み方はありますか。

長塚 僕は最近、日本の戯曲を手がけるほうが増えてきていて。やっぱり母国語で書かれたものだから、その微細まで突き詰めることができるというか。たとえそこに描かれている時代や文化、風土のことを知らなくとも、僕らの血肉の中に入っているはずだから、感覚的に手に入れられるはずだと。

小山 うんうん。

小川 感覚なんだよね。「縁側ですいかを食べる」と言った場合、誰もがその光景をなんとなく思い浮かべることができるような。

長塚 そうそう。それが「ハンモックを吊るして」となると、「え、どこに?」となる。

一同 (笑)。

“新しさ”をどこに求めるか

長塚 ところで今日、お二人にお会いしたら聞きたいなと思っていたことがあって。“新しいもの”をどう考えていますか? 僕は新しさっていうのは、危険性をはらんでいると考えていて。なのに、なんでみんなそんなに新しさにこだわるんだろうかと。

小川絵梨子

小川 まったく同じこと思ってる!

小山 うん。

小川 時代を変革するような新しいものを作ってこられた人たち、今も作ろうとしている人たち、いっぱいいると思う。そうやって演劇界を引っ張ってくれている才能ある人たちのことは、もちろん尊敬してる。でも、私も含め、これまで積み重ねられてきた演劇の歴史、流れから学んで、自分なりのものを作っていくしかない人もいる。そんなただ演劇が好き、現場が好きというような人たちに「新しいもの、新しいもの」と求めるのは、作り手を殺すことになりかねない。個々の演出家が何を大事にしていて、何に特化していて、何が現代的にいいのかをちゃんと見つめ、お仕事を振ってほしい。新国立劇場としてオファーをかけていくうえでの課題でもあります。

長塚 “作品”など表に出るだけのものじゃなくて、その人とクリエーションするってことの意味や価値とか、そういうのも含めてのことだと僕は思うんだよね。ひとつひとつの出会いや経験が、次の作品へとつながっていく。

──小山さんが演出するうえで大事にしていることは?

小山 とにかく脚本。みんながその脚本を「面白い舞台にしようね」って同じ方向を見て進めば、民主的な稽古ができると信じています。先ほどの“新しいもの”で思い出したのが、ドイツの有名な演出家ミヒャエル・タールハイマーが手がけた「たくらみと恋」。シラーの超古典ですが、クリエーションの過程で「今は神様の存在が薄いよね」ということになり、戯曲から神様の要素だけを抜いたんです。そういう微妙な解釈が新しいし、時代に合っているとドイツでは受け止められます。私からすると長塚さんも小川さんも、そういった作品を作っていらっしゃると思います。

小川 私は圭史さん、小山さんなど“同世代”としてくくられる演出家の皆さんの輪の中に入れてもらっていることが、ほんとにうれしくて。演劇に関われた中で、中嶋しゅうさんと出会ったことと同列で、ありがたさしか感じていません。そんな若い皆さんと共に、今後も新国立劇場を盛り上げていきたい……あ、天街さんは60歳手前だった。私の大好きな人たちは、また別枠ということで(笑)。

左から小川絵梨子、長塚圭史、小山ゆうな。
2019 / 2020 シーズンのラインナップ最新情報はこちらから
長塚圭史(ナガツカケイシ)
1975年生まれ。劇作家、演出家、俳優、阿佐ヶ谷スパイダース主宰。96年、演劇プロデュースユニット・阿佐ヶ谷スパイダースを旗揚げし、作・演出・出演の3役を担う。2008年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年にソロプロジェクト・葛河思潮社を始動。「浮標(ぶい)」「冒した者」「背信」を上演。また17年に福田転球、山内圭哉、大堀こういちらと新ユニット・新ロイヤル大衆舎を結成し、4月に北条秀司の「王将」三部作を東京・小劇場楽園で上演した。近年の舞台に「かがみのかなたはたなかのなかに」、シアターコクーン・オンレパートリー2013+阿佐ヶ谷スパイダース「あかいくらやみ ~天狗党幻譚~」、「音のいない世界で」(いずれも作・演出・出演を担当)、こまつ座「十一ぴきのネコ」、CREATIO ATELIER THEATRICAL act.01「蛙昇天」、シス・カンパニー公演「鼬(いたち)」、「マクベス Macbeth」(いずれも演出を担当)など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。2月にこまつ座「イーハトーボの劇列車」の演出を手がけるほか、2020年8月に新国立劇場にて新作を上演する。
小山ゆうな(コヤマユウナ)
1976年生まれ。ドイツ・ハンブルク出身。早稲田大学第一文学部演劇専修卒業。ドイツにて演出を学び、劇団NLT演出部を経て、現在は雷ストレンジャーズを主宰。2018年に「チック」にて小田島雄志・翻訳戯曲賞、読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。2月から3月にかけてunratoプロデュース「LULU」(上演台本・演出)、夏に「チック」(翻訳・演出)の再演を手がける。さらに2020年7月には新国立劇場での演出が控える。
小川絵梨子(オガワエリコ)
1978年東京生まれ。2004年にアメリカ・アクターズスタジオ大学院演出部を卒業。06年から07年に文化庁新進芸術家海外研修制度研修生となる。10年にサム・シェパード作「今は亡きヘンリー・モス」の翻訳で第3回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。12年に「12人~奇跡の物語~」「夜の来訪者」「プライド」の演出で第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞を受賞。また「ピローマン」「帰郷 / The Homecoming」「OPUS / 作品」の演出で第48回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回千田是也賞、第21回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。18年9月に新国立劇場 演劇芸術監督に就任。2月から3月にかけて「熱帯樹」の上演、3月から4月にかけて翻訳を手がけた「BLUE / ORANGE」の再演が控えるほか、4月には翻訳を担当した「かもめ」が新国立劇場にて上演される。