競馬場で偶然知り合った男女が、“競馬場で生まれた友情”によってその一瞬だけ時を共にし、密な人生ドラマを繰り広げる、ラッパ屋・鈴木聡の名作「サクラパパオー」。1993年に劇団公演として初演され、95年に再演。その後パルコ・プロデュースで2001年に上演され、今回、柿喰う客・中屋敷法仁の演出により4度目の上演を迎える。初演から四半世紀近くを経てもなお、愛され続ける本作の魅力とは? 創作のエピソードから2017年版の見どころまで、鈴木と中屋敷がたっぷりと語ったほか、主演の塚田僚一が作品への意気込みを述べた。
取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌
この幸せな戯曲をどう届けるか
──このインタビューの直前に、初の読み合わせが行われました。まずはその感想からお願いします。
鈴木聡 面白かったですね。このままやっちゃえばいいんじゃないかなって思ったくらい(笑)。皆さんずいぶん台本を読んでくれてて、自分の役柄とか何をやるべきかの基本をちゃんとつかんでてくれるので、非常に安心したし、とても期待できるなと。面白いですね、この脚本は。
中屋敷法仁 あははは! 僕も、このままどんどんやっていけばいんじゃないかと思いました(笑)。「サクラパパオー」は今回4度目の上演になるんですよね?
鈴木 そう。初演はラッパ屋で、そのあと相島一之くんとか小林隆さんとか、小劇場の元気な人たちを集めて上演してて。小劇場ノリってあるじゃないですか? 「みんなでわちゃわちゃっと面白がっちゃおう」みたいな感じ。あれがあったし、ラッパ屋が小劇場の人たちと仲良くなるいいきっかけになった公演だったんです。そのあと櫻井淳子さんや羽場裕一さんに出てもらってパルコプロデュースで上演して。僕にとってはそれが、商業演劇的な公演の初演出だったのでとても緊張した記憶があります。ただ今回のキャストは、もうそういうこと全部乗り越えちゃってるというか、時代も変わって小劇場とか商業演劇とか、俳優は関係なくなってる感じがしますね。だから座組としてはスムーズにいく感じがします。
中屋敷 演出家としては、すごく難しい台本だと思っていて。読んで面白い台本は、立ち上げるのがすごく難しいんです。しかも今回、5都市もツアーし劇場がとてもとても大きくなるので……初演はTHEATER / TOPS(2009年に閉館した客席数約150の小劇場)ですもんね。小劇場から始まった作品を、より多くのお客様に大きな劇場でどう観せるのか。俳優さんと台本の距離感は絶妙なので、あとはこの幸せな戯曲をお客さんにどう届けていくのかを考えていかないといけないなって。
鈴木 PARCO劇場で上演するとなったときでさえ、「こんなに広いところで、どうやったらいいんだろう?」って感じがしたんですよね。今回はそれがさらに大きな劇場になるわけで……ただ、おそらくエンターテインメントはどんどん大きな舞台にチャレンジしていかなきゃいけない時代だと思うし、ほかの娯楽ではなく劇場へ行くことを選んでくれたお客さんに、来てよかったと思ってもらえるようなものをみんなで作っていかなきゃいけない。でね、今日舞台美術のプランを見てなるほどって思った。僕はおそらくできないなって思ったけど……というのは、この台本を書いたときの自分の競馬場の捉え方とか、当時自分は小さい空間でどれだけ豊かにやるか、こんな小さなところでこんなにいろんなことができるんだってことに挑戦し燃えていた時期だったんですよ。だからおそらくそのイメージから逃れられないところがある。その点、中屋敷くんがこだわりなく広げてくれるのが面白いなって思いました。
中屋敷 僕の中では、大人の遊園地というイメージです。 “ワンナイトコメディ”とキャッチフレーズが付いていますが、競馬場ってまさに大人たちがはしゃぐ場所ですから、そんなちょっとお行儀の悪さみたいなものも出せたらいいなって。
──中屋敷さんは過去の上演を映像などでご覧になっていますか?
中屋敷 台本は、例えば「斎藤幸子」とか、本作の前後の作品も含めてすごく読んでいますが、今作の映像だけは観ないでおこうと思ってて。僕は正直言うと、聡さんはもう大劇場でバンバン公演を打たれているときからしか知らないので、「サクラパパオー」を初めて触れる若手作家の作品というような気持ちで読みました。すると、中・大劇場でやられる聡さんの本とは、全然違うんですよね。この作品を書かれた頃、聡さんはいくつでした?
鈴木 33か34歳くらいかな。
中屋敷 今の僕とほぼ同い年じゃないですか! 時代は違うかもしれないけれど、演劇をやっている若者同士として、当時の聡さんにどう対峙しようかなと思いますね。
テーマは“大人の社交場”
鈴木 この間、2人で「劇作家には学校が好きなタイプと嫌いなタイプがいるよね」って話をしたんだけど……。
中屋敷 僕は好きなタイプなんですよ。聡さんは嫌いって(笑)。
鈴木 学校なんてまっぴらだ、学校で教わることなんか何もないって思ってジャズ喫茶とかに行ってたんだよね(笑)。そうやってはみ出すものに憧れていた。大人になるって、タバコを吸ったりお酒を飲んだり変な遊びをやったりするイメージ。堕ちていく感じも好きなの(笑)。そういういうものと競馬っていうのはなんか近しい感じがあって。モラルとか常識とかをちょっと取っ払って自分の欲望をむき出しにすることへの憧れっていうか。競馬場はまさにそんな、“大人の社交場”という場で、だから遊園地って捉え方は非常にいいと思いますよ。
中屋敷 なんで競馬場で、みんなお酒を飲むんだろうと思ったけど、気付きました。みんな大人ぶってるんだなって。ギャンブルやったり、女の人と遊んだり、競馬で賭けごとしてロマン語ったり、みんな大人ぶってるんでしょうね。読み合わせしてる出演者の皆さんがなんだか愛おしく見えたのは、大人の作品をやればやるほど童心に帰るというか。大人たちの話だけど、そうしようとすればするほど幼稚さというか、ダメな部分がどんどん見えてくる。
鈴木 ある意味大人ごっこみたいなね。それと競馬ってイギリス発祥だからかもしれないけど、ちょっと、紳士淑女の場というところがあって。やってることは馬を走らせてすごい欲望が渦巻いてるんだけど(笑)、ちょっとレディース&ジェントルマンみたいなさ。
──上演を重ねる中で、台本の加筆修正はされていますか?
鈴木 基本的にはしてないです。今回も、第1レースだけ時事ネタを変えましたけど、中屋敷くんが「いい」って言うので。ちょっと時代と合わないこともあるんだけどね、携帯電話がなかったり。
中屋敷 でもそれはファンタジーという捉え方もできると思うんです。今回、舞台セットや衣装もリアリティを追求せず、ファンタジックなイメージを大切にしていけたらと思ってるんですよね。
──非常に劇団っぽいし、ラッパ屋の面々がセリフを言っている様子が目に浮かぶ台本です。
中屋敷 劇団の脚本ってちょっと特殊で、そのときその劇団がどんなミッションを背負っていたのかが表れていて。「サクラパパオー」初演の頃は、“生っぽい体”ということを考えてたっておっしゃってましたよね?
鈴木 あははは、そう。この時期に一番考えていたのは、生っぽさをいかに出すかということ。理想としては、競馬場に生息している人たちが舞台でうろうろしてるような感じにできないかと。馬券を買うときの自分の心の動きみたいなことを、どこまでも生々しく伝えたいと思っていたんです(笑)。心の弱さというか、一度こっちを買おうとしたのに人の意見で別のを買っちゃってさ、最初に自分が買おうとした馬が勝ったときの悔しさっていうか……本当に叫びたい!っていう気持ちとか。
中屋敷 あははは!(笑) その悔しさを舞台にしたんですか?
鈴木 そう、それをそのまま表現したかった。結局馬券を買うってことが面白かったんですよね。だから競馬ものとしては変わってるんです。馬のドラマとかじゃなくて……。
中屋敷 馬券を買うドラマ(笑)。
鈴木 そうそう、馬券を買うことにどれだけドラマを集約できるかっていう。
中屋敷 あははは!(笑) それと面白いのは、登場人物がみんな正体不明で、そんなに深くバックボーンを語り過ぎないし、また普段ならしないような深い話を平気で他人と話しちゃったりしてるんですよね。競馬場で生まれる友情ってセリフもありますけど、そんな不確かなものを信じちゃうのかって、ちょっとおかしくて。一体何をやっているのかよく分からない人たちばかりなのも面白いなって。
鈴木 この頃僕が書いている芝居は、こういう話が多かったと思います。つまり、舞台だからちょっと奇跡は起こしたいんだけど、一方で自分の中にはそれほど人に見せるほどのドラマがないんじゃないかという思いがあって、それが一番顕著なのはラッパ屋で1989年に上演した「ショウは終わった」という芝居なんですけど、昭和のショウが終わって僕はそれに乗り遅れてしまった世代なのではないか、という思いを書いた芝居なんです。その数年後に「サクラパパオー」を書いていて、根底にはその捉え方があります。自分のドラマなんて特に掘り起こせないけど、でも何かのはずみで一瞬だけ、例えばワンナイトの出来事としてなら奇跡が起こり得るかもしれない。でもそれが終わればまた素に戻るという。この作品でも、第4レースで全員がすごく高揚するんだけど、それが終わったら「ちょっと盛り上がりすぎた、恥ずかしいな」って感じで素に戻る。この登場人物たちって、飲み屋で隣になったくらいの知り合い方なんですよね。ただ、今若い人たちが「絆」って言うのって、例えばハロウィンとかワールドカップのときにわーっと一瞬だけ盛り上がる、その程度のことなんじゃないかなと思って。
中屋敷 そうですね、その感覚は現代っぽいかもしれません。ワンナイトであるが故の楽しさと虚しさというか。
鈴木 その瞬間は1個になった感じがあるんだけど、レースが終わったら終わりでつなぎとめておくものがない。それは芝居が終わる寂しさと同じかもしれないですけれど。
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負けるから人生訓が生まれる
- パルコ・プロデュース「サクラパパオー」
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- 2017年4月26日(水)~30日(日)
埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール - 2017年5月10日(水)~14日(日)
東京都 東京国際フォーラム ホールC - 2017年5月16日(火)
宮城県 電力ホール - 2017年5月19日(金)
愛知県 穂の国とよはし芸術劇場PLAT - 2017年5月25日(木)・26日(金)
大阪府 サンケイホールブリーゼ
- 2017年4月26日(水)~30日(日)
作:鈴木聡
演出:中屋敷法仁
出演:塚田僚一(A.B.C-Z) / 中島亜梨沙、黒川智花、伊藤正之、広岡由里子、木村靖司、市川しんぺー、永島敬三 / 片桐仁
- ストーリー
舞台は間もなくトワイライトレースが始まる、とある競馬場。田原俊夫(塚田僚一)は婚約者の岡部今日子(黒川智花)と競馬場デートを楽しもうとしているが、そこへ正体不明の女性・ヘレン(中島亜梨沙)や彼女に入れ込むエリート公務員・的場(片桐仁)や井崎(伊藤正之)が現れる。競馬場での田原の様子に結婚への不安を感じた今日子は、馬券窓口で出会った幸子(広岡由里子)につい相談してしまう。さらに優柔不断な横山(市川しんぺー)や予想屋の柴田(木村靖司)など、さまざまな人物の思いが錯綜する中、第4レースに出走予定のサクラパパオーがパドックに登場するのだった。
- 鈴木聡(スズキサトシ)
- 1959年東京都出身。博報堂でコピーライターとして活動しながら、1984年に劇団「サラリーマン新劇喇叭屋(現ラッパ屋)」を旗揚げ、脚本・演出を担当。現在は脚本家として、演劇、映画、テレビドラマ、新作落語まで幅広く執筆。代表作に「阿 OKUNI 国」「恋と音楽」シリーズ、NHK連続テレビ小説「あすか」「瞳」、テレビ東京「三匹のおっさん 3」など。第41回紀伊國屋演劇賞個人賞、第15回鶴屋南北戯曲賞を受賞。作・演出を手がける、わらび座「ミュージカルKINJIRO~本当は面白い二宮金次郎~」が5月より全国各地で上演予定。
- 中屋敷法仁(ナカヤシキノリヒト)
- 1984年青森県出身。高校在学中に発表した「贋作マクベス」にて第49回「全国高等学校演劇大会」最優秀創作脚本賞を受賞。青山学院大学在学中に柿喰う客を旗揚げ、2006年に劇団化する。劇団公演のほかに外部プロデュース作品も多数。主な作品に、女体シェイクスピアシリーズ、「露出狂」作・演出、「飛龍伝」演出、「黒子のバスケ THE –ENCOUNTER-」脚本・演出、なかやざき企画「フランダースの負け犬」、Dステ 20th「柔道少年」演出など。6・7月に「黒子のバスケ -OVER-DRIVE-」の演出を控える。