2022年4月1日に、近藤良平が埼玉・彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に就任した。2月14日に行われた芸術監督就任および2022年度の主催事業ラインナップ発表会見では、近藤らしいユーモアを交えながらも、いつも以上に言葉を尽くし、芸術監督としての所信表明を行った。コンドルズのリーダーとして、日本のダンス界を牽引する1人として、彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督として……近藤の目線の先には今、どんな空が広がっているのか。その思いを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓
ダンスと向き合い続けた先に、芸術監督があった
──近藤さんが次期芸術監督候補に決定したということは、2021年2月に発表されました(参照:彩の国さいたま芸術劇場の次期芸術監督に近藤良平「風が気持ちよくぬける劇場に」)。芸術監督に、というオファーについては、まずどんなことをお感じになりましたか?
「年を取ったなあ」と(笑)。ただ、ダンスを始めた頃は、作品を作るとか自分が出たいとか、とにかく舞台が楽しいっていうところからのスタートで、そこからいろいろな場でダンスを教えるようになったり、コンペの審査員をやることになったりと、ダンスを俯瞰するような立場の仕事が増えてきたんですね。その流れで今回の芸術監督の話があり、「そういう手があったのか」と。正直なところ、芸術監督が大変かどうかということも、当時は全然わからなかったから、「ああ、そういう話がきたか」というようなイメージでしたね。
──近年のインタビューでも、近藤さんはダンスとの向き合い方や関わり方が年々変わってきたとおっしゃっていました。そんな、順番や役割の1つとして芸術監督も捉えられたのでしょうか?
そうですね。ダンスをやっているだけでは埒のあかない部分があって……例えば、作品を作るうえで、どうすればみんなに伝わるかってことは毎回考えるところだし、あるいは学校の学習指導要領が変わって体育の授業でダンスが義務化されるとき、僕も関わったけれど、だからと言ってダンスを巡る状況は何も変わらないな、とか。そういうことを考える中で、新たに芸術監督という立場になると、違うプッシュの仕方があるのかもしれないと思いました。ただ、自分の中に芸術監督という具体的なイメージがあったかというと、それはないです。もちろん、海外ではピナ・バウシュがドイツのヴッパタールを拠点としたヴッパタール舞踊団、ウィリアム・フォーサイスはドイツのフランクフルトが拠点のフランクフルトバレエ団というように、振付家が都市の劇場のカンパニーの芸術監督として、都市とカンパニーが結び付いて活動しているということを知ってはいたので、「日本にもそういうことがあったら良いな」ということは考えてはいたかもしれませんけれど。
──芸術監督就任について、コンドルズのメンバーはどんな反応でしたか?
同世代のメンバーは、「良かったね、良平」で終わっちゃいましたね(笑)。でもスズキ拓朗は、涙を流して喜んでいましたよ。「とうとうそこまで行ってくれた」といった感じで。コンドルズ以外の人たちからは、海外の友達も含めて「おめでとう」というメッセージが多かったですけど、中には「自分はこんなことがやってみたい」というアイデアをすぐに出してくれる人もいて、面白いなあと思いました。
──彩の国さいたま芸術劇場は、長く芸術監督を務められた蜷川幸雄さんの印象が強いですが、海外の気鋭のダンスアーティストの招聘や、次代を担う若手の育成を目指した「さいたまダンス・ラボラトリ」など、これまでもかなり、ダンスに力を入れてきました。コンドルズも毎年のように埼玉で新作を発表していますし、近藤さんご自身も2009年以来、埼玉県内の障害者たちとのダンスチーム・ハンドルズでの活動が継続しています。
埼玉での活動は、蜷川さんが芸術監督になった2005年くらいからになりますね。実は2006年に最初にコンドルズの公演をやったときに、「ここをホームだと思ってやってください」と歓迎してもらったんです。実はそれが大きかったな、と思っていて。コンドルズは全国のさまざまな劇場とつながりがありますが、彩の国さいたま芸術劇場とはちょっと違う関係性を築いてきたと思います。
──2021年6月の「Free as a Bird」(参照:コンドルズの埼玉新作公演「Free as a Bird」スタート、明日まで)は、タイトル通り、鳥が大きなモチーフとなり、真っ白な世界から始まって、ラストは色付いた世界の中、真っ白な学ラン姿の近藤さんが踊るという、一貫した演出が素敵でした。いつもよりもメッセージ性が強く、ある意味、芸術監督としての所信表明のような作品でしたね。
「これからやっていこう!」という思いの純粋度が高かったですよね(笑)。僕も気に入ってます。1年前にああいう時間をメンバーと作れたことも、お客さんをフルで入れて上演できたこともうれしかったし、僕たちも舞台でやっていて、非常に楽しかった。
──そして今年2月14日に芸術監督就任会見と2022年度のラインナップ発表(参照:彩の国さいたま芸術劇場の新芸術監督・近藤良平が掲げるテーマは、“クロッシング!”)が行われました。会見では、緊張されていたようにお見受けしましたが……。
緊張は、してたんじゃないですかね(笑)。でも集まってくれた記者の皆さんが、「これからどんなことが起こるんだろう」「面白いことが生まれたら良いな」という気持ちで聞いてくれているのが伝わってきたので、「ちゃんとやらなきゃな」って思いました。
“ジャンル・クロス”に芸術監督自ら飛び込む
──2022年度のラインナップには近藤さんご自身が関わるものが非常に多いです。
そうですね。でも僕が年間に手がける作品数としては、実はこれまでとあまり変わらないんです。ただ作品の規模や人に与える影響が、彩の国さいたま芸術劇場でやる場合は全然違うなと。あと、これはうまく言えるかわからないけれど……自分の肩書きを何と書くのかについて、最近考えていて。つまり“振付家”とするのか“振付家・ダンサー”とするのか、それとも“ディレクター”とか“演出家”とか、何か別の書き方にするのか。「僕はいつまでダンサーや振付家と言っていくのかな」と思っていて、以前は自分のキャリアになると思えばいろいろな振付の仕事をやったけれど、最近は振付がどんなふうに社会に浸透するかとか、人をハッピーにするための振付って何か、ということが大事になってきて、“何のため”に振り付けるかを考えるようになってきた。そういう意味で、今回のラインナップも、どういった意味合いで作品を作るかを重視しました。
──2022年度のラインナップの中で、芸術監督就任後1作目となる「新世界」と6月に上演される「導かれるように間違う」の2作を含む「ジャンル・クロス」シリーズは、会見でも近藤さんが一番最初に言及されました。
「ジャンル・クロスⅠ」では長塚圭史さん、「ジャンル・クロスⅡ」では松井周さんと一緒に作品を作ります。その時点ですでに“ジャンル・クロス”しているとも言えますが、このシリーズでは創作過程も含めて、いつもと違うことに挑戦したいと思っていて、なおかつ今回の公演のためだけに完成した作品を作るというよりは、挑戦することで次が見えてくるような展開を期待しています。
──戯曲をそのまま上演するわけではないそうですが、「新世界」では「テンペスト」、「導かれるように間違う」では不条理な世界観をテーマにした松井さんの書き下ろしと、物語がベースとなるという点で共通点がありますね。
そう、自分の中で何が起きているのか、自分でも興味があるんですよね(笑)。コンドルズではザッピングするようにシーンを作っていきますが、今回は時間軸で作品が展開していくことに興味があります。それと、ずっと前に野田秀樹さんとお話ししたときに、どういう言い方だったか定かではないのですが、野田さんは作品を作るとき、喜劇だけでは作れないということをおっしゃっていて、でも僕は楽しんで作りたいから、あまり深刻になりすぎずに作りたい、という話をしたんです。でも最近、そこが変わった気がするんですよね。悲劇ということではないけれど、深く考えることで生まれてくるものを自分でもやっても良いかなと思うようになってきた。振り返ってみれば学生時代は映画が好きで、「ひまわり」とか「ニュー・シネマ・パラダイス」とか、ものすごく悲しいけど心に残る映画が好きだったんです。今回も「テンペスト」自体はどちらかというと好きではないんだけど(笑)、この傲慢で自分勝手なプロスペローは今に通じるものがあるように思うし、だから取り組んでみたいと思ったんですよね。
──「新世界」には、長塚さんのほか、入手杏奈さん、柿崎麻莉子さん、四戸由香さん、青井想さん、そしてサーカスアーティストや切り絵師、ミュージシャンといった多彩な顔ぶれがそろいました。
今回は“いろいろな人たち(出演者)がいると同時に、その全員が僕自身である”という演出を考えています。だからバンドメンバーと一緒に僕も演奏するし、ほかの出演者たちも、何か固定の役を演じる、というわけではないんです。メンバーの中にサーカスの人たちにも入ってもらったのは、舞踊部門プロデューサーの佐藤まいみさんからの提案ですが、確かに僕は以前からサーカスの人に興味があったし、あの人たちはすごいアクロバットを披露しながらも独特な闘いをしているのではないかと思っていたので、彼らと一緒に“新世界”を見つけてみたいと思ったんです。
──成河さん、亀田佳明さん、宮下今日子さん、荒木知佳さん、中村理さん、浜田純平さんが出演される「導かれるように間違う」は、不条理をテーマにした作品です。
最初に松井周さんとお話ししたときに、「世の中は癖や屈折だらけなんじゃないか」という話であまりに盛り上がってしまって(笑)。松井さんと僕は、作風や演出的なことはまったく違うと思いますが、共通項がすごくたくさんあるなと感じたので、まだ読めないところも含め、そのまま突き進んでいこうと思っています。こちらはテキストをベースに立ち上げていくのですが、松井さん自身、身体性を意識してテキストを書いている方なので、テキストの奥を探りながら作っていこうかなと。キャストは、いろいろな意味で出自が違う人たちがそろったと思いますが、全員が全員、無理を言ってもやってくれそうな人たちだと思っています(笑)。
──複数ジャンルを股にかけて活動している方たちばかりなので、頼もしいです。“不条理”がテーマということですが、“不条理感”はどんなふうに作品に立ち現れてきますか?
不条理の方法論的なことはもう少し勉強しないと、とは思ってるんですけど、不条理って楽しいですよね。先日も諸星大二郎のマンガを買ってしまったんですが(笑)、自分が正しいと思っていることが実は正しいとは限らないとか、無意識のうちに自分が何かに属してしまっている感覚とか。でも、新しいところへ行く前には、必ず不条理があるようにも感じて。そういう意味で、不条理は身近なことなんじゃないかと思います。