新国立劇場「反応工程」天野はな×久保田響介×清水優×内藤栄一×若杉宏二|生きるために逃げるか、生きるために受け入れるか

影山の脱走をどう見るか?

──そんなさまざまな思いを抱えつつも同じ工場で共に働いている彼らが、影山の脱走という事件によって、互いの価値観や人生観の違いを露呈していきます。当時、兵役逃れは重罪で、影山の行動は絶対に許されないことでしたが、まずはそれぞれの役人物の目線から、影山の脱走がどう見えたと思うか、想像していただけますか?

若杉 みんなたぶん、基本的には心配してるんだと思います。大人の目線で言えば、悲劇を招くことがわかっているわけですけど、だから逃げたことに対して批判することもなく、ただ心配してるんじゃないかな。

天野 正枝から見て影山は、すごく繊細で心配になるようなところがある人だったと思います。正枝は、自分の家の工場に来てくれた学徒さんたちを、すごくたくましくて惚れてしまうような素敵な人たちだと思っていますが、影山はそれとは対照的に見えていたんじゃないかと。また、正枝と影山は一緒に見張で働いていて、戯曲上には書かれていないんですが、きっと正枝が影山に「召集が来たよ」と伝えているんだと思うんです。それで影山は脱走という行動に出るんですけど、当時、逃げるっていう選択肢はないと思うから、「まさかそこまで、そんな行動にしてしまうなんて!」という衝撃だったんじゃないでしょうか。ただ関わりはあった人だから責める気持ちはなくて、影山を本当に心配していたんじゃないかなと。

久保田 田宮は影山と小学校からの同級生なので、ちょっと周りの人と見方が違うところがあったと思います。同じ故郷で育って、学問を尊んでいて、もしかしたら一緒に夢を見ていたことがあるのかもしれないし、お互い尊敬している部分もあったと思うんです。だから逃げるって選択はびっくりだし、きっと割り切れない部分があって。田宮は影山に「逃げるなんて卑怯だ」って言うんですけど、自分の経験を振り返ると、卑怯って言葉が出てくるのは、自分が我慢してたり、何か強いられている感覚があるとき。田宮が「卑怯だ」って言ったのは意識的だったのか無意識なのかわかりませんが、影山に対してものすごく複雑な思いや葛藤があったんじゃないかと思いますね。

清水 林は、影山との絡みがけっこう多い。生理的に合わないのか、林は影山をいじるんです。たぶん、影山が自分より成績が良いことも原因の1つだとは思うのですが、好き嫌いで言うと嫌いなタイプなんじゃないかと思います。その影山が逃げたことに対して林は、かわいそうと思う以前に、「この工場から逃げたら、誰かに迷惑かけることがわからねーのかよ!」という考えになるんじゃないかなと。「あいつのそういうところ、本当にダメなんだよ!」という苛立ちがあるのかなと思います。

左から内藤栄一、若杉宏二、久保田響介、清水優。

内藤 太宰と影山はちょっと同じ匂いがするというか、あと10年遅く生まれてくれば良かったのに、選択肢がない時代に生まれてきてしまった悲劇があると思います。しかも影山は大人たちが嘘を言ってることをかぎわけちゃうようなタイプだから、同世代からも疎まれていて……。そんな影山に太宰は共感する部分もあって、やっぱり太宰も心配していると思います。

──今度は現在のご自身の目線で、この状況から逃げ出した影山の行動をどう思われますか?

天野 すごい本能的で人間的な選択だと思います。「あ、今逃げなきゃ」と思って逃げたんだと思うけど、それでもまた戻ってきたのは、最終的に頼れるのが工場の人だったんだろうなと。そう思うと、影山にも再生のチャンスがあってほしいなと思います。これは今の現代の感覚だから言えることですけど……。

久保田 確かに。

清水 救いの手は欲しいね。

若杉 若杉宏二個人としては、影山の行動について否定も肯定もできないですね。

左から若杉宏二、久保田響介、天野はな、清水優。

久保田 自分が何かを選択して自分が罪を負うなら自己責任ということになるけど、影山の場合は、自分の決断の結果、家族に危害が及んでいるので、すごく難しいことですよね。

清水 逃亡して一度戻ってきた影山に田宮が「何でお前出てきたんや」と言うけれど、その通りだなって。当時本当に逃げた人はいて、その人たちは死に物狂いで逃げたと思う。だから逃げるのであれば、もっとちゃんと逃げろと思います。

内藤 影山は、思いを貫き通せず、弱いわけじゃないですか。そうやって戻ってきてしまったことを、内藤栄一としてどう理解しようかと考えていて。わかってあげたい、受け止めてあげたいと思う反面、良い悪いと白黒で片付けられない、グレーゾーンのこともあると思うから、影山をわかってあげるにはどうしたらいいかなって考えています。

清水 現代の人が同じ状況に置かれたら、実は影山タイプが多いと思う。そういう意味で、戻って来ることを寛容できると良いのにな、と思います。

若杉 そもそも何で影山は戻ってくるんだろうね。B29を見て「綺麗だった」と思って戻ってくるんですよね。

清水 戦争が終わるって思ったのかなあ。

内藤 確かにそういうしたたかな気持ちもあったと思うんですよ。戦争が終わるなら、生きてたほうが良いと。でも影山の死に方も含めて、わからないところも多いですね。

必死に生きている登場人物たちを観てほしい

──この作品はさまざまなカンパニーで繰り返し上演されています。。それは、本作が時代の変遷に関わらず、普遍的なテーマを内包しているからだと思いますが、皆さんはそれぞれ、本作をご覧になる方にどのような思いを持ち帰ってほしいですか?

清水 この作品には本当にいろいろな人が出てくるので、登場人物の中に1人でも感情移入できる人がいたら、その人中心に舞台を観ても面白いのかも。

久保田 確かに色の違う人たちがたくさん出てきますね。そしてまっすぐ生きようとしている人、生活を優先する人などさまざまな価値観が見えてくる。でも死のうとしている人は1人もいなくて、みんな必死になんとか現実に折り合いをつけて生きようとしています。そういう登場人物たちの姿にお客さんは共感するんじゃないかと思いますし、彼らが必死に生きていることを体感してもらえたらと思います。

若杉 戦時中で閉塞感がある時代なのに、みんな明るくて、力強く生きている。その姿を、コロナの閉塞感にある今、ご覧いただきたいです。

天野 この作品は、「戦争は絶対にだめだ」という目線が貫かれていると思います。そのメッセージは、時代状況によって変わるということはないと思うので、改めてぜひ、そういった部分を感じていただきたいです。

左から清水優、内藤栄一、久保田響介、天野はな、若杉宏二。