“青春×スポーツ”の美しさが輝き躍動する、ミュージカル「伝説のリトルバスケットボール団」公演レポート

韓国発のオリジナルミュージカル「伝説のリトルバスケットボール団」の日本人キャスト版が、2024年2・3月に上演される。

2016年に韓国・安山文化芸術の殿堂で初演された本作は、パク・ヘリムが劇作、ファン・イェスルが作曲を手がけたミュージカル。“笑って泣ける”とうたわれる本作は、イエグリーンミュージカルアワード、韓国ミュージカルアワードといった韓国の演劇賞で名が挙がる秀作だ。ひょんな出会いを果たした、いじめられっ子の高校生と幽霊高校生3人の心の交流を縦軸に、スポーツが生む絆や爽快感を横軸に、成長・別れの切なさを内包した青春物語が、生バンドの演奏に乗せて編まれる。

去る7月27日、本公演を半年以上先に見据え、東京・タワーホール船堀で日本人キャストによるプレビュー公演が行われた。本公演ではキャストをそのままにブラッシュアップした形がお目見えする。ステージナタリーでは公演の“原石”となったプレビュー公演の模様をレポートする。

取材・文 / 大滝知里撮影 / 宮川舞子

高校生たちの姿を通して、青春時代の光と影を映し出す

派手で規模の大きいミュージカル作品だけでなく、「パルレ」「キム・ジョンウク探し(あなたの初恋探します)」など、小粒だが良質なオリジナルミュージカルを輩出している韓国の舞台界。「伝説のリトルバスケットボール団」もその系譜に連なる作品で、2016年の初演以降、2017年には中国、2018年には韓国・ソウルの大学路ほかで上演され、2019年には新制作でリクリエートされるなど、国内外で人気を博してきた。今回の日本人キャスト版では、日本語上演台本・訳詞を私オム、演出をTETSUHARUが手がけ、橋本祥平、梅津瑞樹、糸川耀士郎、吉高志音、太田将熙、平野良と共に作品に命を吹き込む。

客席に座り、まず視界に飛び込んできたのは、高くて無機質なフェンスに囲まれたバスケットコート。舞台の上手と下手にバスケットゴールがしつらえてあり、フェンスの前にはボールカゴやベンチ、ロッカー、教室にあるような机、椅子などが並ぶ。フェンス上部にある外灯から、ぱっと見は屋外のようにも感じられるが、小道具や使い方によっていかようにでも表情が変わりそうな、コンパクトだが期待が膨らむ舞台美術だ。フェンスの奥には4人のバンドメンバーが鎮座し、開幕を待っていた。

幕が開くと、苦手なバスケットボールに無理やり参加させられたうえに金を巻き上げられ肩を落とす、橋本扮する主人公・スヒョンの姿が。転入先の学校になじめないスヒョンのつらい日常が繊細なピアノのナンバーに乗せて説明されると、彼は「期待するのも疲れた」「誰も自分を見てくれない」と悲痛な面持ちで言い、遺書を片手に学校の屋上から飛び降りようとする。橋本は、所在なさげにぐっと身体を縮こめた猫背の姿勢と困り顔、振り絞るような歌唱で、“のけ者”にされるスヒョンの精神的な苦痛を観客に印象付ける。するとどこからともなく、15年前に死んだ3人の高校生の幽霊が現れて、スヒョンを救済。幽霊たちは成仏できないことを嘆き、「助けた代わりに、自分たちが成仏できるよう、願いをかなえてほしい」とスヒョンに懇願し……。

幽霊たちの名は、頭脳明晰なダイン(梅津)、バスケットボールがうまいスンウ(糸川)、けんかっ早く正義感が強いジフン(吉高)。スヒョンと違いカラッとした性格の3人は代わるがわるスヒョンの身体を乗っ取り、スヒョンにこれまでとは違う日常を見せていく。そうして、スヒョンの“再生の物語”が動き出すのだった。

一見するとフィクション度が高い作品に感じられるが、4人の掛け合いはテンポ良く、まさに高校生たちの日常を描いているよう。また憑依の際にビリビリと電気が流れる演出になっていて、橋本がお笑い芸人のような身体を張ったリアクションを見せるなど、コミカルなシーンも印象的だ。さらに梅津は動きや細かな表情に役作りのこだわりを感じさせ、糸川はスポーツマンの頼もしさと華やかさをナチュラルに造形、吉高は体躯の良さと大胆な演技が役に似合うなど、四者四様の煌めきを見せる。スヒョンをからかいつつもサポートする幽霊たちは、まるで生きているかのように楽しそうに過ごすが、成仏するための願いを思い出せない様子は切なく、胸を突かれる。

彼らのキーパーソンとなるのが、平野扮する地元のバスケットボールチームを率いるコーチ、ジョンウだ。バスケットボールに情熱を注ぐジョンウは、成績不振のチームが解散の危機に陥っても、メンバーが練習に不真面目な様子でも、常に周りを鼓舞し、前向きに導こうとする。そんなジョンウの愚直なまでのひたむきさを、芝居巧者の平野が好演した。また、ジョンウのチームに所属する、他者との関わりが苦手なサンテ役の太田は、やる気がないメンバーの中で、良い意味で空気を読まず、現代っ子らしいマイペースさを貫いた。さらに劇中では“幽霊み”あふれるキュートな振付や、ボールを用いたリアルなドリブル、シュート、試合のようなフォーメーションを駆使した躍動感たっぷりのダンスシーンがアクセントとなり、物語を彩る。

“見る”を共通項に描き出される登場人物たちの心理

ジョンウはなぜバスケットボールに情熱を注ぐのか。バスケットボールがうまい幽霊たちに身体を乗っ取られ、スター選手と勘違いされたスヒョンが、ジョンウのバスケットボールチームに加入したことで、物語は大きく動く。学校でいじめられ、“誰からも見えていない”ことに傷ついてきたスヒョンだが、とある出来事をきっかけにジョンウが“見られる”立場にいたこと、幽霊3人が“見続ける”立場にいたことが明らかになる。ジョンウがチームプレイにこだわる意味、幽霊たちが語ったセリフ、サンテが飄々と見える理由……脚本の見事さはその後の展開にも現れ、クライマックスに向けて無数の点と点がつながり、伏線が回収されていく。物語の流れに乗って、頭の中で彼らの過去と現在を行ったり来たりするうちに、あたかも登場人物たちが過ごした時間を共にしたかのように、“もう2度と戻らない”青春時代の輝きや、そのはかなさがゆらゆらと思い起こされ、哀愁を誘った。

“青春×スポーツ”がいざなう、全世代に刺さる“再生の旅”

コメディタッチな掛け合いとシリアスな展開で、まさに“笑い”と“泣き”が混在する本作。胸打たれるのは、俳優たちの熱量ある演技だ。登場人物が少なく、シンプルなストーリー展開だが、いじめに対して悲しみと憤りを同居させる橋本は、スヒョンの暗部だけでなく、チャーミングな一面も際立たせ、幽霊たちとの出会いから一歩踏み出そうとする主人公の成長ぶりを丁寧に体現する。また、ジョンウの思いを、凪いだ歌声で情感たっぷりに聴かせる平野の歌唱力にもうなった。そして物語の後半、幽霊3人を演じる梅津、糸川、吉高が身にまとう空気をサッと変え、生者と死者の違いを感じさせる豹変ぶりも見事。また、スヒョンと対峙して変わっていくサンテの様子を、太田はグラデーションのような変化を付けて見せた。

さらにドラマチックな緩急を付けるのは、たった4人で演奏される多彩な楽曲群だ。明暗・硬軟ある楽曲の中でもピアノの音色は特に印象的で、スヒョンの悲しみをデリケートな音運びで表したかと思えば、嵐のように音階を行き来する旋律で感情の高ぶりが表現される。また、バスケットボールがリアルに演出に盛り込まれるのも見どころで、開幕前に平野が「稽古で8割外している」と明かしたシュートシーンでボールがあさっての方向に飛んでしまうのも、ご愛嬌だ。本作では出演者たちが劇中で複数役を担うが、カーテンコールでは、たった6人しかキャストがいなかったことに改めて驚くほど、腕のある俳優陣が多種多様な役を“七色の変化”で見せることによって、物語が豊かに膨らむ。

約1時間50分、休憩なしで紡がれる彼らの“再生の旅”を共にするのは、心の体力がいる。ボールを突く音が心音と似ているように、この物語には全編を通して“青春×スポーツ”の美しさとその躍動が息づき、気持ちを前へ前へと押し進める。懸命に“今”を生きる彼らの物語は、とうの昔に青春時代が過ぎ去ってしまった大人たち、今まさにその時間に身を置く若者たち、生きている人間ならば全世代に響くはず。そしてこれから数カ月後、時間をかけて役や物語への理解を深めた出演者たちが、より練り上げられた作品を本公演として立ち上げる。橋本はスヒョンの振り幅をどれほど増して見せるのか、梅津、糸川、吉高の3人組は幽霊たる生き様をどう表現するのか、平野は澱のように溜まった感情を持つジョンウをどのような厚みで仕上げるのか、太田は一歩引いたサンテの深層部にどんな熱を持たせるのか……。作品が熟され、再び幕を上げるまで、こちらも楽しみに待つとしよう。