杉原邦生と宮川彬良が“得体の知れなさ”をそのまま舞台に──泉鏡花「黒百合」初舞台化にかける思い

「黒百合」が2月に世田谷パブリックシアターで上演される。「黒百合」は明治32(1899)年に泉鏡花が読売新聞に連載した長編で、富山の洪水被害や立山に伝わる黒百合伝説などをモチーフにした冒険小説。同作が、藤本有紀の脚本、杉原邦生の演出で初舞台化される。

明治後期の越中・立山で、県知事の令嬢である勇美子は花売り娘の雪に、幻の花・黒百合を採ってくるよう命じる。雪は盲目の恋人の治療費のため、仕方なく危険な依頼を受けることに。そんな雪に一目惚れした滝太郎は、自らも黒百合を採りに行くことに決め、黒百合が咲いているという“魔所”の滝を目指す──。

人間たちの渦巻く思い、人智を超えた自然の脅威とスペクタクルが詰まった本作の音楽を手がけるのは、蜷川幸雄や井上ひさしなど名だたるアーティストと仕事をしてきた作曲家・宮川彬良だ。

ステージナタリーでは12月下旬、本格的な稽古が始まってまもないタイミングで、杉原と宮川の対談を実施。数々の難作に取り組んできた2人は、本作に感じる難しさ、魅力、そして鏡花作品の音楽性についてたっぷりと語ってくれた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 平岩享

「僕は出会うべくして彬良さんと出会ったんだ!」と感じた(杉原)

──昨年2月に行われた、世田谷パブリックシアターの2025年度ラインナップ発表会で、「黒百合」はもともと、芸術監督の白井晃さんがご自身で演出することを考えていた作品であったこと、それを今回、杉原さんに託したことが語られました。杉原さんが「黒百合」の演出を引き受けようと思われたのは、どのような点からでしょうか?

杉原邦生 正直なお話をすると、泉鏡花作品と聞いたときはちょっと戸惑いました。それまで歌舞伎や演劇で鏡花作品をいくつか観ていたのですが、面白いなと思いつつも演出するのは大変そうだなと感じていて、自分から鏡花作品を提案したことはなかったんです。2025年度に何の作品をやるか白井さんとお話しした際も、実はほかの作品が候補に挙がっていたのですが、白井さんがある日「この作品、邦生くんに合ってると思うんだけど」とメールをくださって、「白井さんがそんなふうに思ってくださるなら」と思って開いたら「黒百合」でした。「黒百合」はもともと小説なのですが、白井さんが以前、藤本有紀さんに脚本化を依頼していて、脚本がすでにできていたんです。「わ、泉鏡花だ!」と思ったのですが(笑)、読んでみたらすごく読みやすかったし、自分の中で湧き立つものがあって、こういう感覚があれば演出できるなと。それと、どうやればいいのかわからない作品に僕はやっぱり惹かれるので、素直に「黒百合」をやってみたいと思いました。

杉原邦生

杉原邦生

──戯曲のような小説のような、少し変わった脚本ですよね。

杉原 そうですね。ト書きは原作小説からの引用も多く、ト書きとして読むとどうやればいいのかわからない部分も多々ありますが、その点も含めてすごく想像力を掻き立てられました。

──「黒百合」はこれまで映像化・舞台化などされていない作品です。舞台化にあたり、宮川彬良さんに音楽を依頼しようと思われたのはなぜですか?

杉原 僕、本当にずっと宮川彬良さんに憧れていて、いつかご一緒したいと思っていたのですが、「黒百合」の脚本を読んで最初に思い浮かんだのが彬良さんでした。それで、白井さんとプロデューサーに「宮川さんにお願いしたいのですが」と提案したら「いいと思います!」と賛同してくださり、それで彬良さんにオファーすることになったんです。

──杉原さんが宮川さんに憧れるようになったきっかけは?

杉原 話すと長くなってしまうのですが……(笑)。僕がライブエンタテインメントに興味を持ったきっかけは、東京ディズニーランドのショーやパレードだったんですけど、中でも当時、トゥモローランドのショーベース2000でやっていた「ワン・マンズ・ドリーム」というショーが特に大好きだったんです。「ワン・マンズ・ドリーム」は音楽の素晴らしさはもちろん、冒頭はモノクロの世界観でミッキーたちもモノクロで現れるのですが、次のシーンでは一瞬でカラーに変わっていく。それを、映像などを使わずアナログな表現で、すべてやっていたんですね。さらに劇中でミッキーが「ハムレット」のセリフをしゃべったり、ドナルドが「白鳥の湖」を踊るシーンもあったりと、僕は「ワン・マンズ・ドリーム」でシェイクスピアに出会い、バレエに出会ったんです(笑)。ただ、あの初代「ワン・マンズ・ドリーム」のボーカル&ダンスアレンジとオーケストレーションを手がけたのが彬良さんだったとは、当時はまったく知らなくて。その後演劇を志すようになった頃に蜷川幸雄さんの「身毒丸」を観て、「舞台の演出と俳優、音楽、空間、明かり、すべてが見事に融合している! すごい作品に出会ってしまった!」と衝撃を受けてスタッフクレジットを確認したら、「音楽:宮川彬良」とあり、さらに調べたら、なんとあの「ワン・マンズ・ドリーム」の音楽監督をやっている人じゃないか!と。そこでバーン!とすべてがつながって、「僕は出会うべくして彬良さんと出会ったんだ!」と思っちゃうくらい(笑)、強い憧れを感じたんです。

鏡花は作曲の感覚で文章を書いていたのではないか(宮川)

──宮川さんは今回、どんなところに興味を持って「黒百合」に参加することにされたのでしょうか。

宮川彬良 まさにもう、この流れですよね(笑)。余波を感じたというか。実は杉原さんと白井さんの間で僕の名前が挙がった直後に、白井さんと偶然、世田谷パブリックシアターの事務所で会ったんですよ。

杉原 それ、僕が白井さんとプロデューサーさんに彬良さんのお名前を伝えた日です!

宮川彬良

宮川彬良

──すごい偶然ですね(笑)。

宮川 僕はせたがや文化財団音楽事業部のプロデューサーをやっているんだけれども、世田谷パブリックシアターと音楽事業部の事務所が同じフロアにあって、でもこれまで1回も白井さんと会ったことがなかったんです。なのにその日、初めてフロアで白井さんに会って「あ、宮川さんちょうどいいところに!」という感じで、杉原さんが今話してくれたことを、白井さんが僕に一生懸命伝えようとしてくれたんです。まあちょっと詳細はわからなかったんだけど(笑)、でもすごくうれしいなと思ったし、“引き寄せられの法則”だなと思ってお引き受けしました。

泉鏡花については、僕はたくさん読んだりしたわけではないけれど、あの時代に最先端のものを書いていた人なんだろうなとは思うし、たとえば今、泉鏡花が生きていて新刊として「黒百合」を出したとしても、みんなが「え!」って驚くような内容の作品じゃないですか。しかも藤本さんの脚本ということで、藤本さんとは以前、NHKのテレビドラマ「ちかえもん」(編集注:2015年に放送され、松尾スズキがスランプ作家・近松門左衛門役を演じ、宮川が音楽を担当したテレビドラマ)でご一緒していて、脚本がすごく面白かった印象があるんですね。だから断る理由はない、と思いました。そうそう、松尾スズキさんとのご縁もあって、昨年3月にコクーン アクターズ スタジオの「アンサンブルデイズ」(参照:24名のコクーン アクターズ スタジオ生が奮闘!「アンサンブルデイズ」開幕)を観に行ったんですよ。そうしたら演出がこの人だった!

杉原 (笑顔でうなずきながら)あははは!

宮川 なので、皆さんに囲まれ、大変充実した中で今、「黒百合」本番までの1カ月を迎えている感じです(取材は12月末に行われた)。

──台本を拝読すると、いわゆる歌のシーンはあまり多くはありません。音楽はどのように入ってくるのでしょうか?

杉原 これまで2回、打ち合わせをしたのですが、最初は具体的な音楽の話はせず、舞台の音楽にどういう可能性があるかというようなことをざっくばらんにお話ししました。2回目は、彬良さんのお宅にお邪魔して、いただいたいくつかのデモをもとに、僕が考えたことをお伝えしました。そのうえで彬良さんが「やっぱり1回稽古場に行って、稽古を見ながらイメージを膨らませたほうが良さそうだ」とおっしゃったので、稽古場に来ていただくことになった……のが今日です。

宮川 だから現段階ではまだわからない部分も多いのですが、僕の勘ですけど、泉鏡花の文章って音楽みたいなんですよ。文学と音楽をあまり区別してない人の文章だなっていう感じがして。なので歌入り芝居みたいなことはあり得なくて、芝居と音楽が渾然一体とした時間になるんじゃないかなと思います。どうしてもファーストインプレッションで叙情を描きたくなっちゃうんだけど、僕が叙情を描こうとすると、どうやらすでに“鏡花の言葉”という音楽の中に叙情があふれているから、今回音楽が目指すのはそこじゃないんだろうなと。だからちょっと、特殊な音楽になるんじゃないかな。

杉原 鏡花の言葉から、メロディは浮かびやすいのですか?

宮川 うーん、浮かびやすいとかではなくて……浮かびやすさで言ったら井上ひさしのほうがよっぽど浮かびやすいと思うのですが、変な言い方だけど、鏡花は作曲家が書いた文学みたいな感じがするんです。

杉原 なるほど!

宮川 鏡花の文章が「面白いでしょ、これ」という感じでトスしてくれる感じがするんですよね。だから鏡花って、作曲しているような感覚で文章を書いてるんじゃないかなと感じるし、だからこそ逆に難しさも感じています。寄り添うとか、そういうことじゃなくて、音楽の新しい居場所があるはずだ、と思って。

杉原 それは面白いですね!

宮川 でもそれを面白いって思うこの人(杉原)がね、やっぱり面白いんだよね。

一同 あははは!

左から宮川彬良、杉原邦生。

左から宮川彬良、杉原邦生。

──杉原さんも、鏡花の音楽性について感じる部分はありますか?

杉原 めちゃくちゃ感じます。ただこれは、先日彬良さんにもお伝えしたんですけど、ファーストインプレッションってもちろん大事なのですが、それって僕たちが勝手に抱いている“泉鏡花らしさ”や雰囲気に集約されてしまっている可能性もあるから、「いや、待て待て」と踏みとどまって、もう1回読んでみることにしていて。すると、最初に感じたことはあくまで一つの側面で、実は鏡花的な耽美な美しさには集約されない笑いや恐怖があることが見えてきたり、もしかしたら実はそれがすごく大事なんじゃないかなと思い直したり……僕だけでなく彬良さんもそうかもしれないですが、「これだ!」と思って掴んだことだけにすがっていると失敗しそうな感じがして、今はつかみどころのなさを大切にしています。

宮川 (しみじみと)なんか、すごく鋭いなあ。

杉原 (笑)。

──杉原さんはよく、「一つの音楽を作るように演出する」と表現されますよね。

杉原 そうですね。実は以前、彬良さんのご著書「『アキラさん』は音楽を楽しむ天才」を読んだとき、彬良さんも「ミュージカルは1曲の音楽だと思っている」と語っていらして、「僕は演劇を1曲の音楽と思っていたけれど、彬良さんもミュージカルに対して同じことを感じていらっしゃるんだ!」とすごく共感したんです。

宮川 けっこう僕、影響を与えてますね(笑)。

一同 あははは!

──本作も、音楽が作品全体を覆うような形になりそうでしょうか?

杉原 そうですね。この作品にとって、音楽性はすごく大事な気がします。

宮川 そうなったら成功ですね。実際に音楽が流れているかどうかは別にして、作品全体を音楽と感じられたら素敵だし、それが僕らが感じた泉鏡花そのものになるんじゃないかと思います。