宮藤官九郎×中村勘九郎×中村七之助が語る「平成中村座」 “世の中を動かせない人たち”を主人公に、暗く重いテーマを笑い飛ばしたい (2/2)

クズの若旦那とドSの花魁?

勘九郎 今回の「唐茄子屋~不思議国之若旦那」の若旦那もですが、僕が宮藤さんにいただく役は、だいたいクズ人間ですよね……。

宮藤 あー確かに。勘九郎さんはどんな役でも最終的に「なんだか憎めない」人にしてくれるから「安心してクズに書ける」みたいな安心感があるかもしれない(笑)。

──今回の原作は落語「唐茄子屋政談」。吉原通いの道楽が過ぎた若旦那が勘当され、叔父の意見で唐茄子(かぼちゃ)を売り歩くことに……という物語です。力仕事に縁のなかった若旦那が弱々しく売り歩く姿の可笑しさ、見かねて手伝う江戸っ子の優しさ、そして最後はほろりとさせる人情噺です。

宮藤 「あの若旦那ならしょうがないな」「助けてあげないと生きていけないからな」と周囲が手を差し伸べてしまう若旦那は、勘九郎さんにぴったり。若旦那が惚れていた花魁は七之助さんで決まりだし、吾妻橋、浅草寺、吉原田んぼと、全部が浅草界隈で話が進むネタじゃないですか。そこに「不思議の国のアリス」の要素を入れれば、(勘九郎の)お子さんたちも出られるなと。

宮藤官九郎

宮藤官九郎

──「不思議の国のアリス」はどのように絡んでくるのでしょう?

宮藤 若旦那が唐茄子を売り売り、楽しかった思い出を回想する場面がありますよね。そこで“アナザー吉原”に入り込んでしまう……みたいな展開を考えています。でも、もともとが人情噺なので、そこにきちっと戻して終わりたいとは思っていますね。

勘九郎 ヒントは「饅頭」と「弁天池」。これ以上は観てのお楽しみです!(笑)

──宮藤さんの作品ですから、個性的なキャラクターにも期待が高まります。

宮藤 田んぼで話しかけてくる蛙(蛙ゲゲコ)は亀蔵さんが良いなとか(笑)、かなり迷いなく配役は決まりました。「あの人に次はどんな役を振ろう」という、劇団の書き方に近い楽しさがありますね。(中村)獅童さんには唐茄子を全部売ってくれちゃう大工の熊さんを演じてもらいますが、この役も落語「大工調べ」の啖呵のくだりを入れ込んで、カッコいいところを見せてもらおうかなとか。

──おお「大工調べ」。ケチな大家に家賃の抵当(カタ)で大工道具一式をとられた与太郎のため、大工の棟梁がひと肌脱ぐ古典演目。江戸っ子の胸のすくような啖呵が見どころです。

宮藤 全編にわたって、「劇団のみんなに見せ場を作りたい」という発想で構成しました(笑)。

勘九郎 そう言ってくださるの、すごくうれしいです。

中村勘九郎

中村勘九郎

──原作の落語では、花魁は若旦那が羽振りがよくて幸せだったときの思い出話にしか出てきませんが……七之助さんが演じる花魁についても伺えますか?

宮藤 ものすごく感じが悪い花魁だったら面白いなと思って……ドSの花魁(笑)。若旦那は「俺は勘当されても花魁がいるから大丈夫」なんて言うけれど、文無しになった途端、ものすごく態度が冷たくなる(笑)。

──塩対応の花魁(笑)。

七之助 (手で輪っかを作って)お金がないなら知らないよって(笑)。きれいごとじゃないというか、ちゃんと人間っぽい、現代的で合理的な花魁ですよね。

──七之助さんはお仲との2役。若旦那が唐茄子を売り歩く先で出会う貧しい母子で、子どもは長三郎さんが演じます。

七之助 こちらは本当の意味で、普通の人間らしい女性になる予定です(笑)。

──今回は荒川良々さんもご参加されます。

宮藤 次、歌舞伎をやるときは、ぜひ荒川くんに出てほしいと前から言っていたんです。せっかく現代劇から呼ぶなら、“異形の人”がいいじゃないですか。あの“可愛げ”が落語の世界にもなじみそうですし。

七之助 うちの父が喜んでいると思います。すごく好きだったんですよ、荒川さんのことが。「ニンゲン御破産」のときは毎日のように一緒に呑んでいたみたいですし。

勘九郎 ご一緒するのが本当に楽しみ。屋号を考えないといけませんね(笑)。

どこか“欠けた”部分がある人間を、舞台で生かしたい

──改めて、今回の作品の劇作におけるポイントを教えてください。

宮藤 今世の中がどんどん寛容性を失っている気がして。「しょうがないな」と周囲が手を差し伸べる関係性や、どこか欠けた部分がある人間を、せめて舞台の中では生かしたいってことかなあ。あと、三谷幸喜さん、野田秀樹さんをはじめ、たくさんの作家さんが歌舞伎を書いている中で、僕ができることを考えたときに、自然とこの題材になった気がします。「天日坊」も、ダメなやつ、しょうがないやつが、「もしかしたら世の中ひっくり返せるんじゃないか」と夢を見て、結局ダメだったという話だし、「大江戸りびんぐでっど」に至っては、人間でさえないっていう(笑)。世の中を動かせない人たちを主人公にして、本来は重く暗くなっちゃうテーマを笑い飛ばしたい。これが歌舞伎を作るうえでの自分の特徴というのは、3作目にして自覚した部分ではあります。

平成中村座公演より。©松竹

平成中村座公演より。©松竹

──立川談志の言葉を借りれば「業の肯定」「与太郎は人間社会の仕組みの無理を知っている。与太郎はバカではない」ですね。中村屋のお二人は落語を題材にした歌舞伎の、どこに魅力を感じますか?

勘九郎 落語の世界の住人は憎めなくて可愛らしいですし、それでいて生活感もある。今をしっかりのんびり生きている感じがして、すごく好きですね。

七之助 しかも落語は、とっても残酷なことや怖いことも笑いにできるんですよね。そういえば僕、宮藤さんの作品で落語家役も演じさせていただきました(「いだてん」三遊亭圓生役)。

宮藤 あのときは森山未來くんが古今亭志ん生役に決まっていたから、圓生役もよっぽどな人じゃないと成立しないぞって悩んだ結果、「七之助さんしかいない」となったんです。

勘九郎 セリフの量的には七之助のほうが多かったんじゃない? 僕はただひたすら走っていただけだから(笑)。

七之助 それはないでしょ(笑)。でもつくづく、衣裳も化粧もなく座布団に座っておしゃべりする落語という仕事、怖くて僕にはとてもできないと震えました。あのときは撮影だからエキストラのお客様が演技で笑ってくださいましたけど……本職の落語家さんにはリスペクトしかないですね。

中村七之助

中村七之助

宮藤 橘家圓喬役を演じた松尾(スズキ)さんは、「ウソでもお客さんが笑ってくれるとテンションが上がる」って言ってました(笑)。

──長年関係を積み上げてきた皆様による新たな新作、そして久々の平成中村座公演、楽しみにしています。

七之助 歌舞伎座、コクーン歌舞伎、平成中村座と、全部に作品を書いていただいた劇作家は宮藤さんだけですからね。平成中村座で新作がかかるのは初めてですし。

宮藤 え、そうなんだ! プレッシャーかかってきたな(笑)。

勘九郎 何も意識しないで大丈夫ですよ(笑)。平成中村座はなんでも似合う小屋なんです。宮藤さんが平成中村座を愛してくださっていることが伝わる、あの劇場でできるすべてのことを詰め込んでくださった作品を上演するのが、僕も今から楽しみで仕方がないですね。キャスト&スタッフともに情熱あふれる、胸を張って誇れるチームです。コロナ禍の中でも、「早く平成中村座をやりたい」とずっと夢見ていました。3年ぶり、がんばりますので、皆様足をお運びください!

左から中村七之助、中村勘九郎、宮藤官九郎。

左から中村七之助、中村勘九郎、宮藤官九郎。

プロフィール

宮藤官九郎(クドウカンクロウ)

1970年生まれ。1991年より大人計画に参加し、脚本家・監督・俳優として活動している。1995年に結成したパンクコントバンド・グループ魂ではギタリストを務め、作詞・作曲も担当。第25回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第53回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第49回岸田國士戯曲賞、第29回向田邦子賞、東京ドラマアウォード2013脚本賞、第67回芸術選奨文部科学大臣賞など多数の賞を受賞。2019年に放送されたNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」では脚本を担当した。来年1月放送予定のNHK正月時代劇「いちげき」の脚本を担当している。

中村勘九郎(ナカムラカンクロウ)

1981年、東京都生まれ。1986年に歌舞伎座「盛綱陣屋」の小三郎で波野雅行の名で初お目見得。1987年歌舞伎座「門出二人桃太郎」の兄の桃太郎で二代目中村勘太郎を名乗り初舞台。2012年新橋演舞場「春興鏡獅子」の小姓弥生後に獅子の精ほかで六代目中村勘九郎を襲名。

中村七之助(ナカムラシチノスケ)

1983年、東京都生まれ。1986年に歌舞伎座「檻」の祭りの子勘吉で波野隆行の名で初お目見得。1987年歌舞伎座「門出二人桃太郎」の弟の桃太郎で二代目中村七之助を名乗り初舞台。