きむらゆういちの人気絵本を、立山ひろみの脚本・演出、鈴木光介の音楽、山田うんの振付で舞台化した音楽劇「あらしのよるに」。嵐の夜、真っ暗な小屋で出会ったオオカミのガブとヤギのメイは意気投合。本来、敵同士であるはずの2人は、“ひみつのともだち”となり……。
2019年初演、2021年再演もされた本作にこの度新たに挑むのは、近年はクリエイターとしても活動の場を広げる白石隼也と、身体性と歌唱力に定評のある新鋭・南野巴那だ。ステージナタリーでは、白石と南野にインタビュー。また特集後半では、演出・立山ひろみの言葉を交えつつ、稽古の様子をレポートする。
なお本作は、日生劇場が1993年から行っている、家族で本格的な舞台芸術に触れられることを目指す「日生劇場ファミリーフェスティヴァル」の1作品として上演される。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 曳野若菜ヘアメイク / 橘房図スタイリスト / [白石]岡部俊輔、[南野]清水拓郎衣裳 / [白石]INNAT(@innat_official)、[南野]umiARIA official(ワンピース、ベスト)
絵本の世界がそのまま脚本に
──白石さんは今回の出演が決まられてから、南野さんは子供の頃から「あらしのよるに」をご存じだったそうですね。お二人は原作に対して、どんな印象を持っていましたか?
白石隼也 僕は、脚本を最初に読み、そのあとで原作を読んだのですが、原作と脚本にあまり違いは感じませんでした。文字数やシーンで考えたら、脚本は原作より少ないはずですが、作品の世界観や展開は同じだなと。あの原作の世界観を1本の脚本にそのまままとめるなんて、立山さんはすごいなと思いました。
南野巴那 子供のときに絵本を読んだときは、「オオカミとヤギが友達になれるんだ!」ということに素直に驚きました。大人になって読み直して、オオカミとヤギが助け合って絆を育んでいくところはもちろんすごく魅力的なんですけど、その絆の深さが底知れないというか。命をかけてまでお互いを思い合って行動するところや、好奇心からこんな素敵な関係性が生まれるところにすごく感動しました。
──原作は絵柄のインパクトも印象的ですよね。
南野 そうですね。例えばガブがメイの肩をガシッと掴んで「次、いつ会いますか?」って聞くシーン、本当に絵のインパクトがすごいんです(と絵本を開きながら)……そう、この絵! まさにオオカミに取って食われそうなインパクトがあるんですけど(笑)、舞台でもこのシーン、隼也さんがすごい勢いで走ってきて、私の肩をガシッと掴むんです(笑)。このシーンの稽古では、いつもこの画が思い浮かびます。
──オオカミやヤギ役を演じるのは、人間の役とはだいぶアプローチが違うのでは、と思うのですが、どのように取り組んでいますか?
白石 まずは身体でどう見せるかということを考えています。そこまで動物的な動きを求められているわけではないんですけど、それでもちょっとした仕草でオオカミっぽさを表したいなと思っていて、例えば尻尾の扱い方とか、オオカミの動きだからこその動きの面白さを見つけていけたらいいなと思っています。また、オオカミチームの演者たちの間で、“股を開いて歩く”とか“中腰になる”とか、基本的な動きや体勢を決めていて、僕もそれに倣っています。おかげで、すごく背中が痛いんですが……。
一同 あははは!
南野 私もまずはヤギの動きがどういうものなんだろうというところから研究しています。また、改めて絵本を見直すと、メイは天真爛漫さはあるけどキャピキャピはしていないというか、もうちょっと落ち着いた印象の存在なのかなと思っていて。実際、リアルなヤギもちょっと渋い存在ではあるので(笑)、可愛いらしさに寄りすぎないように意識しています。それからビジュアル撮影のときに、演出の(立山)ひろみさんが「特に(性別を)特定しているわけではないんだけれど、メイは中性的なイメージ」とおっしゃっていたんです。確かにそう捉えたほうが、ガブとメイの間に生まれる友情という部分が素直に受け取れるし、役に近付いていけるんじゃないかと思いました。
──性格面では、ガブとメイ、それぞれどんな性格だと捉えていますか?
白石 オオカミになったことがないのでわからないですが(笑)、やっぱり群れで生きるのはすごく気を使うんじゃないかな……。人間の世界でも集団行動が苦手な人っているし、“そのコミュニティにいることがしんどい”という気持ちは、なんとなく想像ができますよね。僕もどちらかというと集団が得意ではなく、4人以上でご飯に行くのもちょっと気を遣うなと感じてしまうほうだし、特にガブは優しさがあるオオカミなので、優しさ故に葛藤している部分があるんじゃないかなと解釈しています。
南野 メイはとても好奇心があって、だから雨の美しさに見惚れて迷子になってしまったり、本当は敵であるはずのガブとの関係を楽しんでしまったりします。と同時に、素直さとか切り替えの速さみたいな部分も動物だからこそあるんじゃないかと思っていて、例えばガブがメイを見て「おいしそうだな」と感じる横で、メイもおいしそうな草を見てテンションが上がる、というシーンなどは、2人の欲求に対する忠実さを表現することで、動物らしさが立ち上がってくるんじゃないかなと思っています。
──それにしても、最初はお互いの姿が見えない状態で出会った2人が、次に会ったときはお互いの姿を確認しながらも、スッと友達になれたのが不思議です。ガブとメイは、どんな気持ちでお互いを友達として受け入れたのでしょう?
白石 舞台版では、2人が再会するシーンは省かれていて、すでに打ち解けた状況から展開するんですけど、ガブもメイも好奇心がすごく強いのかなと思います。未知なるものに対する興味が恐怖に優って、本来は絶対に仲良くなるはずのない動物同士が友達になる、興味を持って惹かれ合うということかなと思っています。
南野 メイは好奇心旺盛で、なんでも楽しいと感じるタイプなのではないでしょうか。ガブのことも、ガブとの関係性も、面白がっているのかなって。
──お衣裳のフィッティングもされたと聞きました。衣裳を着てどんな実感が湧きましたか?
白石・南野 ……暑い!(笑)
白石 オオカミについては、本来、シッポってバランスを取る役割があるものですけど、“後付け”すると歩きにくいというか、バランスが取りづらくなるようで(笑)。それは面白いなと思いました。
南野 ヤギの衣裳は、冬だったらそのまま寝たくなるくらい気持ちよいんですけど(笑)、やっぱりモコモコで暑いです。
ダンサーたちが作品の“背景”を立体化していく
──立ち稽古に入り、徐々に作品が立体化してきました。稽古ではどんな発見がありましたか?
白石 セリフだけでなく身体で表現することも多い作品なんですが、山田うんさんの振付が入り、アンサンブルの方たちが雨や風を身体で表現してくれる中で演じることで、それまで台本を読んでも想像できなかった部分が「この1行のト書きはこうなるんだ!」と感じる面白さがありますね。また人間の身体を使って場所や地形、天候など表現する中、そこをガブとメイがどう練り歩いて行ったら面白いかなということを今考えています。昨日も、川の石を飛び渡るシーンの稽古で、石のある場所をちゃんと意識することで、本当に川の中にある石を飛び越えているように見えたんですよね。そこに驚いて。何しろ舞台美術がね、あれだけ(と稽古場の可動式の衝立を指さして)しかないですから、それ以外はほぼすべて身体で表現するので。
南野 セリフがないシーンでも、例えばヤギの群れでいるときにヤギ同士で楽しくコミュニケーションを取ったりすることがあって、その場で起きていることが鮮明に感じられるなと思いました。あと、ダンサーさんたちが雨の音を鳴らしながらメイの周りを取り囲んでいくところが素敵で、こういうシーンが人によって表現されていくんだ!というシーンごとの印象がよりはっきりしてきました。
──ガブとメイの関係性も、立ち稽古が始まってから理解度が増してきた部分はありますか?
白石 徐々に手応えはありますね。シンプルなストーリーではありそんなに裏読みする作品ではないですが、いろいろな解釈ができる部分もあって、そういった考え方を僕と巴那ちゃん、立山さんの3人で意見を出し合いながら模索しています。
南野 私はまだお芝居に対して未熟な部分がたくさんあって、そういったところを隼也さんに教えていただいていますし、「あらしのよるに」という物語、シーンの捉え方についてもすごく話し合う機会を作っていただいています。それで自分の中でも空間やメイの立ち位置について想像できるようになってきた部分がありますし、作品全体のイメージがどんどん鮮明になっている感じはあります。
──演出の立山さんの言葉で、印象に残っていることはありますか?
南野 すごく感じているのは、こちらの想像力を膨らませてくださるような言葉で説明してくださるということ。1つの事柄をいろいろな単語で説明してくださり、それがシーンごとにあるので、想像を掻き立てられてるし、ヒントをいただいているなと思います。
白石 一番最初に言われたのが、「ガブという役は優しさを意識してほしい」ということで、オオカミだから本能的な荒々しさが出るシーンもあるんだけど、そういうところは残しつつ根底にある優しさを大事にしてほしいと。そのことは意識しています。また立山さんは、ご自身がしたいことを最初に提示するのではなく、役者にかなり任せるんです。強い言葉で僕らを導くというより、ディスカッションしながら作り上げていく感覚で、「考えてほしい」ともよく言ってくださるし、僕が今まで出会ってきた演出家の中でも一番というくらい、「まずやってみてください」と任せてくださる。こういう稽古って僕は初めてで、音楽劇「あらしのよるに」の上演自体は今回3度目ですが、過去2回に縛られず、僕らの個性を立山さんは引き出そうとしてくださるのがありがたいですし、常に考えないといけないから頭は疲れますけど(笑)、やりがいがありますね。
──また本作では音楽も非常に重要な要素です。鈴木光介さんが手がける音楽は、ダイナミックで情感豊かでありつつ、あえて異質なものを忍ばせて“まとまりすぎない”ようにしているような、耳と心に残るナンバーが魅力です。白石さんは稽古が始まる前のインタビューで、これまでミュージカルや音楽劇に対して消極的な気持ちだったとお話しされていましたが、その思いに変化はありましたか?
白石 ……正直、まだ慣れないですね(笑)。歌とか踊りって芝居とは違う時間軸で稽古をするので、そういう経験もほぼなかったですし、芝居の中に歌が入ってきたり、歌から芝居になったり、というリズムにまだ慣れていない感じがあります。また、芝居に対する演出ならすぐ理解できるんですけど、歌に対する演出となると、音程や拍数が決まっている中で、立山さんがおっしゃるエッセンスをどう乗っければいいのか……そのあたりをまだ心得ていないので、日々模索しているところです。でも光介さんの音楽はすごく素敵で、彼の世界観というか、日本的でありながらエキゾチックな感じがするのが僕はすごく好きだし、みんなが歌っているのを聴いてても楽しいなと思っています。
──南野さんは?
南野 稽古場で音楽を聴いていると、本当に美しいハーモニーだなと毎日思っています。ガブとメイが歌う曲もすごく気持ちが乗りやすいメロディだし、セリフとして発するときの音程と似たメロディで作られているので、音楽なのに言葉を伝えやすい作りになっているんです。また、作品全体に音楽が入ってくるところも美しいなと感じます。
──確かに歌の部分以外も、作品全体を通していろいろな音が鳴っている作品ですよね。
白石 そうですね。例えば雨の音は、うちわに玉をつけて鳴らすことで表現したりと、舞台上ではかなりいろいろな音が鳴っています。
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劇場に入った瞬間から物語の中へ、日生劇場の魅力