ナタリー PowerPush - YUKI
私には歌いたい歌がある アルバム「megaphonic」完成
シングル曲「2人のストーリー」「ひみつ」「Hello!」を含む全13曲を収録した6thアルバム「megaphonic」。前作「うれしくって抱きあうよ」は、柔らかな感触を持つ作品だったが、約1年半ぶりにリリースする今作は、YUKIの今の思いが刻まれた、明るくて、力強い作品になった。
取材・文 / 松浦靖恵
いろいろなことに挑戦できたのは去年の自分がいたから
──昨年は、前作「うれしくって抱きあうよ」発表後に、オーチャードホールでのライブや久しぶりの大規模な全国ツアーを行うなど、アクティブに動いた1年でした。去年の活動は、新しいアルバム「megaphonic」に何か影響を与えていますか?
「うれしくって抱きあうよ」は、新しい私の音を作りたいと思って作った作品でしたし、ライブでその音を立体的に表現するには、ホーンやストリングスを取り入れた編成の新しいバンドが必要だったんです。打ち込みの音を生の音に変えていく作業は大変でしたけど、自分の中の予定調和を一度壊してみたことで、見えたことや勉強できたことがたくさんあったんですね。今回のアルバムでいろいろなことに挑戦できたのは、去年の自分がいたからだと思います。自分ができること、できないかもしれないけれどそこに立ち向かって挑戦すること、そして、それを時間がかかっても成し遂げることに面白さを感じている私がいたんです。
──シングルになった「ひみつ」は、去年のツアー中にツアーメンバーたちと作り、いち早くライブで披露しました。その試みもソロになってからは初挑戦でしたものね。
新しい挑戦は、自分をどこまで解き放つことができるのか、エンタテインメントとしてどこまで人を楽しませることができるのかということを教えてくれました。あと、「2人のストーリー」は、「うれしくって抱きあうよ」を制作していた時期に作った曲だったんですけど、次なるアルバムの最初の種になってくれました。その種がどんな葉っぱを出し、どんな成長をするのかを、その後生まれてくる1曲1曲が教えてくれると思っていたので、割と早い段階から新しいアルバムのことを考え始めることができたんだと思います。
──何十曲ものデモからアルバムに収録する曲を選ぶときの基準はどんなものでしたか?
今作に限ったことではないんですけど、私は曲を作らないので、曲選びは今の私の感覚にフィットするものかどうかということが選択基準になっています。基本にある思いは、今、その曲を歌いたいかどうか、ハッピーになれるかどうかでした。作家の名前を見てから曲を聴いてしまうと、どうしても邪念が入ってしまうので、いつも私は誰が作った曲なのかを知らずに選んでいるんですよ。
伝えたいことがあるのならば、それをメッセージとして伝えるべき
──以前、YUKIさんは「自分はポップスの歌い手として、歌の中に自分自身の主張は入れない。それは私が歌と歌を聴いてくれる人たちの橋渡し的なツールだから」と言っていました。でも、今作の歌詞は、今、YUKIさんがみんなに届けたかったメッセージなのではないですか?
ここ数年の私は、歌っていて自分が辛くなるような歌は歌えなかったし、自分の辛さを歌っても誰も救われないと思っていたんですね。「PRISMIC」(ソロ1stアルバム)のときに書ききったこともあって、それ以降の私は自分の中のネガティブな感情を歌にしたくなかった。とにかく、批判的な歌を歌うのはやめようと思ったし、いわゆる「トピカルソング」と言われるような時事的な歌詞を今までは書きたいと思わなかったんです。だけど、今回は無意識に出てきた言葉ならば、それを拒否する必要はないなと思いました。3月の震災以降、すべてのミュージシャンは音楽の役割というものを考えているし、私自身も気付かされたことがたくさんありました。今までなんとなく自分の中でうやむやにしていたんですけど、私の中に伝えたいことがあるのならば、それをメッセージとして伝えるべきなんだと思うようになりました。
──制作期間中にあの大震災が起こり、レコーディングを一時中断することになっても、YUKIさんは「私には歌いたい歌がある」と強い意思を持ってレコーディングを再開したそうですね。
震災直後に来日したジェーン・バーキンさんが、「ライブのときだけでもお客さんにはいろんなことを忘れてもらって、楽しんで、笑って帰ってほしい。シンガーは憂いを晴らす職業。それが私の仕事。だから、私は歌いに来た」と、インタビューで言っていたんです。あの時期、今何ができるんだろうと思っていた私に、ジェーン・バーキンさんの言葉は、「思い悩む必要はない」「私は歌うんだ」と思わせてくれました。そのために、私はちゃんと自分の生活をし、家族のために食事を作り、体を鍛え、何が起きても平常心を保てるように心を強く持ち、ネガティブな情報に惑わされず、思考停止するのではなく、前向きに、慌てることなく、淡々と物事を遂行していこうと決めました。
──だから、レコーディングを再開したんですね。
はい。実は、今回のアルバムの歌詞は、1番が震災前、2番を震災後に書いたものがほとんどなんです。「揺れるスカート」に「♪吹きさらしのミュージック」という歌詞があるんですけど、(震災前に)1番を書いたときは、音楽ってむなしいな、音楽って何だろう、という気持ちになっていたんですね。でも、(震災後に書いた)2番になると、同じ言葉なのに意味合いが変わって風通しがいい感じになりました。音楽はどこにいても、誰にでも鳴らすことができるのよという意味合いに変わってうれしかったです。
──なるほど。
あの時期は、いろいろな感情や人間性が浮き彫りになっていましたよね。震災後に表参道を歩いたことがあったんですけど、節電中で街が暗いから星がとてもきれいだったんですね。東京の夜空ってこんなにきれいだったんだと感動して、私は鼻歌を歌ったし、この暗い東京でがんばろうと思ったんです。私の友達にもいろいろな意見があって、「街が暗いとヨーロッパの街みたいな雰囲気になるね」っていう人もいれば、「街が暗いと女の子の一人歩きは危険だよね」と言う人もいました。同じ状況に身を置いても感じ方や捉え方は一人ひとり違うんです。不安のパワーは強すぎるし、放っておいても勝手に人の中に入り込んでくる。だったら私は安心パワーを広げようと思いました。あのとき、いつもより暗い東京の夜空がきれいと思ったことを、歌詞にするのは勇気がいることだったけれど、今、書かなきゃいけないと思ったので書くことにしたんです。
CD収録曲
- Hello!
- 勇敢なヴァニラアイスクリーム
- 揺れるスカート
- 鳴いてる怪獣
- クライマー・クライマー
- マイ・プライヴェート・アイダホ
- Wild Ladies
- ひみつ
- 2人のストーリー
- あの娘になりたい
- 笑いとばせ
- 相思相愛
- 集まろう for tomorrow
DVD収録曲
- 2人のストーリー(music video)
- ひみつ~おもわせぶりver.~(music video)
- ひみつ~あとしらなみver.~(music video)
YUKI(ゆき)
1972年生まれ、北海道出身の女性シンガー。1993年にJUDY AND MARYのボーカリストとしてデビュー。2001年の解散までに、数々のヒット曲や名アルバムを発表する。また、1999年のバンド活動休止中にはTHE B-52'Sのケイト・ピアソンらとスペシャルバンド「NiNa」を結成。さらに2001年にはCHARAやちわきまゆみらとガールズバンド「Mean Machine」を立ち上げ、ドラマーを務めた。
2002年にシングル「the end of shite」で本格的なソロ活動をスタート。先鋭的なサウンドとビジュアルで、唯一無二の世界観を確立した。2007年10月には、ソロ活動5周年を記念したベストアルバム「five-star」がオリコンウィークリーチャート1位を獲得している。
そして2010年には積極的な活動を展開。シングル2枚、オリジナルアルバム1枚、ライブアルバム1枚を発表したほか、5月にJ-WAVE主催のスペシャルライブ、6月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにてワンマンライブ2DAYSを実施。夏フェス出演を経て、秋にはソロとして最大規模の全国ツアー「YUKI concert tour 2010“うれしくって抱きあうよ”」を行った。2011年もその勢いは留まることを知らず、これまでにシングル2枚、DVD1枚をリリースしている。8月に待望のニューアルバム「megaphonic」を発表。