由薫の原点回帰は“夜”、心を剥き出しに自分と向き合った「Wild Nights」インタビュー

由薫が5曲入りの新作EP「Wild Nights」を配信リリースした。

これまで“太陽(Sun)の影(shade)”をテーマにした「Sunshade」や、明るさを意味する「Brighter」など、陽の光を感じさせるタイトルの作品を多く生み出してきた由薫。ところが今作では、家族が寝静まってから作曲をしていた10代の頃に原点回帰し、“夜”をテーマに楽曲を制作したという。

「夜は心が剥き出しになる」と語る彼女が、自分の直感を信じ、本能的な感情と向き合いながら作った「Wild Nights」について、じっくりと話を聞いた。

取材・文 / 森朋之撮影 / 笹原清明ヘアメイク / 小嶋克佳、根津佑奈スタイリスト / 今福幸奈

夜は心が剥き出しになる

──新作EP「Wild Nights」がリリースされました。2024年9月に発表された前作EP「Sunshade」以来、約半年ぶりの作品ですが、ずっと制作は続いていたんでしょうか?

今回の「Wild Nights」は、一昨年の夏にスウェーデンで作ったデモ音源がもとになっているんです。スウェーデンには1週間くらい行ってたんですが、毎日、違うクリエイターの方と制作して、いろんなインスピレーションをもらって、すごく勉強になりました。歌詞に関しては、最近書いたものが多いです。

──海外のクリエイターとのコラボに加え、今現在の由薫さんのモードも反映されているんですね。「Wild Nights」というタイトルの由来は?

これまでの私の音楽は、“明るさ”との結び付きが強かったんです。愛用しているギターに“サニー”という名前を付けたり(笑)。1stアルバム「Brighter」で夜が明けて、太陽が昇っていく様子を表現したことは私にとって1つの大きな到達点でした。そんな中、今回のEPでは“原点回帰”をテーマにしたかったんです。「もともと自分が持っていた要素ってなんだろう?」と考えるうちに、夜のイメージが浮かんできて。

由薫

──“夜”というと、つまりダークな部分?

はい。自分にとってのファイトソングは明るい曲だけじゃないんです。暗い曲から光を見出して元気になることがけっこうあって。そんなことを思い返して、夜に向き合ってみようかなという気持ちになりました。「Wild Nights」は、エミリー・ディキンソンという詩人の作品「嵐の夜よ!(Wild nights! Wild nights!)」に出てきた言葉なんです。この詩人の作品は陰の要素が強いうえ、人間の暗い部分や死と向き合うことで生を浮き彫りにするような詩もあって。大学生のときに彼女の詩を読んだことで、「音楽をがんばろう」と勇気付けられたし、「Wild Nights」はずっと心に止めていた言葉でした。

──なるほど。10代の頃から夜に惹き付けられていたんですね。

10代の頃は一緒に暮らしていた家族が寝静まってから曲を書くことが多くて、それが自分の音楽活動の原点なんです。夜って心が剥き出しになるんですよね。自分と向き合いながら、一番素が出てくるのが夜なんじゃないかな。大人になるにつれて生活が規則正しくなって夜はきちんと寝るようになったんですけど(笑)。それでもやっぱり思いを巡らせて眠れない夜は音楽を聴きます。音楽と夜はすごく密接につながっていると感じますね。

由薫

本能を大事に

──ではEPの収録曲について聞かせてください。1曲目の「Feel Like This」はNetflixで配信中のアニメ「BEASTARS FINAL SEASON」パート1のエンディング主題歌で、サビに向かって解放されるようなメロディが心地いいミディアムチューンです。

この曲を一緒に作ったデイビット・フレンバーグというミュージシャンが、すごく私に寄り添ってくれたんです。1週間ほどのスウェーデンの旅の最終日に作ったんですけど、それまで毎日曲を書き続けて、だいぶ疲れていたんですね。そんな様子を見かねた彼が、「あまり難しいことを考えずにやってみよう」というモードに緩めてくれて。サビの歌詞「Cause I just wanna feel like this Till I till I die(死ぬまでこんな気持ちで生きていたい)」の通り、まさにそういう解放感があった。曲の成り立ちと歌詞の内容がリンクしていて、「いろいろ大変だとしても、音楽をやり続けたい」と再確認できた曲でもあります。デモの段階で歌詞はほとんどなかったから、アニメを観てから書かせていただきました。

──「BEASTARS」は肉食動物と草食動物が共存する世界を舞台に描いた作品で、原作コミックも高い評価を得ていますが、由薫さんがこの作品に抱いた印象は?

原作も夢中になって読みました。動物の世界を通して現実の人間の問題を描いている、すごくクレバーな作品だと思います。肉食動物と草食動物、体が大きい動物と小さい動物とか、いろんな対比が描かれているんですけど、生態系の中では“捕食する側”と“捕食される側”の関係だったはずの動物同士が対等に接しようとするのが興味深いですね。そういう理性と本能の戦いは、今回のEPのインスピレーションにもなっています。さっき「夜は剥き出しの感情になる」と言いましたけど、人間にも理性だけでなく、本能的な直感があると思うんです。

──音楽制作でも同じことが言えそうですよね。頭で考えることと、直感に従うことのバランスが大事だと思うので。

本当にその通りで、理性と本能を共存させないと、いい曲は作れないんですよ。どちらか片方だけで書くとバランスが悪くなる。メジャーデビューから3年くらい経ちますけど、振り返るとこの3年は理性を高める期間だったのかなと思うんです。ただ、理性に集中するあまり直感を失ってはいけないので、今作では「本能を大事にする」という原点回帰をテーマに、自戒の意味を込めてこの歌詞を書いたところもあります。

──由薫さん、直感力強そうですけどね。

この前、ヘアメイクさんともそういう話になったんですよ(笑)。私、占いはあまりやったことがなくて、何を信じてきたかというと自分の直感なんです。今までを振り返ってみても、自分の直感がいい方向に導いてくれることが多かったなって。本能と理性を使い分けているから社会は成り立ってると思いますけど、理性が強くなりすぎて、やりたいことができなくなるのは違う気がするので、もうちょっと自分を信じて、一歩踏み出してもいいんじゃない?という気持ちはありますね。

由薫

──「Feel Like This」は全編英語詞ですが、これはやはり海外のリスナーを意識して?

アニメの制作サイドから「英語で書いてください」とお願いされたんです。日本のアニメのエンディング主題歌がすべて英語詞というのは自分もびっくりしましたけど、すごく光栄だなって。詞の内容はあまり難しく考えず、言葉の感覚的な気持ちよさを感じてほしいと思いながら書きました。解放感や疾走感、主人公のレゴシが走ってる様子を思い浮かべて聴いてほしいです。

──楽曲に対するリアクションについてはどう受け止めていますか?

ライブで披露したとき、会場の一体感がすごくて、「曲のメッセージが伝わってるな」と感じました。ライブ後のメッセージに「『Feel Like This』が一番よかった」と書いてくれる人も多いんですよ。何より、歌っていて楽しい曲であることが一番うれしいですね。

自分の意志こそがリアル

──2曲目の「Dive Alive」は、エキゾチックな雰囲気をたたえた楽曲です。ほとんどが英語詞の中で「形ないものほどreal」という日本語のラインが際立っていますね。

歌詞の中に出てくる“You”に対する思いを描いた曲なんですけど、直接伝えるというより、自分の意志だけを表明しているような感じがあって。でも2番では「君に変わってほしい」ということを直接訴える場面があってもいいかなと思って、日本語の歌詞を入れました。突き放すのではなく、「本当はこうじゃない?」と語りかけているんですけど、ここでハッとしてもらえたらうれしいですね。

──感情や思い、愛情には形がないですが、だからこそこのフレーズにドキッとするリスナーも多いと思います。

SNSのことも思い浮かべました。まったくあり得ない話があたかも真実のように語られて、その嘘の情報をもとに誰かを批判する人がいる……そういうことが多くなってるじゃないですか。目先の情報に飛びついてしまうのではなくて、自分がどう思うか、自分の意志こそがリアルなんじゃないの?という思いも込めています。

由薫

──なるほど。サウンド的には、エレクトロ、ラテン、カントリーなどの要素が混ざっているのもユニークだなと。

この曲はルーカス・ハルグレンさんとコライトしたんですけど、確か同世代の方で、感覚が合ったんですよね。それに、私は日本語のラップやインストゥルメンタルなど普段からジャンルレスにいろんな曲を聴いていますが、ルーカスさんもそういうセンスを持っている方で、この曲にもいろんな要素が入ってきたんです。