由薫レビュー&インタビュー|次世代SSWのバックボーンとドラマ主題歌「星降る夜に」の魅力を掘り下げる

新世代シンガーソングライター由薫が、吉高由里子が主演を務め、北村匠海が出演するドラマ「星降る夜に」の主題歌として書き下ろした新曲「星月夜」をリリースした。この曲は、デビュー曲「lullaby」、2ndシングル「No Stars」に続きONE OK ROCKのToruがプロデュースを担当。冷たい冬の空気を想起させるようなクリアなサウンドと、夜空を見上げたときに感じるような懐かしさと心細さが入り混じった美しいメロディが印象的だ。聴き手を包み込む優しくスモーキーな由薫の歌声も、これまで以上に表現力を増している。

音楽ナタリーでは、彼女の活動や11月にリリースされた楽曲「No Stars」の魅力を掘り下げたレビューと合わせて、最新曲「星月夜」についてのインタビューを掲載する。

取材・文 / 黒田隆憲撮影(P2~3) / 梁瀬玉実

「No Stars」レビュー

シンガーソングライターの由薫が11月4日に配信シングル「No Stars」をリリースした。本作は、メジャー第1弾シングルとなる「lullaby」に引き続きToru(ONE OK ROCK)がプロデュースを手がけた楽曲。この曲について解説する前に、まずは由薫のこれまでの活動を振り返っておきたい。

2000年に沖縄で生まれた由薫は、2歳でアメリカに移住して3年過ごしたのち、1年間の金沢滞在を経て、6歳から9歳までの3年間をスイスで過ごした。家の近くには湖や山が広がり、日本の田舎とは違うその光景は彼女の原体験の1つになったという。また、スイスで通っていたインターナショナルスクールの校風も、彼女のアイデンティティ形成に大きな影響を与えている。英語という共通言語こそあれ、世代も人種もバラバラの生徒たちが集う教室には“平均”というものがなく、「自分がどれだけ変でも、みんなも個性的だから伸び伸びしていられた」と以前のインタビューで語ってくれた(参照:由薫メジャー1stシングル「lullaby」特集)。本格的に音楽を始めたのは、15歳のときに父親からアコギを買ってもらったことがきっかけだった。それ以前よりインターナショナルスクールの担任がギターを弾きながら帰りの会を行う姿などを見ており、音楽に対して自由な感覚で向き合う土壌ができていたのも大きかったようだ。

当時の由薫にとってのアイドルはテイラー・スウィフト。カントリーミュージックをベースにポップ路線へとシフトし、マックス・マーティンやジャック・アントノフらをプロデューサーに迎えたアルバム「1989」(2014年発売)や、そこに収録された「Shake It Off」や「Out of the Woods」などの名曲を次々と大ヒットさせていたテイラーは、由薫のみならず、彼女と同世代の女性たちにとって憧れの存在だったのだ。また、テイラーの楽曲が入口となり、ギターを持って歌う女性のシンガーソングライターをYouTubeなどで検索していく過程でYUIやAI、ONE OK ROCKといった邦楽アーティストの楽曲に出会った彼女は、それらの楽曲をコピーしていくうちに当時クラスメイトたちと組んでいたバンドでオリジナル曲を演奏するようになった。

由薫

由薫

転機となったのは、GYAO!とアミューズが共同で主催したオーディション「NEW CINEMA PROJECT」だ。審査員特別審査賞を獲ったときよりも、オーディションの第1次審査を通過したときに「自分が今これだけの喜びを感じている、ということはやっぱり音楽がやりたかったんだ、自分の歌を誰かに届けたかったんだ」と再確認したという。

そして2021年11月、3カ月連続デジタルシングルの第1弾となる「Fish」をリリースする。さらに今年2月に、一連のデジタルシングルを含めた、5曲入りの1st EP「Reveal」をインディーズでリリースすると、そのハスキーかつ優しい歌声が早耳の音楽リスナーの間で話題となった。さらに6月、ディーン・フジオカが主演を務める映画「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」の主題歌「lullaby」でメジャーデビュー。ONE OK ROCKのギタリスト・Toruがプロデュースを手がける「lullaby」は、等身大の彼女の魅力が詰まった「Reveal」の楽曲たちから一転、ピアノで始まり徐々に壮大なサウンドスケープへと発展していくアレンジや、映画の世界観に寄り添う歌詞が印象的だ。Toruと文字通り膝を突き合わせ、試行錯誤を繰り返しながらアレンジも歌詞もブラッシュアップ。以前のインタビューによれば、Toruから「由薫の声って、実は低音が魅力なんじゃない?」と自分の持ち味に関して具体的なアドバイスをもらったことは、自分の中の「知らなかった部分」に出会っていくような体験だったという。

冒頭で述べたように、このたびリリースされた配信シングル「No Stars」も、そんなToruとのタッグにより生み出された楽曲である。エフェクト処理されたゴスペル風のコーラスに導かれ、抑制の利いた打ち込みのビートとシンセのシーケンスフレーズが流れ出す。その上でソウルフルに歌い上げられるメロディは、前作「lullaby」が内包していた狂おしいほどの切なさとは対照的な、何かの始まりを予感させる明るさがにじむ。そしてそのメロディが、サビのファルセットとともに一気にドラマチックに変容していく。ここは前作「lullaby」のBメロで、グッとギアがかかる瞬間と通じるものを筆者は感じた。由薫の持つ低音の魅力に気付いたToruだからこそ、その対極であるファルセットを入れることでコントラストを生み出すことができたのではないだろうか。

歌詞の世界も、メロディと同様一筋縄ではいかない。「What are we waiting for? The lights are out, can't see us anymore(何を待っているのだろう / 光は消え、私たちにはもう何も見えない)」と歌われるサビの歌詞が象徴するように、ただ闇雲にポジティブであるとは言えない内容だ。

「前向きなメッセージを、と思って何度も書き直しているうちにたどり着いた歌詞は、”世界は明るい”ではなく、むしろこの『No Stars』でした」

(由薫 公式コメントより)

この曲について由薫は、このようなコメントを残している。パンデミックが続く中、海の向こうでは戦争が勃発し、国内でも現職の政治家が凶弾に倒れるなど、確かに今は「世界は明るい」などと呑気に言えるような状況ではない。

しかし彼女は、そのような世界と対峙しながらも絶望の言葉は吐かない。サビの後半では「But the flame inside Will soon light up the sky(でも、内なる炎がいつかきっと空を照らすだろう)」と歌い、「星は必要ない Yeah We can be the stars tonight(私たちは今夜、星になる)」と締めくくっているのだ。

「暗闇の中にいても、光を求める私たちは強く輝けると信じてます」

(由薫「公式コメント」より)

光のないこの世界を、自分たちが光となって照らしていこう。冷めているように見えて、その奥底に燃えるような意思を抱えている由薫の歌詞は、Z世代などとも呼ばれている彼女と同世代の人たちの心にもきっと響くものがあるだろう。

以前のインタビューで由薫は、自分たちの世代はまるで呼吸をするようにSNSを利用し、そこで向けられる他者からの評価によって、自分たちの輪郭を認識しているようなところがあると、(「私自身は積極的にはSNSを利用していないけど」と前置きしつつ)話してくれた。それにより、常に自分を俯瞰し物事をフラットに考えられるようになっているのではないか。「それってすごく孤独でもあるけど、自由でもある」とやはりフラットに認識していたのがとても印象的だった。

Toruとの共同作業の中で、自分自身の輪郭を見つけながら届けるべきメッセージの精度を高め続けている由薫。Z世代の1人でもある彼女が今後、どんなことを歌にしていくのかが楽しみだ。

由薫「No Stars」配信ジャケット

由薫「No Stars」配信ジャケット

2023年3月1日更新