由薫の原点回帰は“夜”、心を剥き出しに自分と向き合った「Wild Nights」インタビュー (2/2)

心に飼っているいろんな自分

──EP「Wild Nights」は曲によってサウンドの方向性がかなり違いますよね。3曲目の「1-2-3」は「Feel Like This」と同じくデイビット・フレンバーグとの共作ですが、こちらは昨今のインディーロックの潮流を感じさせる楽曲です。

「1-2-3」は「Feel Like This」と同じ日に作ったんです。1曲だけ作っているとだんだん冷静な判断ができなくなるというか、いいのか悪いのかわからなくなることがあって。なので全然違う曲を同時に作って、交互に進めようということになりました。こっちをやったら次はこっち、とリフレッシュするために作った「1-2-3」ですけど、すごくいい曲になったので収録しました(笑)。

──「1-2-3 You'll Believe in me now」「1-2-3 You'll be needing me」というサビのテンポ感も聴いていて心地いいですね。

書いていても楽しかったですね。この曲に登場するキャラは、私の頭の中では“狙った獲物は逃がさない”みたいなモテモテの女性像なんです。たぶんほとんどの女性は、いろんな自分を心に飼って生きてると思うんですよ。自分に自信があって、ユーモアもある魅力的な女性像が私の心の中にいる……かはわからないですけど(笑)、こういうキャラクターを引っ張り出して表現できるのも音楽の楽しいところだと思っています。

由薫

──確かに。ちなみに「1-2-3」の女の子が実際に近くにいたら、どう思います?

ちょっと憧れちゃうかもしれないですね。自分に自信がある子って、子供の頃とかはナルシストとか言われがちじゃないですか。でも、それって本当は素晴らしいことで。

──環境によっても違いますよね。日本では目立つことを避ける人が多いけど、ニューヨークやロンドンだったら、個性を主張しないと埋もれるだけなので。

それはすごくあると思います。英語圏の人たちは話し合いをするのが好きなイメージがあるし、私も向こうに行くと、意見を求められるので。そういう環境に行くとモードが変わって、「自分はこう思う」とはっきり言えたりするんですよ。

自分純度が高い「Fish」と「Mermaid」

──そして「Mermaid」は、浮遊感のあるメロディが漂うミディアムチューン。独特の揺れがあって、これも聴いていてすごく気持ちいいです。

作曲していたときは、アップテンポでもスローでもなく、楽しくも悲しくもない、そんなニュアンスの曲にしようと思っていたんです。スタジオにアップライトピアノがあったので、マグナス・フュニミールさんに弾いてもらいながら一緒にメロディを考えました。そのときは「Dust&Rain」という仮タイトルで。ほこりを被った場所があって、雨がそれを洗い流してくれるイメージだったんですけど、改めて歌詞を書いたら、全然違う内容になりました。

──もちろんマーメイドがモチーフだと思うんですが、どんなテーマで書いた歌詞なんですか?

インディーズのときに配信した「Fish」という曲があるんですけど、その曲は本来の自分の性質が高い純度で出ていると思っていて。もう1回、そういう曲を作ってみたくなったんですよね。ぜひ「Fish」と「Mermaid」の違いを楽しんでほしいなと思います。「Mermaid」では「女心ってなんだろう?」と周りの人たちの話を聞きながら、改めて女性の恋愛について考えてみようと思ったんですよね。この曲に出てくる女性は、毎日がんばって仕事をしているんですけど、恋愛になると途端にダメになっちゃう。理性で考えたら「あの人とは幸せになれない」とわかるんだけど、本能で好きというか、どうしても好きでいることをやめられないんです。夜、悲しくて泣いちゃったり、相手からの気まぐれな連絡で会いに行って傷付いたりすることもあるんだけど、次の朝になると、またがんばって仕事をするっていう。それも女心の1つなのかなって。

──それがマーメイドと結び付いた?

そうですね。人魚姫って、最後は泡になって消えてしまうじゃないですか。アンハッピーエンドなんですけど、女心としてはそんなにネガティブなことでもない気がして。この曲の歌詞には「あなたにキスしたら 泡になれるかな」と、“なれる”と書いているんです。恋愛でどうしようもないとき、すべてがなくなってくれたらいいのにって願う女性もいるんじゃないかな……という意味なのかどうなのか、あとは聴いてくれる皆さんにお任せします(笑)。

──確かにイマジネーションを刺激されますね。由薫さんの楽曲でこういうラブソングは今までなかった気がします。

私もちょっとずつ年齢を重ねてきて、恋愛の描き方も引き出しを増やしたいと思っていて。「Mermaid」のニュアンスもその1つかなと。

由薫

どんなに長い行列も最初は1人

──最後の曲「Silent Parade」は、エリック・リボム、グスタフ・マレドとのコライトですね。

グスタフさんはエリックさんのお弟子さんみたいな方で、私と年齢が近いから感覚が合いそうということで一緒に作ることになったんです。この曲のメロディは、Aメロが悲しくて、Bメロで元気になって、サビではまた落ち着いて。「そういう感じにふさわしい歌詞ってなんだろう?」とずっと考えてたんですよね。歌詞を書く作業って、メロディやサウンドが言いたいことを探すことでもあって。この曲はまさにそうだったんですけど、たどり着いたのが「Silent Parade」でした。パレードって何かしらの宣伝やメッセージを大きな声で言いながら進んでいくものですけど、なんで“Silent”かというと、まだ誰もついてきてないからなんです。どんなに長い行列も最初は1人で始めているというか。ミュージシャンもまさにそうだと思うんですよね。最初は1人で立ち上がって、その後、曲を聴いてくれる人や助けてくれる人がついてきてくれると思うので。1人でいるときは「どうして誰もわかってくれないんだろう?」と思うかもしれないけど、そこで大事なのは、まだできていない行列をどこまで想像できるかじゃないかなって。まだいない仲間の存在を信じられるかどうか。

──確かにそうですね。

今、1人でがんばっていたり、これから何かを始めようとしている人には、1人でいる時間こそ希望を感じて歩いてほしい、というメッセージも込めています。私もそうだったんですよ。お客さんがいない状態で歌っているときも、「きっと自分の後ろに連なってくれる人たちがいる」と想像していたし、そのイメージだけを頼りにがんばってきたところもあるので。自分を信じていたんじゃなくて、ついてきてくれる人たちや景色を信じていたんだと思います。私のこれからの目標は、今の行列をもっと大きくすることですね。

──直感、本能を見つめ直しながら制作されたEP「Wild Nights」によって、由薫さんの音楽に惹かれるリスナーも多いと思います。

そうなるといいなって思ってます。ただ、「どこかで接してくれたらいいな」とも思っているんですよ。ずっと一緒に歩いてくれる人、新しく列に加わってくれる人もいると思うし、違うところに向かう人もいて。1人ひとりが居心地のいい場所に向かっていけば、それが一番いいんじゃないかなって、最近すごく思っています。

──EPのリリース後には東名阪ツアー「YU-KA Tour 2025 "Wild Nights"」が控えています。

今回はギタリストの小川翔さんをバンドマスターにお迎えしているんです。小川さんとは2人でいろんな場所で演奏してきた絆もあって。「Wild Nights」は生のバンドで披露することで初めて完成すると思っているので、ぜひ生の音を感じてほしいです。本能剥き出しの自分の歌声をお届けする機会にしたいですね。

由薫

ツアー情報

YU-KA Tour 2025 "Wild Nights"

  • 2025年3月29日(土)大阪府 Live House Anima
  • 2025年3月30日(日)愛知県 伏見JAMMIN'
  • 2025年4月17日(木)東京都 LIQUIDROOM

プロフィール

由薫(ユウカ)

2000年7月9日生まれ、沖縄出身のシンガーソングライター。幼少期をアメリカ、スイスで過ごし、15歳の頃にテイラー・スウィフトをはじめとするシンガーソングライターに興味を持ったことからアコースティックギターを手にする。17歳頃にオリジナル楽曲の制作を開始。かねてから映画や本が好きで、当時、映画の主題歌を作るというオーディションで特別賞を受賞したことが現在の活動を始めるきっかけとなる。2022年6月にONE OK ROCKのToruプロデュースによるシングル「lullaby」でメジャーデビュー。2023年2月に発表したドラマ「星降る夜に」の主題歌「星月夜」は、リリースから3カ月足らずでストリーミング再生数が5000万回を超えるほど話題となった。2024年1月に1stアルバム「Brighter」をリリース。3月にはアメリカ・テキサス州で行われたイベント「2024 SXSW Music Festival」に出演し、さらに自身初のロサンゼルス公演を開催した。2025年3月にEP「Wild Nights」を配信リリース。