米津玄師|“キレ”のエネルギー宿した「虎に翼」主題歌 100年先への希望と祈りを歌に込めて

“ものすごく遠い未来”に抱く憧れと希望

──サビには「100年先も憶えてるかな」「100年先のあなたに会いたい」と、遠い未来を見つめるフレーズがあります。これに関してはどういうイメージがあったんですか?

ものすごく遠い未来に憧れがあるんです。100年でも1000年でもいい、ものすごく先。自分も当然死んでいるし、自分のことなんて誰も覚えていない、今の世の中の形なんてまったく失ってしまった未来のことに思いを馳せることがよくあって、そうやっているとすごく安心するんですよね。営みが脈々と受け継がれながらたどり着いた先には、その世界を当たり前として生きる人たちがいる。そのことが自分にとって救いのように感じられるんです。遠く離れれば離れるほど米津玄師という個としての自分は希釈していって、覚えている人はいなくなるだろうけれども、だとしても受け継がれていくものは確実にあると思いたい。音楽を作っていて「詠み人知らずになりたい」とずっと言い続けているのもそうで。道端のガードレールもバス停も、誰が作ったかなんて誰も知らないけど、確実に誰かが作ったからそこにあるわけで。「こうでありたい」「こうであってほしい」そうやって誰かが祈ったから今の社会がある。自分の姿形やパーソナリティが事物としてなくなっても、それでも残るものがどうかあってほしい。自分がいなくなった遠い未来に、なんらかの形で残ってほしい。それはひょっとしたら認識することもできないくらい細かい粒子のようにバラバラになっているかもしれないけれど、だからこそ安心する、希望を感じるというところなのかもしれない。そういう感じですね。

──今おっしゃったような話は、「さよーならまたいつか!」と「虎に翼」というドラマと本質的に結び付いているんじゃないかと思います。今の世の中には女性の弁護士や裁判官が当たり前にいて、法曹界で当たり前に活躍している。でもそこにたどり着くまでには“最初の人”がいた。その最初の人の生き様に光を当てたのが「虎に翼」の物語であるわけですが、“最初の人”がどういう人だったかというのは、こうして物語に描かれるまでは多くの人は知らないわけで。社会の構造を変えた人というのは、言ってしまえば詠み人知らずの音楽家と同じような役割を世に果たしたと言える。そういう意味では、この曲の「100年先」というのは、米津さんにとっての100年後とも言えるし、寅子のモデルになった三淵嘉子さんが生きた時代から100年後の今というふうにも捉えられる。歴史の中での重層的な意味合いを見出せるフレーズだと思います。

そうですね。この物語のモデルになった彼女からしても、自分たちは100年先の誰かであるはずだし。自分たちにとっても、100年先にはまだ見もしていない、生まれてもいない誰かがおそらくいるだろうし。そうやって、連続して祈りや願いを絶やさずに生きてきたから今の自分たちがいるわけで。それはすごく尊いことですよね。

米津玄師

祈りの発露としての音楽

──先ほど話題に上がった女性の地位向上ということについても、昭和の時代の話だからではなく、今も社会の構造として変わらないものがあるという認識がこの曲の背景にあるように思います。

そうですね。当時から比べれば住みよい世の中になったんだろうなとは思うんですけど、いろんな人の話を聞いてると、依然として横たわる困難はあると感じるんですよね。それを当時の視点にならいながら今に持ってくるというか。結局自分はポップミュージシャンなので、今というものはすごく大事にしたいと思う。自分はそこから出発することしかできないなと思います。

──この曲に限らず、これまでの作品を振り返っても、米津さんはある種の男性性、女性性を明示的に示す表現を歌詞の中であまり使っていない印象があるんです。例えば「あの子」という言葉を使ったときに、それが男性と女性どちらもイメージできるような使い方になっているようなことが多い。表現におけるジェンダーやセクシュアリティについては、米津さんの中ではどういう意識や感覚があると思いますか?

人間って状態の連続だと思うんです。人間性やその自認って未来永劫固定された自明の事実ではない気がするんですよね。別にたゆたっていて当たり前だと思うし。今日私はこういうふうに生きているけど、明日になってもまた同じとは限らない。そういう気分はすごく理解できるんですよね。もちろんそれと同時に変えようがないものもあると思うんですけど、やっぱり基本的には状態の連続で、アポトーシスを繰り返して細胞が入れ替わっているのと同じように、ずっと死んでは生まれてを繰り返している感じがあるんです。

──なるほど。

だから、自分の歴史を振り返ってみたときに、なんだか今の自分とは全然違うなと思ったりもするんですよね。昔の自分と連続しているものもあるけれども、自分が今どういうふうに生きていて、何を考えていて、身の周りがどういう環境なのかという、複合的な要因によってどんどん自分は作り変わっていく。そういった過程の中で音楽を作ることは、なんか“祈り”だと思うんです。自分はそうやって“祈り”として定期的に音楽を作り続け、祈り続けてきた人間なんです。話が変わるかもしれないですけど、ミュージシャンのことを神様みたいに言う風潮があるじゃないですか。あれがすごい嫌で。逆なんですよ。

──ミュージシャンのほうが神に祈っている存在だと。

音楽によって人を癒やしていくというのは、音楽を作っていない人からすると、さも魔法を使える神様みたいに見えるかもしれない。けれど、本質は逆であって。神が無から音楽を作り出すんじゃなく、神様みたいな楽曲がまず最初にあって、私たちはそれに祈り続けているただの使徒なんだという。話が逸れましたけど、そうやって祈り続けて、曲ができて、演奏して、そのたびにどこか過去の自分から解放されていく感じがある。その瞬間に開けるものがあって、その結果また新たな自分が始まっていく感じがする。なので自分は一貫性というものをそこまで信頼していないんです。

──なるほど。

主語も曲によって変わって、「私」と歌うときもあれば「僕」のときも「俺」のときもある。自分がそういう人間なもんで、相手もそういうところがあるだろうなと思うんですよね。今こうやって目の前で話をしている人間はこういう人であるという、そのことを確認し合いながら関係性は続いていきますけど、明日になったらコロッと全然違うやつになってるかもしれない。そうなったときに、なるべくそいつをコントロールしたくないんですよ。ちゃんと他者性を認識したうえで相手と付き合うという。それは自分にとってすごく重要だと思う。「あなたってこういう人だよね」と限定したくないんですよね。別に目の前にいるあなたがあなたじゃなくなってもかまわないけど、あなたが今いるから私の人生楽しいですよっていう。その繰り返しだと思うんです。そもそも人はコントロールできるもんじゃないし、コントロール不可能な部分をいかに認めたうえで生きていけるかというのは、ものすごく重要なんじゃないかなって。少なくとも自分はそういうふうに人に接していたいし、自分の祈りの発露としての音楽はそういう形であってほしい気はしますね。

──わかりました。最後にもう1つ聞かせてください。2024年は自分にとってどんな年になっていますか?

1年中ずっと続くかはわからないですけど、今は準備を楽しんでいる感じです。この世の中ってほとんどが準備だと思うんですよね。結果が生まれるにしても、その結果に紐付いた準備が水面下にある。その準備の連続によって世の中が満たされている。ものすごく当たり前のことなんですけど、それをいかに楽しめるかというのは今の自分に重要なことなんじゃないかなと。準備を楽しむ人生がここから獲得できたらいいなと思っています。

米津玄師

プロフィール

米津玄師(ヨネヅケンシ)

1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースしたTBS系金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」は自身最大のヒット曲に。「Lemon」も収録した2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となった。同年の年間ランキングでは46冠を達成し、翌年も2年連続で年間首位を記録。Forbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」も受賞した。デビュー10周年を迎える2022年5月に映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」やPlayStationのCMソング「POP SONG」を収録したシングル「M八七」をリリース。11月にはテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」を発表した。2023年3月に日本コカ・コーラ「ジョージア」のCMソング「LADY」を配信リリースし、4月からは全国ツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」を開催。6月にゲーム「FINAL FANTASY XVI」のテーマソング「月を見ていた」を配信リリースし、7月にスタジオジブリ宮﨑駿監督作「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」を表題曲とするCDをリリースした。2024年4月、NHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌として書き下ろした「さよーならまたいつか!」を配信リリース。