音楽ナタリー Power Push - 米津玄師

“アンビリーバーズ”の代弁者

自分みたいな人間が“アンビリーバー”

──「アンビリーバーズ」はアッパーで、エレクトロニックなキラキラした音がたくさん鳴っていて、すごく高揚感あふれる曲だと思うんです。でもそれが表現する「希望」の裏側にあるものもちゃんと描かれていますよね。

そうですね。どちらか一方だけしかないものっていうのはどうしても胡散臭くなるし、前に作っていた曲も含めて、両方ともないと成立しないとは思っていて。まあ、曲を作っている間はけっこう大変でした。

──大変だった?

米津玄師

否定による肯定の曲だから、一歩間違うとすごい怒りとか不安とか、そういう感情が肯定を侵食してしまう感じがあって。そのバランスを取るのがすごく難しかったです。小学生でもわかるような言葉で音楽を作りたいということを少し前から考えているので、そういうときに自分のその個人的な怒りとか不安をどこまで落とし込んだらいいんだろうっていう。そこですごく……訳がわからなくなりそうな瞬間はありました。

──個人的な怒りとか不安っていうのは、どういうものがあったんですか?

そうだなあ……それこそオリンピックもそうですけど、「この先どうなるんだよ」みたいに思うことってあるじゃないですか。競技場だってエンブレムだって大変なことになってるし、自分の周りの人間で「オリンピックが終わったらとんでもない負債だけが日本に残るんじゃないか」と言うやつもいる。だから先への不安もあるし、もっと個人的な、自分がこれまで生きてきた環境に対する怒りも、やっぱり自分の中にある。そういうものに対して後ろから灰皿で頭を殴りつけたくなるような感覚っていうのがすごくあるんですよね。でもそればっかりで作られたものを作りたくないんです。

──怒りや不安だけを原動力にしたくはない。

というのは、昔はそればかりで作られたものを作っていたから。でもそれは自分が生きていくためになんの足しにもならなかった。それをもう理解したんです。だから今は希望に満ちたものをやりたいし、これから先、未来のある子供たちに向けて「大変だろうけどいいこともいっぱいあるよ」って言ってやるべきなんだろうなと、すごく思いますね。

──意志を持ってそちら側の表現を選んだわけですね。

はい。そう思います。

──だから、自分の中にある肯定的なものや、そういう思いを抱く瞬間が楽曲にちゃんと抽出されていると思うんです。

そうですね。やっぱり自分はもともと悲観的な性格だし、何かに対して怒ることも少なくないし。で、そういう自分を客観的に見て虚しくなったりする。そういうことを繰り返していって、ニヒリズムに食われそうになった人間だと自分では思ってるんです。それってやっぱり、虚しいだけなんですよ。何をやったって「じゃあ100年後みんな生きてないじゃん」って、気を抜くとそういうことを考えてしまう。やっぱりそれだけじゃ生きていけないわけじゃないですか。何かを信じなければならない。何かに向かって、自ら能動的に行動していかなければならない。そう考えると自分みたいな人間は“アンビリーバー”なんだろうと思うんです。

──“アンビリーバー”というと?

つまり何かを信じない者。そのままでは何かを信じないけれど、それ以外のものを否定することでその何かを信じざるを得ないようにするというか。そういう面倒くさい手順を踏まなければ生きていけない人間なんだろうなっていう実感があって。この曲は「アンビリーバーズ」っていうタイトルから作ったんですけど、自分の本質的な部分をすごく正確に表した曲だなと思っています。

電灯に昔の自分を重ねた「旅人電燈」

──カップリングの話もお伺いできればと思うんですけれど。まずは2曲目「旅人電燈」。サウンド的には「アンビリーバーズ」と対照的な感じがあるこの曲はどういうところからできてきたんでしょう?

これも自分が住んでる街の曲なんです。夜中の3時とか4時に歩くと、人が本当にいないんですよね。昼間でも人がいないし、夜になればなおさらいない。本当にすごく静かな街で。でも誰もいないのに街灯が光ってるんです。これは誰のために、一体なんのために光ってるんだろうと、その存在意義に対してすごく寂しく思ったりすることもあって。でもよくよく考えてみると、今現在はそれを見てる自分のために光ってくれてるんだろうなとか思ったりもする。で、自分が子供の頃、中学生とかの頃に、自分は世界で1人きりなんじゃないかとか、そういうことを思う瞬間っていうのがよくあって。今自分が死んでも誰も泣かないんじゃないかとか。で、その電灯を見ていて、昔の自分を思い返したりして。そういうものが音楽になるんじゃないかと思いました。

──歌詞には「墓標」という言葉があります。

さっきも話したように自分が住んでる街は希望に満ちているんだけれど、今はまだ廃墟にしか見えない、死んだ街だなって思ったんですよね、そのとき。クレーン車が何台もあって、乗り捨てられてるように見えて。そこに勝手に死の匂いのようなものを感じたりしました。

ニューアルバム「Bremen」/ 2015年10月7日発売予定 / UNIVERSAL SIGMA
「Bremen」
画集盤 [CD+画集] 4212円 / UMCK-9772
映像盤 [CD+DVD] 3564円 / UMCK-9773
通常盤[CD] 3240円 / UMCK-1522
米津玄師(ヨネヅケンシ)

男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は800万回を、「パンダヒーロー」の再生回数は400万回を超える人気楽曲となる。2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスを1人で手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラスト、アニメーションでできたビデオクリップも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集めている。2013年5月、シングル「サンタマリア」でユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。同年10月にメジャー2ndシングル「MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー」、ハチ時代のアルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」の再発盤をリリースした。2014年4月、米津玄師名義としては2枚目のアルバム「YANKEE」を発表。同年6月には初ライブとなるワンマン公演を東京・UNITで開催した。2015年1月にシングル「Flowerwall」をリリース。4月には全国ツアー「米津玄師 2015 TOUR / 花ゆり落ちる」を開催し、10公演を行った。同年8月には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015」で野外フェス初出演を果たす。9月にシングル「アンビリーバーズ」を発表。10月にはアルバム「Bremen」をリリースし、2016年1月からワンマンツアー「米津玄師 2016 LIVE TOUR / 音楽隊」を実施する。