音楽ナタリー Power Push - 米津玄師

“アンビリーバーズ”の代弁者

希望が約束されているのに死んでいる、美しい街

──今回の「アンビリーバーズ」という曲のモチーフが最初にできたのはいつぐらいのことですか?

コードとメロディは2ndアルバムの「YANKEE」を作ってる段階からあって、アルバムに入れるか入れないかを迷ってた曲なんです。結果的にストックとして残しておいたんですけれど。そのあとあまりうまいこと曲を作れなかったんで、引っ越しをしたんですよ。そしたらスラスラ書けるようになって。「アンビリーバーズ」はそのときにできた曲の1つですね。

──引っ越しをして曲ができるようになったっていうのは前も言ってましたよね。改めて振り返って、自分を巡る環境がどう変わったと思いますか?

まず景色が変わりましたね。すごくだだっ広いところに引っ越したんです。前に住んでいたところは下町というか、ゴミゴミしたところだったんですけど、引っ越したところは建てかけのビルがいっぱいあって、人もまだそんなに住んでないところで。

──開発工事中の区域みたいなところ?

米津玄師

そうそう。すごく変な街なんですよね。そこで建てかけのビルを見てると不思議な気持ちになるんです。建築中ということは、これから完成を待つ状態で。言ってみればこれから先に希望が待ってる状態じゃないですか。でもその状態をいざ目の前にしてみると、死体のようにしか見えないんですよね。鉄筋が剥き出しで、何も機能してなくて、当然ながら誰もいなくて。

──建物として死んでいる。

そうそう。鉄筋もサビついていて、これから先に希望が待ってる状態だとはとても思えないわけですよ。そこかしこにそういうビルとか駐車場がいっぱいある。そういう街を歩き回って、すごく不思議な感覚に陥った記憶があって。これから先、近い未来に希望が約束されてる状態なんだけれど、現時点で見ると死体にしか見えないっていうことが、ものすごくいろんなものを浮き彫りにしているような気がして。すごく美しい街だと思いましたし、それにすごく影響を受けました。

「否定による肯定」があって信頼できる

──工事中とか開発中とかの風景って、普通の人が見たら「ああ、作ってるんだな」とか「ここに何ができるんだろうな」とか「工事の音うるさいな」とか、それくらいのことしか思わないと思うんです。でも米津さんはそこから「希望が約束されたものと死んだものが重ね合わせになっている」みたいな状態を見て取ったと。

そうですね。

──それが自分の作る曲のインスピレーションの源になった?

それって1つのものに相反するものが内在しているわけですよね。で、人間もそうだと思うんです。人間は生きてるうちから死の象徴であるドクロが身体の中にあって、これから先にある未来に対する希望と、終わりを意味する死の両方を持ってると思う。今回引っ越して、そういうことがすごく浮き彫りになった街に迷い込んだ感じがあって。どこもかしこもそういうものばっかりなんですよ。相反するはずのものが白黒つかない状態で立ち並んでる街。これはなんだか不思議な街だなと思って。そういう感覚は「アンビリーバーズ」にもつながっていると思います。この曲では「否定による肯定」ということを表現したくて。

──否定による肯定?

僕、何かを肯定するにはそれ以外のものを否定する必要があると思っているんです。自分は生粋のひねくれ人間だから、何かを否定して肯定するっていう手順を踏まないと、何かを強度を持って信頼することができない。否定による肯定っていうのは相反するものが両方ともないと成立しないものだから。

ニューアルバム「Bremen」/ 2015年10月7日発売予定 / UNIVERSAL SIGMA
「Bremen」
画集盤 [CD+画集] 4212円 / UMCK-9772
映像盤 [CD+DVD] 3564円 / UMCK-9773
通常盤[CD] 3240円 / UMCK-1522
米津玄師(ヨネヅケンシ)

男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は800万回を、「パンダヒーロー」の再生回数は400万回を超える人気楽曲となる。2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスを1人で手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラスト、アニメーションでできたビデオクリップも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集めている。2013年5月、シングル「サンタマリア」でユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。同年10月にメジャー2ndシングル「MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー」、ハチ時代のアルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」の再発盤をリリースした。2014年4月、米津玄師名義としては2枚目のアルバム「YANKEE」を発表。同年6月には初ライブとなるワンマン公演を東京・UNITで開催した。2015年1月にシングル「Flowerwall」をリリース。4月には全国ツアー「米津玄師 2015 TOUR / 花ゆり落ちる」を開催し、10公演を行った。同年8月には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015」で野外フェス初出演を果たす。9月にシングル「アンビリーバーズ」を発表。10月にはアルバム「Bremen」をリリースし、2016年1月からワンマンツアー「米津玄師 2016 LIVE TOUR / 音楽隊」を実施する。