ナタリー PowerPush - 米津玄師
「ハチ」から本名へ 自分を描き切った「diorama」
既に、耳の早いロックリスナーやネット音楽リスナーの間で話題を集めているニューカマー、米津玄師(ヨネヅケンシ)。彼はいったい何者なのだろうか? 実は米津は、動画共有サイトに投稿した自身の楽曲の総再生回数が2000万回を越える、トップクラスの人気を誇るVOCALOIDクリエイター「ハチ」として活動してきた人物だ。そんな「ハチ」が、本名である米津玄師名義で自ら歌うことを選び、全曲書き下ろしの新曲で構成された1stアルバム「diorama」を完成させた。これは、ネット上の才能を現実世界へ解放する決定打となる大事件だ。
作詞、作曲、編曲、歌、演奏、動画、アートワーク、ミックスを全てひとりで手がける、ネット世代ならではの驚異のクリエイティビティ。動画共有サイトに先行アップロードした「ゴーゴー幽霊船」「vivi」「恋と病熱」の3曲が、既に総再生回数170万回を越えている人気の高さにも注目したい。CD不況、ヒットナンバーの不在、閉塞感を感じる旧態依然としたロックシーンへ奇襲をかけるかのように現れた新しい才能。満を持してリリースされた、奥深き内面世界をジオラマのように俯瞰できる傑作アルバムについて、初のロングインタビューを試みた。
取材・文 / ふくりゅう(音楽コンシェルジュ)
裸の王様かもしれない
──1stアルバム「diorama」が完成して、現在の心境はいかがですか?
うーん、やっと終わったなという感じですね。アルバムの構想は一昨年から考えてましたから。
──ひとつ疑問なのですが、米津さんは元々、知名度と需要があったVOCALOIDクリエイター「ハチ」名義でもたくさん人気曲をお持ちですよね。例えば、550万再生回数を誇る「マトリョシカ」を中心に選曲したアルバムをリリースしたとしたら、楽に売れていたはずなのに、なぜ全曲新曲で、あえて本名を名乗り、自ら歌うアルバムを作ることにしたんですか?
VOCALOIDで成功した人ってみんな思うことだと思うんですけど、「VOCALOIDの隠れ蓑にはなりたくない」って気持ちがあるんですよ。VOCALOIDキャラクターは見てくれも可愛いし、ポップアイコンとして一流だし、何も意見しないじゃないですか? そういうのってクリエイターとしてすごく楽なんです。でも「裸の王様かもしれない……」って不安も常につきまとって。そこから抜け出したかったんです。
──なるほど、VOCALOIDがすごいだけなんじゃないか、という不安があったと。僕は、ハチ名義で、自ら歌われていた「遊園市街」(2010年11月発表の自主制作アルバム「OFFICIAL ORANGE」収録)が好きだったので、今作で米津さんが自らボーカルを担当しているのはとてもうれしかったです。
「遊園市街」は、自分が前に出ていくためのプロトタイプでした。多分、あの頃から今思っているようなことを考えていたんだと思います。アルバムを作るとしたら、やっぱり自分で歌うべきだと思ったし、やりたい音楽はたくさんありました。そして、今回のアルバムを作ろうって決めてから、2年間ずっと部屋で音楽とイラストの作業をしていたんです。
──本名で、自ら歌うという思い切った試みの結果、清純かつ官能的で、まっすぐに脳と胸を震わせる傑作ロックアルバムが誕生しました。米津さんのアレンジ能力の高さにも驚いてます。これまでVOCALOIDカルチャーを敬遠していたロックシーンへの影響も大きそうですね。
なんだろ。何かを手放さなければ、手に入れることができないモノってあると思うんですよ。有名な言葉に「死守せよ、だが軽やかに手放せ」(イギリスの演出家、ピーター・ブルックの言葉)というのがあるんです。どこか新しい場所に行くには、新しい自分に変わらなければいけないっていう。だから、過去にすがってしょうもないモノを作るのであれば、さらけ出したほうがいいんじゃないかなと思いました。
──アルバムのタイトルが「diorama」というのも、米津さんのパーソナリティを表しているようで。まさに、奥深い内面世界をジオラマのように俯瞰できる作品だなと思いました。
元々、箱庭的な街という世界観を作りあげたいって気持ちがあったんです。登場人物を考えたり、物語を作ったり、人々が住んでいる場所を想像するのが昔から好きだったんで。
僕は他人とコミュニケーションをうまくとれない人間
──米津さんは孤高のクリエイターであるような印象が強いんですが、音楽を通じて数万人とコミュニケーションすることを試みているのが興味深いです。
でも、僕は他人とコミュニケーションをうまくとれない人間なんです……。よく思うんですけど、今って人間関係が希薄になっている時代ですよね? 一緒に街や学校で生活していても、そこにあるのは薄いつながりというか……。会話していたって、つながっているのか、つながっていないかわからないみたいな……。そんな世界を作品で表現してみたかったんです。
──それは本質的な話ですね。今、緩くつながれるコミュニケーションツールとしてソーシャルメディアが盛り上がってますが、それとは真逆な考え方かもしれません。ちなみに、音楽活動はもちろん、アートワークの制作まで全てご自身で担当されてますが、ゲストミュージシャンを入れようという発想はなかったんですか?
自分の人間性を鑑みると、ひとりでやらざるを得なかったというか……。なんていうか、他人と一緒にモノ作りをするとしたら、ちょっとでも自分の意図と違うと、テンションが下がってしまうんですよ。「やっぱりわかんないんだな……」で、終わっちゃうんです。わかりあおうとすればいいんでしょうけど、面倒臭いというのもあったりして……。だからひとりでやらざるを得ないのかなと。自分は絵も描けたし、ひとりで制作活動できる環境があったので。
──人間性っていいますけど、初インタビューなのにお話上手じゃないですか? なんていうか、ディスコミュニケーションを痛感した実体験があるんでしょうか?
バンド活動を中2ぐらいで始めて、高校終わるくらいまでやっていたんですけど、何かしっくりこないってのがあって……。それで、インターネットに逃げたっていうと、言葉が悪いんですけど、そのほうが楽かなって軽い気持ちで始めた創作活動が今に通じていたりするんです。それに、僕はディスコミュニケーションから創作意欲を見いだしているところもあるんです。変に安っぽいつながりは、どうかなって思ってます……。
──では、米津さんのアルバムから感じられるキャッチーな音楽性は、コミュニケーション欲求に基づいているんですかね? 作品を聴かせていただいて思うのは、リスナーを驚かせよう、楽しませようっていう強い意思を感じるんです。
それはあるかもしれません。でも、単純にポップなものが好きなんですよ。変にうがった、訳わからない作品って好きじゃないんです。僕の音楽活動は、コミュニケーションへの渇望が第一にあります。音楽だけが社会とつながる接点というか……。そもそも、日常生活で音楽以外することがないってのもあるんですけどね。
──ハチとして制作したVOCALOID作品と今回のように自分が歌う作品は、感覚としては別物ですか?
そこは、わりと分けましたね。作っているのは自分なので、大元は一緒なんですけど、もっと突っ込んでいく感じというか。中間インターフェイスであるVOCALOIDを取っ払うことによって、自分をさらけ出す感じが強くなってますね。なので、やっぱり別物だと思います。
CD収録曲
- 街
- ゴーゴー幽霊船
- 駄菓子屋商売
- caribou
- あめふり婦人
- ディスコバルーン
- vivi
- トイパトリオット
- 恋と病熱
- Black Sheep
- 乾涸びたバスひとつ
- 首なし閑古鳥
- 心像放映
- 抄本
米津玄師(よねづけんし)
男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にVOCALOID楽曲の投稿をスタートし、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は500万回を、「結ンデ開イテ羅刹ト骸」の再生回数は300万回を超える人気楽曲となる。2012年5月、本名の米津玄師として初となるアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスをひとりで手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラストも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集め始めている。