菅原圭が歌唱アーティスト、VIVIが歌唱楽曲制作を担当しているオリジナルアニメ映画「数分間のエールを」が、6月14日に全国公開された。
「数分間のエールを」は石川県を舞台に、ミュージックビデオ監督の道を志す少年・朝屋彼方と、一度ミュージシャンの夢をあきらめた教師・織重夕の出会いから始まる“モノづくり青春群像劇”。ヨルシカのMVなどを手がけてきたぽぷりか、おはじき、まごつきの3人で構成される映像制作チーム・Hurray!(フレイ)が監督および演出、キャラクターデザインを、「ラブライブ!」「宇宙よりも遠い場所」などで知られる花田十輝が脚本を担当。アニメ制作にはフリー3DCGソフト・Blenderがメインツールとして使用されており、繊細な画作りが物語に彩りを加えている。歌唱楽曲を制作したVIVIはボカロPとしても活躍中のコンポーザーで、歌唱を担当する菅原はSpotifyが活躍を期待する次世代アーティストにも選ばれた注目株だ。
「数分間のエールを」の公開を記念し、ナタリーではコミック、音楽、映画とジャンルをまたぎ全3回の特集を展開している。音楽ナタリーでは菅原とVIVIにインタビュー。映画に携わることになった経緯や楽曲の制作エピソードを聞いた。
取材・文 / 森朋之
織重夕と似た過去を持つ2人
──まずはお二人がこの映画に関わることになった経緯を教えてもらえますか?
VIVI Hurray!のぽぷりかとはもともと友人で、映画を作るということや、テーマ、設定を以前からふんわりと聞いていて。その映画に曲が必要という話も聞いていたので、「せっかくだったら自分も関わりたい」と思ったんです。「デモをいっぱい出すから、もしよさそうな曲があったら使ってほしい」と持ちかけたのが映画に関わったきっかけですね。
──“モノづくり”という映画のテーマにも共感していた?
VIVI そうですね。音楽の道をあきらめて教師になった、という織重先生と同じような経験を僕もしていて。20歳までバンド活動をしていたんですけど、結局普通に就職して、趣味でボーカロイドの楽曲を投稿していた時期があったんです。織重先生とかなり近い境遇だったし、楽曲を作るにあたって自分と重ねやすいところもありました。
──菅原さんは、アニメーションのキャラクターの歌唱を担当するのは今回が初めてですね。
菅原圭 はい。以前、SNSで「劇中歌を歌ってみたい」という夢を投稿したことがあって。その夢を実現できるチャンスをもらえたこと、しかも織重夕という朝屋彼方とともに“ダブル主人公”のような立ち位置のキャラクターの歌唱を担当させていただけて、本当にうれしかったです。
──劇中歌を歌うことは、もともと菅原さんの夢の1つだったんですね。
菅原 私が思い描いていたのは、“文化祭のシーンで歌ってる学生バンドのボーカル”みたいな脇役を想像してたんですけどね(笑)。今回は物語の主軸に関わる楽曲を歌わせていただいたので、想像よりも大役でした。プリプロの段階で、物語の概要を聞いたときから「これは本当に気を引き締めて、彼女の心情を噛み砕いて歌わなくちゃいけない」と思って挑みました。菅原圭ではなくて、織重夕さんとして歌うにはどうしたらいいだろう?と考えながら。
──映画の制作サイドとも話し合いながら進めていったそうで。
菅原 そうですね。「織重先生の年齢を考えると、菅原圭の声のまま歌うと大人っぽくなりすぎる」というようなことをお話ししました。劇中楽曲は、それぞれ作られた時期や織重先生の心情が違う設定なので、そのあたりもVIVIさん、ぽぷりかさんと細かくすり合わせをして。そうやって共通の認識を作りつつ、自分の中で「実は彼女はこういう気持ちだったんじゃないか」という思いを潜ませながら歌わせてもらいました。
──なるほど。VIVIさんは以前から菅原さんの歌をチェックしていたとか。
VIVI はい。僕もぽぷりかも以前から菅原さんのSNSをフォローしていて。先ほど言っていた「劇中歌を歌いたい」というポストも見た記憶があったし、ちょっと運命的な感じだったなと。
菅原 ありがとうございます。あのとき投稿した自分に「ありがとう」と言いたいです(笑)。
VIVI もちろん歌もすごくいいなと思っていて。菅原さんの「crash」という曲が僕もぽぷりかも大好きで、「あの歌の感じは織重夕っぽいよね」という話をしていたんです。叫ぶように歌う感じもピッタリだし、「crash」をリファレンスにしながら映画の曲を制作したところもありますね。
菅原 「crash」を投稿した頃は、自分も音楽を続けるかどうかで悩んでいたんです。「クリエイティブなことをやるのはお金がかかるな」「これってお金がかかる趣味なのでは?」「このまま続けていいんだろうか?」と。周りは大学を卒業して、就職して、どんどん進んでいるのに、私だけが浮足立ったままというか。それが不安だったんです。音楽をやっていて楽しいときもあるけど、同時に音楽が憎くなることもあって……。そのときに、一旦音楽から離れてるんですよ。まずは音楽活動をするための資金を集めようと思い、契約社員として働きながら、バイトを3つくらい掛け持ちして、お金を貯めていきました。「この資金をもとにして音楽をやって、ダメだったらあきらめよう」と。
──本当に織重夕の状況と似てますね。
菅原 そうなんです。音楽やイラスト、物語を作る方は同じような経験を一度はしたことがあるんじゃないかと思いますが、何かしらの創作を仕事にしようとしても、「趣味でやればいいじゃん」と言われることがある。実際、クリエイティブなことを職業にできる人はひと握りだし、多くの人は何かと折り合いをつけなくちゃいけない時期が来るのかなと。ここまで音楽活動を続けてきて思うのは、「細く長く続けて、チャンスを静かに待て」ということですね。
“モノづくり”をする人の思いをどう表現するか
──では映画「数分間のエールを」の歌唱楽曲について聞かせてください。VIVIさんは、デモ音源をボーカロイドで制作されたそうで。
VIVI そうですね。普段もボカロで作ることが多いので。これまで歌唱を人にお願いする機会が少なかったので、菅原さんの音域や声色の調整はかなりしっかりやりました。大変でしたが、楽しい作業でしたね。
菅原 5曲歌わせていただいたんですが、VIVIさんの楽曲はすごくキャッチーで。緩急がしっかりあって、2番からさらに強く楽曲の世界に連れていってもらえるような感覚がありました。
──その5曲について聞かせてください。まず「未明」は、劇中では織重夕が「この曲がダメだったら音楽をやめる」という思いで作った100曲目の楽曲であり、主人公の彼方が「この曲でMVを作りたい」と強く思う、映画の軸となる楽曲です。
VIVI この映画は“モノづくり”という主題があって。「未明」は“モノづくり”をする人のつらさ、楽しさ、葛藤を歌詞とサウンドでどう表現するかを大事にして制作した楽曲ですね。構成に関しては、監督のぽぷりかからいくつかオーダーがあって。「ラストのサビのあと、1回落として、そこからさらに盛り上げて、最後にもう1回盛り上げてほしいです」という、けっこう大変なオーダーでした(笑)。あと、この曲を作ったときの織重先生はまだプロではないので、アレンジを細部まで作り込むのはちょっと違うかなと思って。映画におけるリアリティという意味でも、ストレートなバンドサウンドでどこまで展開に変化をつけられるかを意識しました。なのでこの曲、同じセクションの繰り返しがないんですよ。1番のAメロと2番のAメロも違うし、覚えづらいので菅原さんには申し訳ないなと。
菅原 ははは。
──アマチュアらしい稚拙な部分をあえて残しつつ、「ライブハウスで歌ったときに、その場にいた観客を惹き付ける」という魅力も必要という。そのバランスが難しそうですね。
VIVI そうなんですが、菅原さんの歌声がめちゃくちゃいいですからね。どんな曲であっても菅原さんが歌えば、ライブハウスの観客も「おっ!」となるはずだと思っていたし、そこは頼りにしていました。
菅原 うれしいです。「未明」は歌唱楽曲5曲の中で、レコーディングは最初のほうだったんですよ、確か。
VIVI そうですね。
菅原 この曲を歌うことで、自分の中で織重夕のキャラクター像が少しずつできあがっていった感じがあって。その時点でできていたデモ映像を観て、彼女の表情をイメージしながら歌えたのもよかったと思います。そのあと「ビオトープ」「ある呪文」「アイデンティ」「ナイト・アンド・ダーク」を録って。最後に「未明」の一部を、最初のレコーディングから1年を経て録り直したんですよ。そうしたら前回よりも自分の音域が広がっていて、地声で出なかった部分も出るようになっていたんです。
VIVI 録り直したのは、最後のサビのところですね。「彼方くんが作ったMVのキャラクターの表情に合わせたい」という監督の要望があったんですけど、さらに最初の音源よりエモーショナルになったと思います。終始ずっと叫んでるようなメロディなので、歌い切るのは大変だったと思いますけど、録り直したことで感情の解像度がさらに高まったのかなと。
菅原 織重夕が「これで最後にしよう」と思って作った曲ですからね。私にも経験がありますけど、「なんで楽しいだけじゃダメなんだろう」「趣味にすればいいんじゃないか」「人の心を動かす音楽なんて、私には無理なんじゃないか」という、いろんな思いが散らばっている曲なんですよ。苦しくて、このままだとつぶれてしまうかもしれないから、一旦音楽から離れようという気持ちを込められたと思います。
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エアギターしながら歌った「ビオトープ」