矢野顕子|ふたりの“今”を融合させたコラボアルバム

NYの隣人と作った「宇宙から地球を眺めてる曲」

──1曲目「When We're In Space」は浮遊感たっぷりのエレクトロポップです。コラボしたReed and Carolineは、アメリカ・ニューヨークを拠点に活動するアナログシンセとコーラスのユニットで、旧知の間柄だとか。

ええ。リード(・ヘイズ)は同じアパートメントに住んでいる隣人で。エレベーターに乗り合わせると、よくお喋りするんです。好きな音楽の話だったり、あとは最近私が興味を持っている宇宙の話だったり……。この曲ではまず、私がISS(国際宇宙ステーション)をモチーフにしたメロディを書いて。リードが英語の歌詞を付けてくれました。

──そう言えば矢野さん、先日、NHK Eテレの「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」で宇宙飛行士の油井亀美也さんと対談をされていて。そこでも「数年前から宇宙に行きたいと熱望している」との発言がありましたが。

そうなんです。大気圏の外から地球を見たいというのが、私の中では今、一番大きな野望なので(笑)。ですからISSにもすごく興味があって。NASAのサイトに登録して、ニューヨークの上空を通り過ぎる際は「明日の何時何分、どの方角に見えます」という通知メールが来るようにしてあります。雲のない日は、すごく鮮やかに見えるんですよ。毎回それを見上げては、「おーい!」と手を振ってみたり。

──へええ!

たまたま周りにいた人は、「いったい何してるんだろう?」という感じで不思議そうに見てますけどね(笑)。でも「あそこで光ってるのは国際宇宙ステーション。内部に6人の宇宙飛行士がいてね」と説明すると、たいていはびっくりして「次はいつ来るの?」みたいな話になる。そういう会話を交わすこと自体、私にはとても楽しいですし。

──そうなんですね。

リードにも今回、最初に「これは宇宙から地球を眺めてる曲なの」って伝えたんです。そうしたら、彼はすごいインテリなので、ISSについて徹底的にリサーチしてくれて。で、この曲を一緒に作りました。

──歌詞はもちろん、ビンテージなシンセのサウンド自体もどこか、重力から解き放たれたような軽やかさを感じさせます。

彼が用いているBuchlaは、同じアナログのシンセでもMoogなどと違って、キーボードも付いていない。ドイツのクラフトワークが使っていたのと同じで、モジュールを組み合わせて手作業でプログラムするシステムなんですね。だから高価なうえに、操作もすごく難しい。でもリードは、世代的には私よりずっと下の人ですけど、働いてお金を貯めながら少しずつ機材をそろえていった。そこまでして好きな音を追究するこだわりが、私は本当に素晴らしいなと。

矢野顕子

ピアノに吉井和哉の声が乗った瞬間、心底「カッコいいわー」と思った

──2曲目はTHE YELLOW MONKEYの「パール」。吉井和哉さんとは今回が初共演ですが、これは矢野さんのリクエストだったとか。

はい。もうかなり前ですけど、何かの拍子にたまたま聴いたあの曲がとても心に響いて。自分でソロにアレンジしてカバーできないか、実は何度かトライしてみたんですね。でも力不足で、うまくいかなかった。納得できない状態がけっこう長く続いていて。

──どういった部分が不満だったのでしょう?

それがわかれば、ねえ(笑)。ただまあ、この「パール」という曲は、自分でもどうしていいかわからない状況を歌っているわけでしょう?

──そうですね。バンド自体がいろいろヘビーだった頃に発表されたナンバーで。ファンにとっても思い入れの強い曲みたいです。

そうなんだ。ここで歌われてるのが吉井さん個人の心情なのかどうか、私にはわからないけれど。「パール」的な状況っていうのは、男の人に限らず誰にでもあると思うんですよ。もちろん私だって覚えがあるし。大人だけでなく、小さな子どもだって同じかもしれない。

──ああ、確かに。そうですね。

今にして思うと、自分1人でアレンジを考えていた際は、曲の核となるその気持ちを消化しきれてなかったんでしょうね。だから宙ぶらりんのまま、形にできなかった。でも今回、吉井さんが一緒に歌ってくださることになって。今度こそやりきろうと心に決めて、ようやくアレンジが固まりました。

──吉井さんは、矢野さんから依頼をもらって「正直ビビりました」とコメントを寄せていましたが、初共演の印象はいかがでしたか?

レコーディング前に一度、リハーサルをしまして。その際、吉井さんが歌いよいように、ピアノの弾き方を少しだけ修正しました。そのうえで本番は、完全ぶっつけで録っていったんですが……私のピアノに彼の声が乗った瞬間、心底「カッコいいわー」と思いましたね(笑)。OKを出すまで、ずいぶん何回もやり直しましたけれど。

──と言いますと?

曲全体が、1つの大きな感情の流れになっているので。たとえば途中でピアノが少しつまずいただけで、そこから先に進めなくなっちゃったりするんです。大切なのはやっぱり、2人で1枚の絵を描き上げるような集中力なので。その中ではCDに収録したテイクが一番、最初から最後まで2人のテンションが途切れませんでした。