槇原敬之×WOWOW特集|“90年代縛り”のライブを経て、デビュー34年目の槇原が今思うこと (2/3)

“若い頃の曲ってすげえな”の極致

──お話を聞いていると、毛利さんは今回も大活躍だったんですね。

大活躍でした。けっこう厳しいことを言ってくるんですよ。僕が「いや、この曲はちょっと恥ずかしいな」とか「えー、この曲やるの?」とか言ったら、「本当にいいんですか? そう言ってやらなかったら、あと何年もまたやらないですよ」って。めちゃくちゃ怖くないですか? それで「はあ……わかりました! そうですよね」みたいな(笑)。ただ選曲が上手というよりは、ファンの気持ちみたいなものも考えていて、そういうところが彼のすごさだと思います。作り手って往々にしてドライなものですけど、彼はそういうウェットな部分を請け負ってくれるんですよね。だから本当に頭が下がるというか、すごく感謝しています。

──「槇原敬之 Concert Tour 2022 ~宜候~」ツアーのときは、選曲をめぐって毛利さんと対立したとおっしゃっていましたが、今回は?

あのとき以降、彼が正しいということがわかったので、「うっ」と思いながら「きっとこれはいい結果を生み出すんだろうな」と思い直して、けっこう採用しました。会議をやるときも、毛利くんの話をまず聞いて、そのあとにみんなが「いや、うーん……何も言うことないですね」みたいな感じになっていくという(笑)。僕はそこで「いや、ちょっとこの曲は……」とか言ったりしますけど。

──毛利さんはステージ上でも大活躍ですものね。とにかく全編にわたってフォトジェニックでした。

うちのバンドのアイコン的な存在だと勝手に思っています。「この方をご覧ください」みたいな(笑)。彼はコーラスもしてくれたんですけど、今までは1人で「こういうふうに歌いたい」「こういうふうに聞こえてほしい」みたいなことと戦っていたのが、マイクで歌う人間が1人増えたことで味方ができてちょっと心強いです。自分はやっぱり打ち込みの人間なので、ライブでどう展開するか、という部分を毛利くんとトオミくんに下支えしてもらっている感じがすごくありますね。

──MCで「LONESOME COWBOY」を「僕のたっての希望でセットリストに入れた」とおっしゃっていましたね。それはどうしてですか?

あの曲は僕にとって一番不可解で、一番槇原敬之っぽい曲の1つなんですよ。何を歌っているかはっきりしていないけど、そのはっきりしない景色全体で何かが伝わっていく感じが僕はすごく好きで。選曲をするにあたっていろいろ聴いていたときに「この曲って僕だよな」とすごく思ったんですね。バイクについて歌っているのか、夕日について歌っているのか、1人だということを歌っているのかよくわからないんだけど、ミクストエモーションというか、混沌とした心の中を歌にしたらこうなっていた、という曲で。「こいつ変わってんなあ」みたいな(笑)。そこにきっと何か秘密があると思うし、さっき言った「若い頃の曲ってすげえな」と自分で思った、そのすごさの極致を感じたんです。それで「どうしても入れてほしい」とお願いしました。

──なるほど! お聞きしてよかったです。

ライブにおける空白の時間なんです、あの曲は。テーマがはっきりした曲がバン、バンと並んでいる中で、チャプンって水の中に入れられたような感じ。でも、だからこそ「あ、またこういう曲を書けたらいいな」と思ったという。頭おかしいんですよ、作品としては(笑)。でもやっぱり曲としてちゃんとできていて、なんかそこがすごく僕っぽい。それだけでございます。

──槇原さんは“できちゃった曲”は、もともとは少ないほうなんですか?

けっこう多いですけど、その中でも特におかしなのがこの曲ですね。「おかしなって言うな! おかしくないです!」って毛利くんに怒られますけど(笑)。でも「おかしな」っていうのはすごくポジティブな意味なんです。曲を聴いて主人公の心情やストーリーに共感するんじゃなくて、その世界を空から眺めて何かを感じるみたいな曲。「なんでこんな歌を書いたんだろう?」という(笑)。でもそこがすごく面白いし、気に入っています。

「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」の様子。

「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」の様子。

ライブで披露した時点で楽曲が完成する

──さっきご自身のことを「打ち込みの人間」とおっしゃいましたが、槇原さんは基本的に打ち込みでトラックを作っていらっしゃいますよね。知り合いのトラックメイカーが「槇原さんのトラックはすごい」と力説していました。

本当ですか? うれしい! トラックを作っているの、意外と知られてないんですよね。この間も会った方に「槇原さんはほとんど生楽器でやってらっしゃいますよね」と言われましたもん(笑)。だからうれしいです。

──前回のインタビュー(参照:槇原敬之が「宜候」ツアーで振り返る東京の30年、ファンと作り上げた“愛しの我が家”)でもちょっと話しましたが、バンドで演奏すると曲の表情が本当に変わるなと、今回も思いました。

打ち込みで作るときはほとんど僕の考えで曲ができるけど、バンドだとそれぞれのミュージシャンが聴いてきた音楽とか、バックボーンとか、タイム感みたいなものでグルーヴや間合いみたいなものが変わっていくじゃないですか。それが、聴いていてすごく楽しいです。かつてはアルバムをリリースした時点で曲が完成すると思っていたけど、最近ではライブで披露した時点で完成すると捉えています。

──「Hungry Spider」のアコーディオンや、「さみしいきもち」のハーモニカのように、打ち込みサウンドの中にちょっと変わった音色を持ってくるセンスのよさは当時から感じていました。そうするようになったきっかけは何かありますか?

うーん……やっぱり坂本龍一さんの影響が大きいと思います。Yellow Magic Orchestraももちろんですけど、教授が「音楽図鑑」というアルバムで、いろんな国の曲の要素を取り入れたり、電子的な音楽に積極的にオリエンタルな楽器を導入されたりしていたんですね。僕はそこから派生していろんなものを聴くようになったので、本当に感謝しています。「あのアルバムのあの曲」とかは言えないんですけど、例えばトゥーツ・シールマンスとかステファン・グラッペリとか、広く薄くいろんな音楽を聴いてこられたのは、やっぱり教授……と、あと「題名のない音楽会」のおかげだと思います。音楽を多方面から捉えた、すごくいい番組なので。

エンジニア・Dub Master Xの功績

──ボーカルはいかがですか? 今回とてもいい鳴りをしていると思いましたが、木管楽器みたいな声質といい、ビブラートなしで地声と裏声の境界線が溶けていくような感じといい、以前から独特だなと思っています。

これはもう、ライブで歌い続ける中でできてきたものだと思います。前は地声と裏声だけだったんですけど、「裏声だとライブでは弱いな」と思って少しミックスしていきました。そういうことが積み重なって今の形になったような気がします。あと、これは今回のツアーでの特筆すべき点なんですけど、音響とかモニター環境が飛躍的によくなったんですよ。Dub Master X(宮崎泉)さんがハウスエンジニアをやってくださって、彼を中心に音響チームができたんです。モニターって、今自分がどういう声を出しているかがわかるかどうかがすべてなんですけど、今回は全部が手に取るようにわかって。裏声から、裏声と地声のミックス、そして低音部まで、本当に自分が持てるすべてをちゃんと出せるようになりました。もう感謝しかないですね。

「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」の様子。

「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」の様子。

──エンディングのクレジットを見て、「MUTE BEAT(Dub Master Xこと宮崎がかつて所属していたダブバンド)とマッキーが共演している!」とちょっと感動しました。

屋敷豪太(Dr)はいるわ、Dub Master Xはいるわ、「どうなってんだ」って感じですよね(笑)。ダブさんとはかねてからずっとご一緒したかったんですけど、今回ついに念願が叶いました。それこそMUTE BEAT時代から豪太さんと一緒にやってらっしゃるので、ドラムの音を鳴らすのが上手なんですよ。僕はコンサートでドラムの音を聴きたいタイプなので、そこも本当にありがたかったです。しかもすっごくいい人で。こんなにツアー中に話しかけてくださって、こっちからも話をしようと思えたエンジニアの方は、たぶん初めてだと思います。年齢や性別関係なく、どんな人とも同じようにコミュニケーションが取れる、素晴らしい方です。

──今回のツアーの立役者のお1人ですね。

そう言っても過言じゃないと思います。舞台監督さんもすごく理解を示してくださいましたし、とにかくうちは音楽で商売していかなくちゃいけないので、パフォーマンスを上げることに皆さんがすごく力を貸してくださって、本当に助けられました。