こういう曲は日本一得意だと思います
──3曲目「Migratory Bird」でも曲の途中から空間の広がりを大胆に変えて、アトモスを効果的に使っていますね。
井上 アトモスで空間的なダイナミクスを出してみようと思いました。それで曲の最初はアコギと歌だけにして、バンドが入ってから空間がワッと広がるようにしたんです。今回、シンプルな曲作りを目指したことで、アトモスにするときに空間のダイナミクスを出しやすかったです。
江﨑 アトモスを取り入れるにあたって、幹さんが空間オーディオの勉強をめちゃくちゃしてくれたんです。その結果、生楽器の音、ライブっぽい音源こそが生きそうであり、生演奏を聴いているような意味合いで臨場感を出す方向がよさそうであることがわかったんですよ。
──アトモスは生楽器に向いているんですね。4曲目「Euphoria」では重いビートやベースが前に出てグルーヴが際立っています。
井上 僕がベースラインを考えて荒田に投げて、「じゃあ、これで」ってビートが返ってきて一発で決まりました。こういう曲は僕と荒田が日本一得意だと思います(笑)。
荒田 そう言っても過言ではないですね。かかってこい!って感じ(笑)。
──左右に行き交うギターの音もアクセントになっています。
江﨑 これ、実はギターではなくピアノなんです。ポストクラシカルでよくやっている手法なんですけど、まずアップライトピアノにフェルトを噛ませるんです。それにワウをかけてる。最近、ソロでポストクラシカル的なことをやっていたので、そこで使った手法をポップスでもやってみたいと思ったんです。
井上 ああいう感じの曲だったら、普通ならクラビネットを入れるんですよ。でも、今回は背伸びしないと決めていたのでやめました。文武はクラビ奏者じゃないし、アップライトピアノでああいうフレーズを弾いているのがWONKらしさかなと思って。
──不思議なサウンドになっていますよね。5曲目の「Butterflies」は、長塚さんのボーカルがほかの曲とは違った空気感を醸し出しているのが印象的でした。
長塚 この曲はメンバーからいろいろアドバイスをもらいながら録っていて、ほかの曲の倍ぐらい歌入れに時間がかかったんです。ほかの曲が自然体で歌っているのに対して、この曲は張り詰めた感じにしたかったので、ブレスの使い方がテーマでした。
江﨑 長塚さんから歌詞をもらったときに、「夜、街に蝶が舞ってる感じなんだよね」って言われて。そのイメージを曲に落とし込もうとしたんです。
──幻想的なイメージですね。この歌詞はどういう発想で書かれたものなのでしょうか。
長塚 日々生活している中で人や街を見たときに、自分が知らない世界も、実は自分の生活の近くにあるんじゃないかと思っていて。夜の街を1つの舞台に、蝶のような存在を歌ってみようと思いました。人の欲、煌びやかな部分と、危うさや脆さのようなもの。そういう部分にも目をつむらないことで人の本質に迫ってみたかったんです。
──官能的でダークな雰囲気が曲に漂っていますね。
江﨑 ただ美しいバラードにはしたくなかったので、音の汚し方をずっと考えていました。磨き上げたステンレスもきれいだけど、ちょっと傷が入った金属もきれいじゃないですか。独特の美しさを出したかったんですよね。だから、荒田にはブラシを使ってもらったりして、いろいろ音を汚す工夫したんです。
耳を澄ませることで世界が広がる
──そういう独特のムードを持った曲のあとに、「Umbrella」という優しいナンバーが来るところが感動的ですね。ピアノと歌、というシンプルな構成はWONKには珍しいですが、語りかけるような長塚さんの歌声が胸に沁みます。
長塚 この曲の歌詞では、ブロックごとにいろんなジェネレーションの人たちがテーマになっているんですけど、その人たちに傘をさしてあげる。寄り添ってあげるという内容になっているんです。「隣にいるよ」という内容なのに歌い上げるのも変なので、最初から最後まで優しく歌うようにしました。
荒田 基本的に歌は長塚さんに任せてますけど、この曲で1つだけ自分が言ったのは「ヘタクソで大丈夫です」ということでした。ちょっと微妙なニュアンスがあっても、そのまま生かしていいかなって。そのほうがこの曲には合ってると思ったんです。
──なるほど。このアルバムの中で一番ボーカルを身近に感じる曲でした。そう言えば、この曲はバンドにとって初めての日本語歌詞ですね。
長塚 アルバムの制作に入るときに、文武から「日本語の歌詞をやるのはどう?」という提案があったんです。この曲のメロディを付けたときに、歌詞は日本語と英語が半々くらいになりそうだなと思ったんですけど、歌詞を書き始めるとメロディ全部に日本語がハマったんです。
──日本語で歌詞を書くにあたって気を付けたことはありますか?
長塚 日本語は英語より情報量が少ないんですよね。あと、ひと言ひと言がカツカツ聞こえるので、音の響きには注意しました。でも歌詞を書いていて、英語も日本語もそんなに違いは感じませんでした。
江﨑 これまで、香取慎吾さんや和田アキ子さんなどいろんな方に楽曲提供をしてきたので、これが初めての日本語歌詞という感じでもないんですよね。身近な人に日本語歌詞の曲の感想を聞くと、「WONKの音楽の真価に何語を使うかは関係ないね」と言ってくれる。日本語でしか伝えられない感情もあるし、英語だからできる表現もあるので、曲によって使い分けていけばいいと思ってます。
──日本語という選択肢が増えた、ということですね。話を伺っているとアルバムの方向性とアトモスの特性がうまく一致していたようですが、初めてアトモスを取り入れてみて何か発見はありました?
井上 最初はアトモスって、いろんな音が飛んでくるとか、派手な演出に向いている印象があったんです。だから曲ができた段階では「これアトモスに向いているのかな?」と不安だったんですよね。でもフタを開けてみると、生楽器の音から伝わってくる情報量がすごくて。耳を澄ませることで世界が広がるというか、アトモスはシンプルなサウンドにも合っていたことがわかったんです。
江﨑 例えば自分の部屋をじっくり見つめると、「植物がこんなにきれいだったのか」とか「この花瓶は光の反射がきれいだな」とか、ミクロな視点での情報量が多いことに気付きますよね。今回の作品はそういうことなんだと思っていて。そこがアトモスを使ったことで、より鮮明に伝わるんじゃないかと思います。
井上 あと、空間の大きさをアトモスで表現できたのも面白かったですね。アトモスだと大きな部屋や小さな部屋の音響感を自由に作れる。例えば「Migratory Bird」では天井が高いスタジオでギターを弾いている感じ。「Euphoria」では狭いブースの中央で鳴らしている感じでイメージしてサウンドを作ったりして、ステレオで空間を考えるより面白さがありました。
──やはり、創造力とテクノロジーは密接に関係しているんですね。
江﨑 音楽に転機が訪れるきっかけは、すべてテクノロジーだと思いますね。だから僕らは全員、新しいテクノロジーに興味があって、いつも追いかけているんです。
井上 映画やゲームには「世界をどう表現するか?」みたいなところがあると思うんです。一方、音楽はもっと抽象的なもの。でも、アトモスを使うことで抽象的な音楽に“空間”という現実が加わる。そうすることで、今後音楽がどうなっていくのかが楽しみですね。
ライブ情報
WONK「artless tour」
- 2022年6月17日(金)北海道 cube garden
- 2022年6月24日(金)福岡県 BEAT STATION
- 2022年7月8日(金)宮城県 Rensa
- 2022年7月10日(日)東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール
- 2022年7月15日(金)愛知県 ElectricLadyLand
- 2022年7月16日(土)大阪府 Billboard Live OSAKA
- 2022年7月18日(月・祝)神奈川県 Billboard Live YOKOHAMA
- 2022年8月5日(金)東京都 Billboard Live TOKYO
イベント出演情報
LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL 2022
- 2022年5月14日(土)埼玉県 秩父ミューズパーク
- 2022年5月15日(日)埼玉県 秩父ミューズパーク
※WONKは15日に出演
「LOVE SUPREME presents」DREAMS COME TRUE featuring 上原ひろみ・Chris Coleman・古川昌義・馬場智章×WONK
- 2022年5月21日(土)兵庫県 ワールド記念ホール
- 2022年5月26日(木)東京都 東京ガーデンシアター
FUJI ROCK FESTIVAL '22
- 2022年7月29日(金)新潟県 苗場スキー場
- 2022年7月30日(土)新潟県 苗場スキー場
- 2022年7月31日(日)新潟県 苗場スキー場
※WONKは29日に出演
プロフィール
WONK(ウォンク)
江﨑文武(Key)、長塚健斗(Vo)、荒田洸(Dr)、井上幹(B)によって2013年に結成された“エクスペリメンタルソウルバンド”。 ジャズやソウル、ヒップホップなどさまざまなジャンルの音楽を取り入れた実験的なサウンドが注目されている。2016年9月に1stアルバム「Sphere」をリリース。2017年1月にホセ・ジェイムズのアルバム「Love In A Time Of Madness」にリミキサーとして参加したほか、同年2月にはバンド初のヨーロッパツアーを成功させるなど海外でも活躍の幅を広げている。2020年6⽉に4thアルバム「EYES」を発表。2021年2⽉には香取慎吾とのコラボレーション楽曲「Anonymous(feat.WONK)」で初のドラマ主題歌を担当した。2022年5⽉に5thアルバム「artless」をリリース。