WONK「artless」インタビュー|等身大の日常を最新テクノロジー・ドルビーアトモスで描いた背景とは

全収録曲が立体音響技術・ドルビーアトモスの配信に対応したWONKのアルバム「artless」がリリースされた。

「artless」はWONKが「自分たちの手で楽器を鳴らすことに集中した」という、オーガニックなサウンドが特徴的なアルバム。メンバーが合宿で生活をともにしながら、開放的な空間の中で作り上げた作品となっている。

音楽ナタリーでは4人にインタビューを行い、アルバムの制作過程や、初めて取り入れたドルビーアトモスについての感想、最新テクノロジーとサウンドの関係性などについて、今年1月に2つのドルビーアトモススタジオをオープンさせたユニバーサル ミュージックで話を聞いた。

取材・文 / 村尾泰郎撮影 / 草場雄介

WONKが「artless」で導入したドルビーアトモスって何?

ドルビーアトモスとは、現在映画館や劇場で多く取り入れられている立体音響技術。3次元位置情報を含むメタデータがスピーカー数に合わせて精密に出力されることで、左右のスピーカーから発せられる平面的なステレオサウンドとは異なり、前後左右に高さを加えた立体的なサウンドが体感できる没入感の高いオーディオフォーマットとなっている。

ユニバーサル ミュージックはThe Beatles、ジャスティン・ビーバーら海外アーティストの作品を続々とドルビーアトモス化。国内でもアトモス対応のスタジオを今年1月にオープンし、アーティストのサウンドへのこだわりをより高次元で実現するドルビーアトモス対応に力を入れている。

国内でドルビーアトモスが聴ける音楽配信サービス

Apple Music、Amazon Music Unlimited/HD

映像対応

Blu-ray Disc、動画配信(VOD / 生配信)、劇場

無理に盛り上げなくてもよくない?

──新作「artless」は壮大な前のアルバム「EYES」とは対照的な作品になりました。今回はどんな気持ちで制作に入ったのでしょうか。

江﨑文武(Key) コロナの影響でリモートでの制作が続いていたので、新作は対面で作りたいと思ったんです。あと、「EYES」はコンピュータを駆使して作ったアルバムだったので、今度は自分たちの手で楽器を鳴らすことに集中しようと思いました。

──それで合宿することになった?

江﨑 合宿しないと間に合わなかったんですよ(笑)。みんな忙しかったので、集中して一気に作り上げたほうがいいんじゃないかと思ったんです。おかげで規則正しく健康的にレコーディングができました。毎朝10時にみんな集合していたんです。スタジオのスタッフの方が「午前中にスタジオにいるミュージシャンはなかなかいないよ」とおっしゃっていました。

WONK

WONK

井上幹(B) 大体、僕が最初に起きて朝食を作って、スタジオの電気をつけてコーヒーを飲みながらみんなを待ってるんですよ。

江﨑 それで起きてきた人から朝ごはんを食べて、みんながそろったところで今日やることを決めて、それぞれがブースに入って作業をするんです。そして、作業に行き詰まったら誰かに相談しに行く。

井上 ボーカルを付けたいと思ったらすぐマイクを立ててやれるし、とにかく作業が早く進みましたね。あと目の前に富士山が見えて、散歩に出るとすぐ森の中という環境もサウンドに影響したと思います。

──密室的で緻密に作り込まれた「EYES」に対して、今回はオーガニックで風通しのいいサウンドになっていますよね。

荒田洸(Dr) 最初の段階で、無理にテンションを上げる曲はやらないようにしようと言っていたんです。

江﨑 というのも近年、フェスに出演したり、大勢のお客さんの前で演奏することが増えてきて、お客さんを盛り上げることを意識するようになっていたんです。セットリストを考えるときに1曲目から勢いがつくものにしようとか、このあたりでお客さんを煽ろうとか考えてしまう。アルバムを作っているときもフェスとかで演奏するときのことを考えてしまって、「もっと盛り上がる曲を入れたほうがいいんじゃない?」という話をしたら、荒田が「無理に盛り上げなくてもよくない?」って言い出して。そこからみんなで2、3時間話をしたんです。

荒田 フェスの在り方を否定するつもりはないんですけど、そういうノリに迎合するのはどうなんだろう?と思ったんですよね。だから今回のアルバムはお客さんを盛り上げるためではなく、自分たちの内側から出てくるものを曲にしたいと思ったんです。合宿していたので、みんなでじっくり話し合うことができたのはよかったです。Zoomとかチャットではなかなかできない話だし。

荒田洸(Dr)

荒田洸(Dr)

合宿初日に一番の盛り上がり

──コロナで自宅にいる時間が長くなっている現在、リスナーも自宅でじっくり聴ける日常にフィットした音楽を求めているところはあるかもしれないですね。

荒田 そうですね。コロナ禍以降、自分の生活に寄り添う音楽を聴く人が増えているんじゃないかと思います。今回のアルバムは僕自身とても気に入っていて、自分の生活の中に溶け込むし、同時にメンバー全員のギミックも詰め込まれていると思います。

江﨑 あと、いい歌ものを作りたいという気持ちもあったんです。これまでWONKでやっていなかったことが“歌に寄り添う曲を作る”ということだったので。

井上 僕も今回は弾き語りだけで映えるような作品にしたかったんです。これまでのWONKは作曲が30%、編曲が70%。荒田がカッコいいビートを持ってきて、それをみんなで補強していく感じでした。今回は作曲の段階で、ピアノとボーカル、あるいは、ギターとボーカルだけで成り立つ曲を作って、そのよさを残したまま編曲していったんです。

江﨑 そういうふうに曲を作るために、作詞を担当している長塚さんに事前に歌詞を書いてもらうことが必要でした。「合宿の初日までに歌詞を書いてきて」とは言っておいたんですけど、たぶん無理だろうな、とみんな思っていて。それで合宿初日の夜、みんなでごはんを食べているときに「歌詞できた?」と聞いたら「あるよ」って。それで、みんなが「おおーっ!」って盛り上がった(笑)。

井上 この合宿で一番の盛り上がりでしたね(笑)。これはもう完成したみたいなもんだなと思いました。

江﨑 僕らは面白い曲を作るための引き出しはいっぱい持っているんですけど、どの引き出しを開けるかは歌詞に決めてほしいと思っているので、歌詞が先にあるというのはすごく大きいんですよ。

長塚健斗(Vo) 「EYES」のときは、まずアルバムのための脚本を書いてから歌詞を作っていったんですけど、今回は「自分が言いたいことってなんだろう?」ということを考えました。それで自分の身近なことや人間関係を見つめ直して、そこから見えてきたものを書くことにしたんです。なんでもない瞬間を切り取って、そこにある感情を丁寧に歌ってみようと。

長塚健斗(Vo)

長塚健斗(Vo)

──サウンドも歌詞も“日常”が鍵だったんですね。ドルビーアトモスを使うというのは最初の段階から考えていたんですか?

江﨑 アルバムを作り始めたとき、空間オーディオというものが一般的に知られるようになり、Apple Musicでサービスが始まったりしたので、自分たちの作品にそれを取り入れてみたいと思ったんです。それで幹さんに相談したら、「ゲームの世界でめっちゃやってるんだよね」って。

──井上さんはゲーム音楽の仕事をやられているんですよね。

井上 擬似的に方向性を持たせたオーディオって、3Dゲームの世界では当たり前だったんです。近年、VRゲームのサウンドデザインを何件かやってたことがあって、その経験がアトモスに生かせるんじゃないかと思いました。

──アルバムの1曲目「Introduction#6-artless」からドルビーアトモスの効果が出ていますね。靴音や楽器をチューニングする音で構成されていますが、人の動きが伝わってきて映像的です。

江﨑 リモート中心で人の気配を感じられなくなっている今、人の気配を感じさせるだけで表現として十分なんじゃないかと思ったんです。カッコいい音楽が始まるより、4人がスタジオに入ったことが音で伝わって何かが始まるドキドキ感がある。それだけでアルバムの始まりとしては成り立つんじゃないかって。

井上 あと、ドルビーアトモスって何?となったとき、「こういうことなんですよ」と伝えられるし。1人ひとりの足音、そして、リハの音を録って、それをアトモス上で配置して作ったんです。ゲームの世界ではよくやっていることなんですけどね。

長塚さんに囲まれる「Cooking」

──4人がスタジオに入る様子をライブ録音しているのではなく、その様子を音響的に構築しているということに驚きました。それも1つの作曲と言えるかもしれないですね。ここからは収録曲についてお話を伺いたいのですが、2曲目「Cooking」は日常のひとコマをスケッチした曲で、今回のアルバムの雰囲気を象徴していますね。

井上 合宿所にあるビリヤードで遊んでいたら、長塚さんと荒田さんが昼食を作っている様子が見えたんです。そこに差し込んでいる陽の光がすごくきれいで、こうやってみんなでワイワイやっているのはヨーロッパツアー以来だなと思って。その様子を曲にしてみようと思いました。

荒田 午前中のイメージでね。

江﨑 だからコードは4つくらいあれば十分かなと。荒田がビリヤードをしている横で、僕がピアノを弾きながら「こんな感じ?」と聞くと、荒田が「いや、それだと朝じゃなくて昼になっちゃってるよ」って。そんなふうに会話をしながらできた曲です。

ユニバーサル ミュージック内ドルビーアトモススタジオを見学するWONK。

ユニバーサル ミュージック内ドルビーアトモススタジオを見学するWONK。

──開放的な雰囲気の中で作られた曲なんですね。ドルビーアトモスの効果でコーラスに広がりが生まれて、声に包み込まれるようでした。

井上 アトモスで空間を作れるのなら、ちょっとした裏切りが欲しいと思って。普通だったら前から聞こえてくるところを、すぐ横で聞こえるようにコーラスを配置してみたんです。

江﨑 長塚さんに囲まれているような感じですよね。僕的にはちょっと怖い(笑)。