自身名義のボカロ作品や、yama、Adoなどの歌い手をフィーチャーした楽曲で高い評価を集めたくじらが、初めて自らの歌唱曲のみを収めたソロアルバム「生活を愛せるようになるまで」を8月17日にリリースする。
2019年4月に活動をスタートしたくじらは、SixTONES、DISH//、花譜、にしなといったアーティストやNetflix映画「桜のような僕の恋人」などへの楽曲提供も行ってきた。そして昨年リリースの楽曲「悪者」から自身で歌唱する楽曲を発表。アルバム「生活を愛せるようになるまで」は、現時点での彼の集大成と呼ぶべき作品に仕上がっている。実体験に基づいた楽曲の制作手法、「生きるとは?」という本質的なテーマを掲げた本作についてじっくりと語ってもらった。
取材・文 / 森朋之撮影 / 斎藤大嗣
なぜ自分で歌うことを選んだのか?
──くじらさん自身が歌唱した曲のみで構成されたアルバム「生活を愛せるようになるまで」が完成しました。制作を終えてホッとしているところはありますか?
この作品が世に出て反響を聞いてからだと思うので、まだホッとするのは早いかもしれないです。楽曲自体は1年くらい前には書き終わっていて、そのあと編曲やミックス、リリースの順番やプロモーションなどを丁寧にやってきて。そういう意味では、やっと完成したという気持ちですね。
──くじらさん初の歌唱楽曲は昨年リリースされた「悪者」でした。改めて聞きたいのですが、自分で歌うことを決めたのはどうしてなんですか?
「悪者」はもともと相沢という歌い手に歌ってもらいたくて作ったんですよ。制作を進めるうちに「男女の話を描いた歌だし、自分が歌うバージョンを作って、ミュージックビデオが2本あったら面白い仕組みを作れそうだな」と思って。そのときに「自分が歌うという道もあるのか」と気付いて、模索しながら進んできたという感じです。
──「悪者」がなければ歌ってなかった?
あと1、2年は遅れていたかもしれないですね。自分で歌うビジョンは「悪者」以前から少しあって。自分で歌った曲をきちんとパッケージして、皆さんに届けるためには人手も必要だし、時間もかかると思ったので。1年かかりましたけど、最短距離でやりたいことをやれたと思うし、自分で聴いても「いいアルバムになった」と感じてます。
──最初の目標がアルバムだったんですか?
日々、曲を書いている中で自分なりに「これは新しい価値観を示せるんじゃないか?」と思える曲ができたときに、初めて「アルバムにしよう」ということになるんですよ。今までのアルバム(「ねむるまち」「寝れない夜にカーテンをあけて」)も、そういう形式を取っていて。アルバムの核になる曲ができるのを待ちつつ、そのときに思っていることを曲にしているというか。
──つまり「生活を愛せるようになるまで」という楽曲ができて、アルバムの全体像が見えてきた?
はい。もう少し具体的に言うと、本作は1つ前のアルバムの収録曲(「寝れない夜に(feat. yama)」)からの価値観の変化、“こういうものの見方になった”という軌跡の記録でもあるんです。以前の僕は生きていて楽しいと感じることがかなり少なくて、希死念慮が強い人間だったんです。でも、コロナが流行り始めて似たような心境になったとき、「思い残したことはないのか?」と自問自答したら「やり残したことがあるし、もっと生きていきたい」と思って。その思いが「寝れない夜に」という曲になったのですが、それ以降は「どうやって生きていくか?」ということを深く考えるようになったんです。その1つのゴールが「生活を愛せるようになるまでに」なのかなと。この言葉が出てきたときに「すごくしっくり来るけど、あまり見たことがない文章だな」と感じた。客観的に「このタイトルの曲を聴きたい」「この曲名を思い付いたアーティストを応援したい」と思えたというか。
──人を惹き付ける曲名ですよね。くじらさんの中でご自身の音楽を「多くの人に届けたい」という気持ちもありますか?
そうですね。評価されている曲や聴かれている曲は、いろんな人を楽しませていると思うので。自分のアイデンティティを表現することも大事ですけど、より多くの人に聴いてもらうことで、そのリアクションが自分の生活や表現につながることもあるんですよね。アルバムの中の1曲、ライブでしかやらない曲の中には、趣味みたいな感じで作ったものもあるんですけどね。毎年夏にギターロックの曲を投稿しているんですけど、それは完全に趣味の枠です(笑)。
自分で歌う曲はすべてドキュメンタリー
──では、アルバムの収録曲について聞かせてください。1曲目の「うそだらけ」は、しなやかなグルーヴと少しシリアスな現状を描いた歌詞が印象的なミディアムチューンです。これはどのように作っていったんですか?
曲名もイントロも、全部がアルバムの1曲目にふさわしいと思ったんですよね。歌詞のテーマは……「何も信じられなくなってしまった」と気付きながらも生きなくちゃいけないのって大変じゃないですか。大人の人たちはほとんどがそういう感じだろうし、そこからがスタートだなと思ったことがテーマになってます。
──そのテーマもくじらさん自身の体験に基づいてるんですか?
そうですね。自分で歌う曲はすべて実体験というか、ファンタジーの要素はゼロなので。提供曲以外は全部ドキュメンタリーです。
──曲を書くという行為は、自分と向き合う作業とつながっている?
それもあるし、友達に「あなたって、こういう人だよね」とか「その考えって実はこういうことなんじゃない?」と違う角度から指摘されたときにハッと気付くこともあって。自分だけの視野には限界があるし、人としゃべることもすごく大事だなと思います。何かに気付いたら、そこからまたスタートするというか。自分の価値観はひっくり返り続けてますね(笑)。
──友達とのコミュニケーションも制作の一部ということですね。そういえば多くの曲で歌い手の水槽さんがコーラスで参加していますが、彼女の存在も大きいのでは?
2019年の春にくじらとして活動を始めて、最初にできた友達が水槽なんですよ。彼女のコーラスワークを信頼しているし、楽曲を別の角度から見てくれるので表現の幅が広がる感じがあって。自分の声との絡みもすごくいいと思います。「四月になること」なんて、ほぼデュエットですからね。
ちょっと泣きそうになりました
──確かに。そして「水星」には水槽さんのほかに、Adoさん、yamaさん、相沢さん、青虫(アユニ・D)さん、菅原圭さん、NORISTRYさん、ちょまいよさん……と縁のある面々が参加しています。
超豪華なメンバーでお送りしてます(笑)。「水星」には「今いる場所で悩み続けたり、がんばるのも大事だけど、別の場所に行くという選択肢もあっていいのでは?」というメッセージがあって。「水星で遊ぼうよ」という歌詞には「違うところに行ってもいいんだよ」という思いを込めているんですけど、自分1人で歌っても説得力がないような気がしたんです。Adoさん、yamaさんなどに歌っていただくことで、リスナーの皆さんも「この人たちが言ってるんだから、そうなんだろうな」と思ってくれるんじゃないかなと。曲や言葉の説得力のために、お世話になっている皆さんにお願いしたということですね。最初は「無理だろうな」と思っていたんですが、みんな快く引き受けてくださいました。くじらという存在をここまで連れてきてくれた方々なので、すごくうれしかったです。
──Adoさん、yamaさんも、くじらさんの楽曲を歌うことで世に出たイメージもありますが。
どうなんですかね? 提供曲に関しても、そもそも僕のほうがファンで「歌っていただけますか?」とお願いしたんですよ。微力ながらお手伝いさせてもらったという感じだし、こうやって一堂に会することができたのは本当にすごいことだなと。ボーカルデータのチェックしているとき、ちょっと泣きそうになりました。「水星」のミックスはyamaさんへの提供曲でもお世話になった来原史朗さん、アレンジは以前からファンだったmaeshima soshiさんにお願いして。僕にとってのドリームチームですね。
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「このアルバムを聴いてよかった」と思ってもらえたら