宇多田ヒカルのライブ上映イベント「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」が本日1月8日から1月16日にかけて東京・新宿ピカデリーで開催される。
「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」は1999年4月2日に東京・Zepp TOKYOで行われた1stライブ「Luv Live」から、2024年に行われた最新ツアー「SCIENCE FICTION TOUR 2024」まで、宇多田の9つのライブが一挙に上映されるイベント。昨年11月に大阪でスタートし、愛知、東京、北海道、宮城、福岡と全国をライブツアーのように巡回している。
会場となる映画館には本企画のためだけの最高品質の音響機材が特設され、大スクリーンと外部からの光を遮断した空間ならではの圧倒的な没入感で、宇多田のこれまでライブを味わえる。また、あらゆる年代のライブが同時に上映されるため、まるでタイムマシーンのように、さまざまな時代の宇多田ヒカルに会うことが可能。「SCIENCE FICTION TOUR」という最新ツアータイトルにもマッチするような体験だ。
音楽ナタリーでは、大阪と愛知でイベントを体験し、「SCIENCE FICTION TOUR 2024」「Luv Live」「UNPLUGGED」「In Budokan 2004 ヒカルの5」の4作品を観覧したFM802のDJ・落合健太郎のレポートを掲載する。
取材・文 / 落合健太郎
イベント情報
HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema
- 2024年11月20日(水)~24日(日)大阪府 なんばパークスシネマ
- 2024年12月5日(木)~11日(水)愛知県 ミッドランドスクエア シネマ
- 2025年1月8日(水)~16日(木)東京都 新宿ピカデリー
- 2025年1月15日(水)~19日(日)北海道 イオンシネマ小樽
- 2025年1月18日(土)~22日(水)宮城県 MOVIX仙台
- 2025年1月25日(土)~29日(水)福岡県 イオンシネマ福岡
- Luv Live(1999)
- BOHEMIAN SUMMER 2000(2000)
- UNPLUGGED(2001)
- In Budokan 2004 ヒカルの5(2004)
- UTADA UNITED 2006(2006)
- WILD LIFE(2010)
- Laughter in the Dark Tour 2018(2018)
- Live Sessions from Air Studios(2022)
- SCIENCE FICTION TOUR 2024(2024)
SCIENCE FICTION TOUR 2024(2024)
デビュー25周年の集大成となる最新ツアー
2018年以来、約6年ぶりのツアーとして昨年開催された「HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024」。7月の福岡を皮切りに台北、香港での公演を経て、9月の横浜公演まで約2カ月間行われた。
筆者は初日の福岡公演に実際に足を運んだ。デビュー25周年の集大成となるようなライブであり、これまで宇多田が紡いできた楽曲の数々、そこに重なるオーディエンスの思い、想像を遥かに超える演出、目の前で繰り広げられる圧倒的なパフォーマンスに飲み込まれた。素晴らしいライブだったのは言うまでもなく、ポップさの中に25年という年月の重みも感じられる、なんとも味わい深い時間であった。
そんなライブの余韻が残る中、そのツアー映像を映画館で楽しむことができるのはファンのみならず、音楽ラバーとして大変うれしい限り。全国にいるであろう、今回のツアーチケットを手に入れることができず涙を飲んだ方々には絶好の機会である。
ARくまちゃんに会える
いざ映画館に足を運んでみると、ライブ会場とは違う楽しみ方が随所にちりばめられていた。会場に到着したら、まずスマートフォンで宇多田描き下ろしによるイラストARくまちゃんを起動し、ご当地くまちゃんを出現させよう。これがかわいい!! 入り口ではご当地くまちゃんのステッカーももらえる。グリコのポーズや金のシャチホコを模したくまちゃんは、思わず笑顔になってしまうキュートなデザイン。ほかの地域のくまちゃんも気になるところだ。
シアター内に入ると、薄暗い非日常的な空間が広がり、席に着くと目の前にはまだ光の当たっていない大きなスクリーンが待ち構える。隣の席には女性2人組が座っていた。2人はどうやらデビュー当時からのファンらしく、「ツアー、観に行けへんかったから映画館のスクリーンで観られるのめちゃうれしいわー!」と話しているのが聞こえてきた。「私、感動して泣いちゃうと思うからタオル持って来てん!」と話す人の手には、今回のツアーのマフラータオルが。ほかにも親子や、大学生らしき5人組の男子、自分と同じように1人で観に来ている人など、さまざまな人たちが集まり、それぞれがライブ上映を楽しみにしている空気が静かに広がっていた。
最高品質の音響機材で味わう至高の演奏
上映時間定刻に館内の照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出される。ピアノの音と連動したスポットライト、神々しい演出にオーディエンスは息をのんで静まり返る。眩い光の中、ステージに宇多田が登場。1曲目は「time will tell」。映画館全体を包み込むように宇多田の歌声と演奏が響く。ただでさえ映画館のスピーカーは音がいいのだが、この企画のために持ち込まれた大規模かつ最高品質な音響機材が使用されているため、ライブ会場のリアルな音の厚みと迫力を体感することができる。
実際にライブを会場で観た際にも音に対する相当なこだわりを感じた。世界中からトップレベルのPA、エンジニアたちが集まってサウンドをデザインし、イギリス・ロンドンを拠点にワールドワイドに活躍する凄腕プレイヤーたちがバンドとして音を鳴らす。パーカッション、キーボード、ギターなど、さまざまな楽器を操るマルチインストゥルメンタリストであり、宇多田のミュージックディレクターも務めるヘンリー・バウワーズ=ブロードベントがバンドマスターを務め、アルバム「初恋」や「BADモード」にも参加しているギタリスト、ベン・パーカーがシャープなカッティングや、エモーショナルなギターソロを随所で聴かせる。
その1音でライブの空気をガラリと変える魔法のようなピアノを演奏するのは日本生まれ、ロンドン育ちの大森日向子。デーモン・アルバーン率いるGorillazのツアーでもベースを弾いているセイ・アデレカン、宇多田の特徴的なリズムを正確に、感情豊かに叩くドラマーのアイザック・キジトのリズム隊は、思わず体が反応してしまうような極上のグルーヴを生み出す。気が付けば自分がまるで音楽に溶け、一体化しているような不思議な感覚になった。
多彩なアングルで楽しめる山田智和のライブ演出
ライブ会場の最前列よりも近く、さまざまなアングルでパフォーマンスを楽しめるのもこのイベントならでは。ライブの演出を担当した映像作家 / 映画監督の山田智和の意図がより伝わってくる。宇多田がマイクスタンドを両手で添えるように持ち、切なくも優しい表情で歌った「誰かの願いが叶うころ」では、揺れる髪の毛までもが音楽を鳴らしているように見え、ピンスポットの中、静かに歌うその姿は、まるで宇宙空間に浮遊しているようにも感じられた。
ライブにおける照明は、ただアーティストを照らすだけでなく、音楽が呼び起こす感情をさらに増幅させる役割を果たす。ステージ上に、ビルのように、はたまた映画「2001年宇宙の旅」に登場する石柱状のモノリスのようにそびえ立ついくつものスクリーンも、宇多田の音楽のストーリーをより豊かに表現していた。ライブを構成するバンド、音響、照明、映像、すべてにおいて、緻密で繊細なこだわりと一流のプロフェッショナリズムが感じられる。
タンパク質から作られた衣装
そして衣装にも大切な意味が込められている。オープニングは上下白のパンツスーツで登場した宇多田。清々しくマニッシュな中にたおやかさを感じさせる。デビューから25年を経た今の宇多田にピッタリな印象であり、シンプルながら上質な衣装は歌声の魅力をより引き立てる。ライブ中盤には、宇多田が別の衣装でセンターステージから現れた。ステージがせり上がり、会場のどの場所からもはっきりと見えたその衣装の美しさと、見たことのない不思議な形状に驚いた。流れるような無数の曲線と赤、オレンジ、ブルー、グリーンという色彩豊かなグラデーションが複雑に、そして優雅に絡み合っている。
この衣装のデザイン、制作はデザイナーの宮前義之率いる「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」チームと宇多田のスタイリスト小川恭平が手がけたもの。注目すべきはこの衣装の素材で、スパイバーという会社が提供したプロテイン繊維、“Brewed Protein ファイバー”が使用されている。ものすごく簡単に言えばタンパク質からできた繊維で作られた衣装ということだ。いったい何がどうなってタンパク質から衣装が作れるのかはよくわからないが、なんとも未来的で「SCEINCE FICTION」の世界観にこれ以上ないほどマッチしていた。
このステージ衣装は映画館で展示され、実際に見ることができる。間近で見てみると、とても複雑で不思議なデザイン、そして虹のように美しいグラデーションなのが印象的だった。地球環境にも優しい素材で作られたこの衣装は、言葉を発せずともアーティストの思いや考えを伝えてくれるメッセンジャーのようでもある。ライブ上映後、展示されている衣装を興味深そうに観察している人も多く、この衣装が持つ意味を考えさせられた。
「SCIENCE FICTION TOUR 2024」ファイナル公演は「time will tell」で始まり、「Automatic」で幕を閉じた。デビューシングルの収録曲2曲が冒頭と最後に披露されるというのも感慨深い。
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16歳の宇多田が初ライブで放った第一声は