宇多田ヒカルの人生を巡る“時間旅行”「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」DJ落合健太郎の体験レポート (2/2)

Luv Live(1999)

フルHDにアップコンバートされた貴重な1stライブ

「LIVE CHRONICLES in cinema」は、アーティストとしてはもちろん、宇多田が人として成熟していく様子も伺うことができる。15歳でセンセーショナルなデビューを飾った宇多田ヒカルというアーティストの最初の一歩となるようなライブ「Luv Live」は、社会現象となった1stアルバム「First Love」のリリースから約1カ月後、1999年4月に完全招待制のライブとして東京と大阪で開催された。「LIVE CHRONICLES in cinema」では、この貴重な1stライブをフルHDにアップコンバートされた最新の映像で楽しむことができる。テクノロジーの進化の賜物だ。

当時、宇多田の音楽はテレビ、ラジオはもちろん、あらゆる場所で流れていたが、本人のメディアへの露出はそこまで多くなかった。その存在が広がったのは、基本的には「口コミ」の力が大きかったように思う。スマホもSNSもない時代、人から人に直接伝えられていく口コミは、現在よりも強い熱量と影響力を持ち、宇多田の登場は多くの人たちの記憶に鮮明に焼き付けられた。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

16歳の宇多田が初ライブで放った第一声は

大きな歓声とともに「Luv Live」の映像が始まる。当時お台場にできたばかりのZepp Tokyoと、デビュー間もなく、16歳になったばかりの宇多田。約3000人のオーディエンスを前に、臆することなくハミングしながら登場した彼女が、最初に放った言葉は「すげーっ!」だった。天真爛漫、自由なオーラをまとい、MCでもクラスメイトに話しかけるように等身大のトークをする姿はほほえましい。

一方、歌い始めると抜群のリズム感と歌声でオーディエンスを飲み込んでいく。Zepp Tokyoに集まったお客さんは、これまでのJ-POPにはなかったような新しいビートにどう反応していいのかわからない様子で、戸惑うような姿も確認できる。

ライブ後半にはスチャダラパーも登場し、「今夜はブギー・バッグ」でコラボレーション。スチャダラパーが着ているA BATHING APEのスタジャンを見て当時を思い出すという方もいるだろう。Y2Kムーブメントとして現代によみがえるとは想像もしていなかった。ディスコがクラブへ変化していく時代背景。R&Bやディーヴァという言葉が世の中に浸透し始めたばかりだったあの頃。レコードを擦るスクラッチ音から始まる「Automatic」は、当時どれだけ大きな衝撃を与えたか。今聴いても鮮度の落ちない名曲である。「Luv Live」の映像は当時のファッションや空気感も感じられる作品となっている。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

ジャム&ルイスが語った宇多田のすごさ

1998年のデビューから1年が経とうとする頃にリリースされた「Addicted To You」。この曲のプロデューサーはジャネット・ジャクソン、マイケル・ジャクソン、マライア・キャリー、メアリー・J・ブライジなどを手がける世界有数のプロデューサー、ジャム&ルイスだ。2人のプロデュースは、宇多田の世界進出へ向けての大きな一歩となった。

余談だが、以前ジャム&ルイスの2人にインタビューをした際に「宇多田ヒカルとの仕事はどうだった?」と尋ねたところ、「彼女はパーフェクトだよ。自分が何をしたいのか、何をすべきなのかきちんと把握している素晴らしいアーティストだ」と話していた。数多くのアーティストと仕事をしてきた彼らが絶賛し、「彼女のクリエイティブなエネルギーに包まれて仕事をするのは最高だった」と当時を振り返る姿に、改めて宇多田ヒカルのすごさを感じたものである。

UNPLUGGED(2001)

生演奏で届けるパワフルな歌声

新しいことにチャレンジしていく18歳の宇多田が選んだステージは、生の音にこだわったライブを届ける「UNPLUGGED」だ。アメリカの音楽専門チャンネル・MTVで1989年に放送がスタートした番組で、出演者はエリック・クラプトンやNirvanaをはじめ、超一流のアーティストばかり。宇多田は2001年にMTVジャパンの開局特番に出演した。このときの様子を今回のイベントでは観ることができる。

「UNPLUGGED」の醍醐味は、ほぼ生楽器による演奏。ドラム、アコースティックギター、ピアノ、そしてストリングスの生演奏をバックに宇多田が歌う。普段のライブとは異なる緊張感が漂う中、宇多田はデニムにニットのセーターというカジュアルなファッションで登場した。1曲目の「Wait & See ~リスク~」から音源とはまったく違うアレンジだ。

ちなみにこの曲のプロデュースも前出のジャム&ルイス。オリジナルはエレクトリックなサウンドやエフェクトのかかったボーカルパートが特徴だが、「UNPLUGGED」では、重厚感のあるバイオリンなどのストリングスや、打ち込みのサウンドにはないワイルドなプレイを聴かせるドラムが印象的だ(このドラマーの格闘技のようなプレイがすごい!)。そんなさまざまな楽器の音が重なる中、イヤモニもせずに、伸びやかでパワフルな歌声を披露する宇多田というアーティストの才能に驚きを隠せない。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

「UNPLUGGED」には「Addicted To You」も収録されているのだが、音源には「UP-IN HEAVEN MIX」と「UNDERWATER MIX」という2つのバージョンが存在する。「UNPLUGGED」ではこの2つのMIXをうまく合わせ、宇多田いわく、「新開発したバージョン」を聴くことができる。オリジナルの音源と聴き比べるのも面白い体験である。

宇多田の25年の歴史を紐解いていくと、過去の常識にとらわれず、新しいことに果敢にチャレンジしているのがわかる。2010年のライブ、「WILD LIFE」では全国の映画館でのライブビューイングに加え、Ustreamでの全世界中継も行った。「え? チケット買わなくてもスマホで観ることができるの?」と驚いたのを覚えている。このライブ中継は、当時、総アクセス数92万5000を記録。同時間帯のUstream視聴者数で全世界No.1を獲得した。

In Budokan 2004 ヒカルの5(2004)

初の武道館ライブ5DAYS

未知のものを発見するNASAの探査機・ボイジャーのように、新しいフィールドに旗を立て、走り続ける宇多田は、2004年に日本武道館公演を開催した。宇多田初の武道館ライブは、なんと5DAYS。ライブタイトルはデビュー5周年を記念して「In Budokan 2004 ヒカルの5」と付けられた。

映像は撮影された3日間の公演の中からベストなパフォーマンスをセレクトし、コンパイルしたもの。さまざまな表情や衣装をこの作品で楽しむことができる。シャギーなヘアスタイルやカーゴパンツは当時流行ったファッションを思い出させ、宇多田はさまざまなトレンドを取り入れながら活動してきたことがわかる。

声の近さから武道館にいるような感覚に

映像にはライブのリハーサル風景も多く収められていて、20代になったばかりの宇多田ヒカルの表情からは武道館という舞台に立つ覚悟のようなものもうかがえた。マイクを握り、歌う彼女の姿は鋭く、表現者として他を寄せ付けないオーラを発しているように見える。しかし、MCに入ると、歌っていたのとは別人のように柔らかく、自分の部屋で話しているような自然な表情を見せる。このギャップがまた魅力的である。

「ヒカルの5」の映像を映画館で観ていて感じたのは、オーディエンスの声の近さ。映画館の中にいる人が話しているのかな?と錯覚するくらいリアルな声が響くので、自分もまるで武道館にいるような感覚になる。「LIVE CHRONICLES in cinema」は発声や拍手などもOKなので、映画館という空間を忘れて、思いっ切りライブを楽しむのもいいのではないだろうか。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」大阪会場の様子。

「LIVE」であり「LIFE」でもある、連続した1つのドキュメンタリー

「HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema」では、10代から40代までの宇多田の音楽の変遷と、彼女がステージで表現してきた人生を感じ取ることができる。Zepp Tokyoでの初ライブから最新ツアーの最終公演までの9つのライブ映像は、独立した映像でありながら、連続した1つのドキュメンタリーでもある。

「SCIENCE FICTION TOUR」で宇多田は「生きていると、望んだものが必ずしも自分にとっていいことだとは限らないし、望まなかったことがすごく自分を成長させてくれた」と語り、「何かを失ったりしても、失ったってことは与えられてたんだなって気付かされたり、失ったものはずっと心の一部になるって知った」と続けた。これからの自分の人生を支えてくれるような優しく、心強い言葉だった。

「Time will tell 時間がたてばわかる」と15歳の宇多田が歌ってから25年。彼女はさまざまなものを見つめ、音楽で表現し続け、歌声で時代を彩ってきた。

「明日へのずるい近道はないよ」───。

あのときの歌が今、また違う響きを持ち、人生を諭してくれる。これまでの25年を再確認し、これからの25年が楽しみになる「LIVE」であり「LIFE」でもある、この作品を映画館で1人でも多くの人に触れてほしい。きっと何か人生の大切なことに気付く瞬間があると思う。

イベント情報

HIKARU UTADA LIVE CHRONICLES in cinema

  • 2024年11月20日(水)~24日(日)大阪府 なんばパークスシネマ
  • 2024年12月5日(木)~11日(水)愛知県 ミッドランドスクエア シネマ
  • 2025年1月8日(水)~16日(木)東京都 新宿ピカデリー
  • 2025年1月15日(水)~19日(日)北海道 イオンシネマ小樽
  • 2025年1月18日(土)~22日(水)宮城県 MOVIX仙台
  • 2025年1月25日(土)~29日(水)福岡県 イオンシネマ福岡

上映作品

  • Luv Live(1999)
  • BOHEMIAN SUMMER 2000(2000)
  • UNPLUGGED(2001)
  • In Budokan 2004 ヒカルの5(2004)
  • UTADA UNITED 2006(2006)
  • WILD LIFE(2010)
  • Laughter in the Dark Tour 2018(2018)
  • Live Sessions from Air Studios(2022)
  • SCIENCE FICTION TOUR 2024(2024)

プロフィール

宇多田ヒカル(ウタダヒカル)

1983年米ニューヨーク生まれ。1998年12月にシングル「Automatic/time will tell」でデビューを果たし、ダブルミリオンセールスを記録する。翌年3月に発表した1stアルバム「First Love」は765万枚を売り上げ、日本国内のアルバムセールス歴代1位を獲得。この記録は現在まで破られていない。その後リリースしたアルバムのほとんどがミリオンヒットを記録し、2024年4月には初のベストアルバム「SCIENCE FICTION」をリリース。同年7月から6年ぶりの全国ツアー「SCIENCE FICTION TOUR 2024」を開催し、12月には映像商品「HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024」をリリースした。