サエキけんぞうの綴る「こういう“日本語”」

──サエキさんや窪田さんとそのヒロイン像のすり合わせは？

レコーディングにサエキさんと窪田さんが来てくださったので、そのときお話をさせていただきました。しかもお2人ともディレクションするだけじゃなくて「一緒に作ろうね」「じゃあこの曲はどういうふうに歌おうか」って打ち合わせまでしてくださって。本当に大先輩、ベテランのお2人なんですけど、そのバンド仲間に入れてもらったみたいな気分になってました（笑）。

──じゃあその“上坂すみれバンド”の打ち合わせの内容というか、「TRAUMAよ未来を開け!!」のヒロイン像をもうちょっと具体的に教えてもらえますか？

そうですねえ。まず大学に通っていて……。

──あっ、女子大生なんですか？

「ウラハラ吐息まじりの電子書簡（メール）」「生まれた素直がネジれるのはいつもの迷路」みたいなことに思いを巡らせられるのは大学生だからなのかなっていう気がします。社会に出たら「メールといえば催促、謝罪、ツラい」っていう感じになるはずなので……。

──あはははは（笑）。大学卒業したての上坂さんが言うと妙に説得力がありますね。

ふふふふふ（笑）。大学生ってもっと気持ちに余白みたいなものがあると思うんです。だからこの子は都内の共学校に通う女子大生で、アルバイトはしてるんだけど「毎月そんなにたくさんお洋服は買えないよー」って感じ。で、メールを打つのはそんなに速くなくて、顔文字もそんなに多用しない。あとはそうだなあ……。

──詞を読むにカレシはいますよね？

いますね。「電子書簡」をやり取りする相手がいますから。で、あと「○○だわ」って言う感じですね。現実には「○○だわ」なんて言う人はあんまりいないんだけど、この子はなんかそういう感じの子です。

──けっこうリアルな暮らしぶりをイメージできる、ごく普通の都市生活者ではあるんだけど、そのセリフ回しが若干フィクショナルな感じが青年コミック的ということ？

そうですね。サエキさんの詞自体、知的でどこかフィクションっぽいですし。そこが大好きだし、青年コミックっぽいところなんだとも思ってます。「トラウマ」ってカタカナで書いてもいいんだけど「TRAUMA」ってアルファベットにしているところもそうですし、「ウラハラ」もそう。漢字やひらがなでもいいんだけどあえてカタカナにしているあたりにおそれながら知性を感じるというか。

──「リボリューション」「メタモルフォーゼ」「ノヴェル」もそうですよね。「革命」「変態・変身」「小説」でもいいはずなんだけど、カタカナ英語、それもより英語の発音に近いカタカナを選んでいることには明らかな意図がある。

そうなんです。これはこういう“日本語”なんです（笑）。

ANNパーソナリティは皆エラい

──そして通常盤限定のカップリング曲は谷山浩子さん作詞、謎のロシア人、Леснойпутешественник（リェスノーイプチシェーストヴニク）さん作編曲の「無限マトリョーシカ」。

大変なことになってます（笑）。

──バヤン（ロシア式アコーディオン）とバラライカの音色を多用した“ザ・ロシア民謡”、しかもその超高速バージョンですもんね。で、この謎のロシア人の正体なんですけど……。

ナイショです（笑）。

──了解しました（笑）。作詞の谷山さんについては聞いてもいいですよね？

はい（笑）。

──上坂さんにとって谷山さんは、それこそパール兄弟と同じ。ラジオ番組のゲストに呼んだり、以前から好きなことを公言していた方ですけど、ファンになったきっかけって？

最初に聴いたのは「みんなのうた」の「まっくら森の歌」ですね。それを聴いて「ママ怖い！」って言っていた記憶が、ぼんやりとなんだけど、あります。

──あっ、谷山浩子ナンバーとの初遭遇は、まだお母さまを「ママ」って呼ぶような年齢の頃？

はい。まだ親が世界のすべてみたいな感じだった頃に聴いただけに歌詞がすごく……。「曲はふわふわしていてかわいいし、谷山さんの歌声もすごくかわいらしいのに、なんでこんなに恐ろしいんだ！ 寝れないぞ！」ってなったのが、たぶん谷山さんとの初めての出会いで。そしてその後、思春期的自意識が芽生えて「『オールナイトニッポン』（ANN）の歴代パーソナリティは皆さんエラい」と思うようになり……。

──谷山さんって伝説のANNパーソナリティのおひとりですもんね（笑）。

それで改めて「谷山さんはすごい方なんだ」って思うようになって。「歪んだ王国」とか「銀の記憶」とか90年代のアルバムを中心に、谷山さんの膨大なディスコグラフィを手当たり次第聴くようになりました。

大量死している感じがします

──「無限マトリョーシカ」の歌詞なんですけど、ある意味「まっくら森の歌」に通じるというか……。

超怖い絵本って感じですよね。「ページのほとんどが真っ黒な絵本みたいだな」って思いました。

──確かにどこか死の匂いがしますね。

しかも大量死している感じがします（笑）。

──あはははは（笑）。「その森の内部では あらゆるものがマトリョーシカ」と歌われていて、その「森」というマトリョーシカのガワの中にはいろんな動植物がいるんだけど、みんな死んでいる？

「草」も「木」も「キツネ」も「ムササビ」も死んでますね。この詞の中に命はあるのか？っていう感じなんだと思います。

──「僕」も「永遠を求めて旅に出」ちゃってるし。

そうなんですよ。この「僕」は誰なんだろう？っていうのも気になります。もちろん私じゃないんですけど、それなら物語の語り部なのか、それともやっぱり「森」に「マトリョーシカ」されちゃう生き物なのか……。ロシアの神話とか民話ってこういう不条理で暗いお話がけっこう多いんですけど、それにさらに谷山さん的なテイストが加わった感じがすごく素敵だと思ってます。……ただこの曲を歌って以来、マトリョーシカが怖くて怖くて。家に飾ってあるマトリョーシカの中からなんか出てくるんじゃないかって。

──「まっくら森の歌」を聴いたときと同じ、眠れなくなるくらいの底知れぬ恐怖を……。

覚えてます（笑）。