上田麗奈「Atrium」インタビュー|四季シリーズ最終章で紡ぐ、“肯定”の物語 (3/3)

大切な人にどうしても「ごめんね」が言えなくて

──今お話に出た「アンダンテ」の作詞作曲は山田かすみさん、編曲は笹川真生さんですね。このお二人は「いつか、また。」(「Empathy」収録曲)の作編曲コンビであり、山田さんは「アリアドネ」(「Nebula」収録曲)の作詞作曲もなさっています。「肯定」という文字通りポジティブなテーマなのに、こういう陰のあるミディアムバラードを突っ込んでくるあたりも上田さんらしいなと。

私はこの「アンダンテ」で描かれている人格を、すごく愛おしく感じるんですよ。このときの私は大切な人に対してどうしても「ごめんね」が言えなくて。相手のことも認められないし、当然自分のことも認められないという、よくないループに入っていたんです。でも、そうやって悩んでも悩んでも答えが出せないでいた状態も肯定してあげたい。

──僕は「大人になれたら少し 子供のように素直に 笑ってみせるし」という歌詞に、個人的に思い当たる節がありまして。自分が30歳を過ぎたぐらいでようやく自然に会話できるようになる相手もいるというか。

たぶん、当時の私が抱いていた感覚に近いと思います。相手が善意でしてくれたことに対して「こんな仕打ちを受けた」みたいな捉え方をしてしまう自分がいて、そこにモヤモヤがあるからよくない態度を取ってしまったり。ただ仲よく笑いたいだけなのに、どこか噛み合わなくて、なんとなく壁を感じてしまう。たぶん、その壁は私が作っているんだけど、相手もその壁を気にしているのを知っているから、何も言えない。

──そのモヤモヤが歌にも乗っていますね。「アンダンテ」のボーカルは特に生々しいと思いました。

「アンダンテ」は最後にレコーディングした曲なんですけど、それまでの5曲はメッセージソングだから伝えることに意識を向けていて、声もできるだけ遠くに届けるような感じだったんですね。でも「アンダンテ」はそうじゃなくて、誰かに届けるというよりは独り言みたいに、沸々と湧き出たものが自分の胸の前あたりでモヤッと停滞しているほうがいいのかなって。だからモノローグっぽくなったのかも。

上田麗奈

──それでいてDメロの「空気 ふるわせなきゃ」などは外に発散するように、叫ぶように歌っていて、ビクッとしました。

「モヤモヤじゃイヤだ!」「挑まなきゃ!」っていう(笑)。例えば「デスコロール」(「Nebula」収録曲)は「もう、絶望に落ちます」という曲だったので、そういう力強さは出せていなかったんです(参照:上田麗奈「Nebula」インタビュー)。それはそれで素敵ではあるけれど、「アンダンテ」は気分が落ち込んでいても、なんとかして一歩踏み出そうとする感じを1曲の中で表したくて。下を向いているからこそ、その状態から前を向くためのエネルギーがかなり出たかなと思います。ただ、モヤの中を希望に向かって進んでいくんだけど、向かった先に希望があるのかはわからない。そういう挑み方ですね。

──曲順の妙といいますか、4曲目に「アンダンテ」があるから、5曲目の「かえりみち」のモヤモヤが晴れた感がすごい。

「かえりみち」は泣き腫らしたあと、という感じがしますよね。

大切な人に「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」を

──その「かえりみち」ですが、作詞がAnnabel(siraph)さんで作編曲が蓮尾理之(siraph)さんという、前作「Nebula」で「anemone」を手がけたお二人です。siraphのこと気に入ったみたいですね。

そうなんですよ。「anemone」の明るすぎない、静かに歩き出すような等身大の前向きさがすごくしっくりきて。私の中で、このミニアルバムの1、5、6曲目は前向きな曲にすると決めていたんですけど、そのゾーンにお呼びしました。「かえりみち」は「アンダンテ」とは違って、大切な人に対して「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」を言いたくなるような曲にしてほしいというオーダーをしまして。

──メッセージを反転させているというか。

ネガティブかポジティブかの違いがあるだけみたいな。「アンダンテ」と「かえりみち」は言葉の選び方も言葉から受ける印象も異なるけれども、解きほぐしていくとだいたい一緒のことを言っているんですよ。歌詞を読み比べたときにそこが面白いと思ったし、そうやって視点を変えるだけでものの見え方が一変するというのは、自分の人生で経験してきたことでもあって。「アンダンテ」では相手が与えてくれたものを“仕打ち”と捉えて半ば拒絶していたけれど、「かえりみち」ではその“与える”という行為の裏にはちゃんと理由も愛情もあることに気付くことができた。つまり相手の気持ちに気付いて、感謝できるようにならなくちゃいけないと思っているんですね。「アンダンテ」みたいな時期を経て、そういう感情のターンに入ったときのことが私の中に大事な記憶として残っているので、その瞬間を5曲目に収めたくて。

──気付けてよかったですね。

本当に。悪意100%で動いている人って、世の中にはいるのかもしれないけど、少なくとも私の周りにはいなかったと思うんです。「だったら、今度は自分が心を開く番なので……」というのをAnnabelさんにお伝えして。そしたらAnnabelさんも、あくまで私の想像ですけど、ご自身と身近な誰かとの関係を掘り起こしながら書いたであろう歌詞をくださって、もう「素敵です!」としか言いようがありませんでしたね。

──「かえりみち」の歌詞は「anemone」と同じく等身大でありつつ詩的で、「車窓を流れていく無数の雨露が 軌道外れ 自由に散らばって」のあたりは旅情を感じました。

絵が浮かびますよね。個人的には、私は新幹線で富山と東京を行き来しているので、富山に帰省したときの思い出がよみがえってきて。自分の体験とも合致して、情緒的な気持ちになりました。

──蓮尾さんの楽曲もソウルフルでありつつシンプルにキャッチーというか、「anemone」よりもポップス然としていて。上田さんのボーカルも清々しいですね。

そのキャッチーさみたいなものも、このときの私の心情とぴったり重なっていて。それも本当にお見事ですし、たぶんこの曲は何も考えずに聴けるというか、すうっと耳に馴染んでくれるんじゃないかと思います。

“四季シリーズ”は壮大な日記

──そして最後の曲「とっておきの便箋」の作詞作曲は「いつか、また。」と「旋律の糸」(「Empathy」収録曲)の作詞、および「リテラチュア」(2020年10月発売の2ndシングル表題曲)の作詞作曲をなさったRIRIKOさんで、編曲は「アリアドネ」の編曲をなさったSakuさんですね。

私の役者仲間の黒沢ともよちゃんが、RIRIKOさんが書いてくださった「リテラチュア」をすごく好きでいてくれていて。

──黒沢さんはアニメ「魔女の旅々」(「リテラチュア」は同作のオープニングテーマ)に出演されていましたね。

そうなんですよ。その縁もあって2人で話をしていたとき、ともよちゃんが「(上田は)RIRIKOさんと言葉の相性がいいんだね」と言ってくれて、なるほどなと思ったんですよ。今回の「とっておきの便箋」にしても、もともとRIRIKOさんは“寄り添い力”の高い方なんですけど、私が細かくお伝えしたアルバムのテーマやそのバックボーン、この曲でやりたいことを全部汲んだうえで、私の声や性格、ものの見方に馴染む言葉を丁寧に選んでくださって。だから今回も、デモを聴いた時点で私は涙を流し……。

──タイトルの通り手紙のような曲で、伝えたいメッセージも明確ですね。

「私、生まれてきてよかったよ!」みたいな(笑)。つらいこともモヤモヤすることもたくさんあったし、大切な人との関係も決して良好だったとは言えないけど、仮に人生をもう一度やり直すことになっても同じ道を選ぶと思えるぐらい、今、私は楽しく生きていますよと、伝わったらいいな……集大成ですしね。

──この曲は「笑顔で」という言葉で終わりますが、上田さんの歌声からも笑顔が見える感じがします。

ちょっと照れてしまいましたけどね。やっぱり意識して出しづらい感情というのがあって。

──それは演技とは違うものですか?

いや、一緒ですね。アフレコのときも「うれしい」とか、そういう気分が浮き立つような、心臓が持ち上がる感じを出すのはけっこう苦手なんですよ。逆に内臓が下がっていくような、怒りとか悲しみのほうがたぶん得意で。だから「とっておきの便箋」のレコーディングは正直、恥ずかしかったです(笑)。

──ともあれ「どうか大切な人よ あなたもあなたでいてね」と笑顔で伝える「とっておきの便箋」は、「肯定」をテーマにした「Atrium」のラストナンバーとしても、四季シリーズを締めくくる1曲としても申し分ないのでは?

そうですね。最後にお手紙としてメッセージが届くというのも、素敵だなって思います。

──四季シリーズは、上田さんにとってどういうものでした?

壮大な日記ですね。ここで得られた温かい気持ちとかが、これからの自己肯定感みたいなものにも深く関わってくるだろうし、この分野においてはかなり自分の根っこに近いところまでさらけ出せたと思っていて。でも同時に、私の中にはまだカオスな部分がいっぱいあるから、空っぽに、“無”になっているわけではないんです。だから、これが上田麗奈のすべてではないけれど、上田麗奈の一部はちゃんと残せました。

上田麗奈

──「Empathy」で初めてお話をお聞きしたとき、上田さんは「もともと私は歌うことがすごく苦手というか……嫌いと言ってもいい」とまでおっしゃっていましたが、そんな音楽活動も肯定できている。

はい。そこに正解も不正解もない気がするし、結果的にやってよかったなと。ただ、それは「歌うのが楽しい!」みたいな感情が沸き起こっているというよりも、客観的に見て「よかった」という分析がある感じですね。不安もいっぱいあったけど、それ以上に得るものがあったなあって。

──上田さんの中で何か変化はありました?

音楽活動をやったことで、例えば人生観が変わったとか世界が広がったとか、そういうロマンチックなことはなくて。単純に経験値として引き出しが1つ増えて、この引き出しが今後のお芝居をはじめとする表現活動に影響を与えていくだろうし、今後の自分を助けてもくれるんだろうなという予感があります。そういう意味では、だいぶポジティブですね。音楽活動を始めるべきか迷っていたとき、ある先輩に相談したら「全部、お芝居に返ってくると思うよ」と言われたんですけど、その言葉がきっと本当になる。そんな現実的な手応えがあるというか……うん、“手応え”という言葉に尽きる感じですね。

プロフィール

上田麗奈(ウエダレイナ)

81プロデュース所属の声優。2016年12月にミニアルバム「RefRain」でランティスからアーティストデビュー。2018年2月に1stシングル「sleepland」を発表した。2020年3月にフルアルバム「Empathy」、10月に2ndシングル「リテラチュア」をリリース。2021年3月に東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)でワンマンライブ「上田麗奈 1st LIVE Imagination Colors」を開催した。同年8月にはアルバム「Nebula」を発表。2022年10月にミニアルバム「Atrium」をリリースした。