上田麗奈「Atrium」インタビュー|四季シリーズ最終章で紡ぐ、“肯定”の物語 (2/3)

「RefRain」の頃は、身の周りに有機物が一切なかった

──「履き慣れてない靴のままで」の上田さんのボーカルもほどよく明るくて、なおかつ力強さも感じました。

本当ですか? ここでの私はある種、達観しているんですけど、人は達観すればするほど感情の振れ幅は小さくなっていくと思うんですね。でも、振れ幅が小さくなっていく中でも芯の強さみたいなものや、何かに挑んでいく前向きさ、過去を踏まえたうえで自立していく感じが出たらいいなという気持ちで歌っていたら、思ったよりも強めな声になっちゃって。それを「明るい」と捉えてもらえるのかどうかという不安が実はあったんです。あと、これまでの歌い方よりも強さが出てしまったのはいいことなのかな?という疑問を抱いています、今。

──いいことなのでは?

いいことなんですかね? 1曲目からこの強さで来られたら、びっくりしないかなって。

──びっくりさせていいと思いますよ。僕は、「Empathy」のインタビューのときに上田さんが1曲目の「アイオライト」について、ポップな楽曲に比してダウナーな歌声になってしまったというお話をされていたのが印象に残っていて(参照:上田麗奈「Empathy」インタビュー)。

言われてみれば、だいぶ変化がありますね。“春”の「Empathy」よりも明るくなっているのかな。

──「アイオライト」は「アイオライト」であのバランス感覚が絶妙でしたが、「Atrium」は全体として音作りもボーカルも人間味があるというか。その点において無機質な「RefRain」と対照的だと思いました。

なるほど。音的にも「RefRain」は冷たくて本当に“冬”という感じだし、あのときは制作チームが今と違っていたこともあってピッチもきれいに整っていましたね。当時の私は言いたいことがいっぱいあったし、いろんなものを抱え込んでいたけれど「何も言いたくない!」みたいな状態で。それが詞にも乗っていたのでモヤがかかったようになって、より無機質というか、何者かわからない感じになったのかもしれません。

上田麗奈

──「RefRain」は自己紹介のアルバムなのに。

本当ですね。あの頃は、私の身の周りに有機物が一切なかったんですよ。「RefRain」を作っていたのは、家に冷蔵庫がなかった時代で。

──僕も半年ほど冷蔵庫のない生活を送ったことがありますが、キツくないですか?

いや、家に食べ物とか、あとお花とかもそうなんですけど、朽ちていくものがあるのがつらいというか、朽ちていくスピードについていけなくて。「これを、今日中に食べなきゃいけないのか……」みたいな。壁紙も全部黒だったので、真っ黒い部屋にソファーとベッドが置いてあるだけで、あとは何もなくて。部屋は自分の心を映すなんとやらと言いますけど、その通りな感じでした。でも今は物にあふれていて、猫ちゃんもいて当時とはだいぶ違うので、それが表れているんでしょうね。

今回はメッセージソングを作りたいという気持ちが強かった

──2曲目の「マイペース」は作詞がおかもとえみ(フレンズ)さん、作編曲がJUVENILEさんという「はじめまして」のお二人ですね。

はい。“陽”の気を感じるお二人でした。

──“陽”の気ですか。

実は、おかもとさんとはまだ直接はお会いできていないんですけど、初めてご一緒するということもあり、制作中は細かく作詞のやり取りをさせてもらいまして。私はどう考えても“陰”寄りなので、「マイペース」の歌詞はポジティブな人がポジティブでいるというよりは、ネガティブな人がポジティブになろうとしている感じにしたかったんです。そこに向けてお互いに歩み寄っていった結果、私は気分を持ち上げてもらい、いい塩梅のところに着地できたかなと。詞も曲もすごく気に入っています。

──ここでは、上田さんが自分のペースで歩くことを肯定しているわけですよね。

そう、歌詞そのままです。今までは、ある状態をそのまま記すような曲が多かったんですけど、今回はメッセージソングを作りたいという気持ちが強かったので、たぶんどの曲もわかりやすいと思います。「マイペース」の歌詞の背景としては、私が18歳で上京したとき「東京で自立して、ようやく自分の足で歩いていけるんだ」みたいな状態になったというのがあって。ホームシックになるというよりも、ここから自由に羽ばたいていける気がしたんですよね。声優の養成所に通っていた10代の私は、尖りに尖っていて……。

──尖っていましたか。

1番にならないと生き残れない世界だと思っていたので。それもあって“自立”というものに憧れや執着みたいなものがあったんじゃないかなあ。

──「Nebula」でもそうだったように、上田さんの個人的な体験を楽曲を通して一般化しているといいますか。

本当にその通りですね。私の思い出の中で引っかかったポイントは“上京”なんですけど、そこはさっきお話しした裏テーマと同じく、聴いてくださる方にとってはあまり重要ではないというか。聴くタイミングや状況によって思い浮かべるビジョンは違ってくるでしょうし、どんな受け取り方をしてもらってもいいんです。

──「マイペース」は2拍子でリズミカルに歩いていく感じがよく出ていますが、Bメロがトラップビートになっていて緩急もありますね。そこに乗る上田さんのボーカルも緩急があって。今回も通しでレコーディングしているんですよね?

全曲、通しで録っています。ルンルンなAメロと比べて、Bメロは自分の置かれている状況を含むいろんなものに対する若さゆえの不満がちょっと出ていて。だから緩急も付けやすかったんだろうなと、今振り返って思いました。今回はメッセージソングにしたからなのか、曲と歌詞をもらって、私自身がそれを読解するのにあまり時間がかからなくて。悩みながら何パターンも録って、その中からどれを選ぶか熟考するというよりも、なんとなくみんな「こっちだよね?」という合意があったような気もしているんです。

──それが先ほどおっしゃった「録り始めてからの時間はどの作品よりも短かった」につながるんですね。

たぶん、手応えがなかった気がするというのはそういうことで。アフレコでもOKテイクがすぐに出ちゃうと「本当に大丈夫だったのかな?」と心配になるのと同じで、制作チームの皆さんとああだこうだ言いながら試行錯誤する時間が少なかったので「あきらめられてしまっているのか?」と、ちょっと不安になったんですよ。

──作家の方々からのディレクションなどは?

プリプロに来てくださる方は多くて、皆さん「いいですね!」と言ってくださるんですけど、私は心の中で「嘘だ!」みたいな(笑)。それも不安材料の1つになっていて。でも今回は、私のやりたいことをチームの皆さんが隅々まで把握してくれていたから、自ずと筋道ができていたのかなと思うようにしています。

1人暮らしの女の子の複雑な胸の内

──続く「金魚姫」は作詞作曲がORESAMA、編曲が小島英也(ORESAMA)さんですね。ORESAMAは「Empathy」で「あまい夢」を手がけていましたが、この「金魚姫」も同路線のかわいらしいディスコナンバーで。

本当にかわいいですよね。実は、このミニアルバムはもともと全7曲にする予定で、「金魚姫」は当初のプランにあった3曲目と4曲目を1つにした曲なんですよ。

──ああ、だから2コーラス目で曲調が変わっているんですね。

そうなんです。もともと想定していた3曲目は、上京してからちょっと時間が経って、東京にも慣れてきて「1人が楽しい」という状態を表そうとしていて。その一方で、絶対に切れない人間関係もあれば、東京で生まれた新しい人間関係もあって、結局何かに縛られてもいる。それをネガティブに捉えていた反抗期みたいな時期を4曲目のお題にしていたんです。でも、ボスが「『Atrium』を全6曲にすると『RefRain』と同じ曲数になるから、一巡した感じも出るんじゃない?」と提案してくれて。思い返せば、当時の私にはルンルンとモヤモヤが同居していた気がするので、つなげるならこの3、4曲目かなと。そして、「それができるのはORESAMAさんかな?」「小島さんならきっとできる!」という話になって。

──できちゃいましたね。

できちゃいました。ぽん(ORESAMA)さんの歌詞がまた素晴らしくて、1人暮らしの女の子の複雑な胸の内を見事に表してくださいましたね。

──上田さんのボーカルもトラック同様にかわいらしいというか、若いですね。

確かにまだ若さが出ているというか、人魚姫じゃなくて「金魚姫」だから金魚鉢の中の世界しか知らないんだけど、その中を自由に泳げているだけで楽しいみたいな。そこがすごくかわいくて「ああ、そんな時期もあったな……」と昔の自分を思い出して、声も自然とかわいらしい感じになりました。

上田麗奈

──ふわっと軽快な1コーラス目から、2コーラス目に入るといきなりチルアウトしますが、歌詞に「沈んでしまう 水槽の底」とある通り上田さんの歌も水中に沈んでいくようで。

「1人でいるのが幸せなのに……」と、どんどん自分の世界に没入していくというか。ちょっと現実から切り離されてしまっている危うさと寂しさみたいなものが、2番以降はけっこう出ていて。この曲はどういうふうに受け取ってもらえるのか、未知数なところがありますね。「履き慣れてない靴のままで」とか「マイペース」ほどわかりやすいメッセージがないので……。

──お話をお聞きしながら、上京して「1人が楽しい」だけでは済まない感じが上田さんっぽいなと思っていました。

じゃあ、私の個性が出ちゃっている曲なんですね。

──出ちゃったほうがいいんじゃないですか? 上田さんの曲なんですから。

それはそうですね。うん、確かにこの「金魚姫」と次の「アンダンテ」はメッセージを伝えるというよりも、今までのように状況を記すほうに寄っているのかな。