上田麗奈「Atrium」インタビュー|四季シリーズ最終章で紡ぐ、“肯定”の物語

上田麗奈がミニアルバム「Atrium」を10月5日にリリースした。

上田は2016年リリースの“冬”をイメージしたアーティストデビューミニアルバム「RefRain」を皮切りに、“春”をコンセプトとしたアルバム「Empathy」、”夏”のアルバム「Nebula」を発表してきた。ミニアルバム「Atrium」は“秋”をコンセプトとした、四季シリーズの最終章となる作品。「肯定」をテーマに、自身の経験や思いを注ぎ込み、かつリスナーの心に寄り添った全6曲は、松井洋平、田中秀和、おかもとえみ(フレンズ)、JUVENILE、ORESAMA、山田かすみ、笹川真生、RIRIKO、Saku、siraphのAnnabelと蓮尾理之という多彩なアーティストとともに作り上げられた。

上田はミニアルバムを通して何を肯定したかったのか? また彼女にとって四季シリーズとはどのようなものだったのだろうか? 上田のこれまでの音楽活動の集大成とも言える本作について話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 星野耕作

音楽活動をする理由は「自分を残す」ため

──上田さんの“四季シリーズ”最終章のテーマが「肯定」だと知ったとき、ただただ「よかったですね」と思いました(参照:上田麗奈のミニアルバム「Atrium」にORESAMA、おかもとえみ、siraphら参加)。

ありがとうございます(笑)。ずっと不安がっている私を知ってくださっているからですね。自分の全部を肯定するとなるとなかなか難しいんですけど、なんとなく「肯定」というものの仕組みが理解できたというか。自分の何をどう肯定すればいいのかが以前よりもわかってきて、だから今回、そのテーマで何か書けるかもなって。

──今回もやはり過去作とは作風が違いますね。そのときの状態や気の持ちよう次第で、同じことができない人なんだろうなと。

そうかもしれないです。でも、自分の中では一貫しているというか、そこまで作風を変えようと思っているわけではなくて。本人としては「RefRain」(2016年12月発売の1stミニアルバム)からずっと“上田麗奈感”みたいなものを感じてはいるんですよ。

上田麗奈

──もちろん上田さんの美意識みたいなものはどの作品でも一貫していると思っていまして。それは「Atrium」にも言えることで、相変わらず丁寧に作られているのを感じます。

それならよかったです。プリプロが始まる前の、1人で準備する時間は今までのどの作品よりも長かったんですけど、録り始めてからの時間はどの作品よりも短かった気がするんですよね。だから手応えがないまま終わってしまって。

──1人で準備というのは、具体的には?

携帯のメモ帳に、アルバムのテーマ、タイトル、1曲ごとの内容、トータルで何を伝えたいか、誰に届けたいか……そういうのをバーッと書き記して、改稿に改稿を重ねていくという作業に何カ月もかけました。ある程度まとまったところで、そのテキストを制作チームに共有して「どうでしょう?」みたいな。

──毎度、基礎工事から自分でやっている感じですよね。人によっては「今回はこの曲を歌ってください」と上から楽曲を与えられるケースもあると思いますが、そうはならない。

キャラクターソングだと、原作者さんや監督さんや脚本家さんによって作品が作られているから、そのカラーに自分が染まりにいくような感じがあって。普段の声優の仕事でもどうしても受け身になってしまう部分があるんです。そこに関してはそういうものだと思っていますが、音楽活動をすると決めたとき、それをやる理由として「自分を残す」というのがあったから、自分でやりたがるんでしょうね。見方を変えると、こんな音楽素人の私が無茶を言い出しても「いいよ」「できるかできないかで言ったら、できるよ」と返してくださるランティスの皆さんの懐が深すぎて。そうやって受け止めてくれるから、私も自由にやれている。今回もそんな感じでした。

集大成と言えるようなものを作ろう

──タイトルの「Atrium」は「吹き抜け」や「中庭」といった、周りを建築物に囲まれた空間を指しますが、これは「肯定」というテーマとどうつながってくるんですか?

空が見えて明るくて、周りのどの部屋からも出入りできる場所というのが、私の中で「肯定」というものとすごく重なって。どの年代の私でも、どの感情の私でも、そういう穏やかでどこにでも飛んでいけそうな場所にちゃんと通じていて、そこに出たら「自分は自分だし」みたいに思える。そんなイメージです。

──素敵な発想ですね。そんな「Atrium」に参加した作家陣は、オールスター感があるというか。

アベンジャーズです(笑)。

──2曲目の「マイペース」以外は、上田さんにとって馴染みのある方ばかりで。

今回は集大成と言えるようなものを作ろうという意思が、私の中にもチームの皆さんの中にもあって。この「Atrium」の軽やかさに合いそうという前提で、上田麗奈の扱い方というか「上田麗奈でこう遊んだら楽しい」というのをわかってくださっている方々にお願いしたかったのと、その中でも「はじめまして」の方がいたほうが面白いんじゃないかというボス(上田のディレクター)の提案もありました。

上田麗奈

──「Atrium」に収録された6曲は、1曲ごとに個別の状態あるいは行動を肯定しているようにも捉えられるし、6曲が緩やかにつながっているというか、6曲を通して1つの肯定に向かっているようにも見えるのですが……。

まさしくその通りです。最終的に“今の自分”にたどり着くように、緩やかな流れは念頭に置いていて。例えば18歳で富山から上京したときの私とか、そこから1、2年経ったときの私とか、過去を振り返ってリアルに体験したことを思い起こしながら、1曲目が終点になるように。曲順でいうと2→3→4→5→6→1という順番で組み立てていったんですね。

──なるほど。

じゃあ、何をベースに自分の過去を振り返るか、アルバムの流れを作るかを考えたとき、これはあくまで裏テーマみたいなものなんですけど、身近な他者との関係をベースにしようと思ったんです。というのも、自分の価値観とか生き方は自分自身で作り上げたものでありつつ、特定の誰かからの影響が色濃く残っているところもあって。その影響は私のネガティブな部分にも反映されているから呪いみたいなものにもなっているし、同時に私を守ってくれてもいるんですけど、そうやって与えられたものによって作り上げられた自分というものをずっと認めることができなくて。

──はい。

だから自分に自信がないとかマイナスの感情が生まれてもいたんですけど、そのわだかまりのようなものを客観視してみようと。音楽活動でもそのときどきの自分を残してきたし、他者の影響下にある自分とちゃんと向き合って、結果、認めることができたら自分のことをもうちょっと温かく見られるかもしれない。それによって、この曲たちを聴いた人が何かしらのメッセージを受け取ってくれたら……と思いながら作っていったので、6曲でひと続きの物語でもあるし、1曲ごとに独立した物語がある短編集的なものにもなっています。

自分のために、もっと自由に振る舞ってほしい

──1曲目であり終点でもある「履き慣れてない靴のままで」は作詞が松井洋平さんで、作編曲が田中秀和さんです。お二人は「ワタシ*ドリ」(「RefRain」収録曲)と「Walk on your side」(2020年3月発売の1stフルアルバム「Empathy」収録曲)を制作したコンビですね。また松井さんは「RefRain」で全曲の作詞に関わっているほか、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDとして「毒の手」(「RefRain」収録曲)「Poème en prose」「scapesheep」(いずれも2021年8月発売の2ndフルアルバム「Nebula」収録曲)を手がけてもいます。

松井さんはずっと、そのときどきの上田麗奈を見てくれている方ですね。

──「履き慣れてない靴のままで」の歌詞は、おろしたての靴を自身の行動や視界を制限する枷みたいなものに見立てていて、面白い着眼点だと思いました。

新しいことに挑戦するのはすごく怖いし、不安だし……そういう気持ちはライブ(2021年3月に開催された「上田麗奈 1st LIVE Imagination Colors」)のときにも感じたし、普段の生活の中でも感じているけれど、そんなときでも気の向くまま、好奇心が掻き立てられるままに動けたらなあ、みたいな。着地点はそこなんですけど、歌詞の元となった考え方は、例えば何かに従事していて、その間は自分のやりたいことを我慢してきた人に対して「自分のために、もっと自由に振る舞ってほしい」というもので。この曲を聴いた人もそうあってほしいと、松井さんにはお伝えしました。そしたら、軽やかでありつつ「選ばなかったことだってきっと 今日をつくってるとわかってきたよ」と、ちゃんと重みもある歌詞を書いてくださって。

──何かを選択したことも、選択しなかったことも肯定していると。

そうやって今の自分ができあがっているし、その自分のままでいい。

上田麗奈

──作編曲の田中さんには、何か具体的なオーダーをしたりは?

田中さんも上田麗奈の扱い方を心得ているので、自由に作っていただきました。最初にご一緒したのは「ハナヤマタ」(2014年放送のテレビアニメ。オープニングテーマ「花ハ踊レヤいろはにほ」の作編曲を田中が担当した)という作品だったんですけど、さっきおっしゃったようにソロでも2曲作っていただいていますし、今回は“集大成”ということだけ伝わっていれば安心だろうなと。

──ブラスを効果的に使ったほどよく華やかなポップスで、プログレっぽく展開する間奏などを聴くに、今おっしゃった通り自由に作られたんだろうなと思っていました。

私もこの間奏を聴いて最初は「へんてこだなあ」と思ったんですけど、そのへんてこさが大好きで。こういうカオス感は「ワタシ*ドリ」のときからあったので、田中さんが抱いている上田麗奈のイメージって、たぶんこれなんだろうなって。ただ明るくてパワーがあるだけじゃなくて、どこか歪んでいる。「これは、きれいな器ではないよね」というのが見えるのが、この四季シリーズの集大成っぽくてすごくいいなと思いました。