武部聡志×綾小路 翔(氣志團)|2枚のトリビュートアルバムがあぶり出した 偉大なるヒットソングメーカー 筒美京平の真実

日本が誇るヒットソングメーカー・筒美京平が2020年10月、惜しまれつつこの世を去った。

いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」、尾崎紀世彦「また逢う日まで」、ジュディ・オング「魅せられて」、太田裕美「木綿のハンカチーフ」、近藤真彦「スニーカーぶる〜す」、NOKKO「人魚」、小沢健二「強い気持ち・強い愛」、TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」……氏が世に遺したヒットソングは枚挙にいとまがない。国民的テレビアニメ「サザエさん」のオープニングなど、至るところで目にする「筒美京平」の4文字は、老若男女問わず浸透しているだろう。日本におけるシングル総売り上げNo.1の記録は、小室哲哉やつんく♂など多作なヒットメーカーをしても塗り替えられそうにない。

2021年春、異なる視点で制作された2枚の筒美京平トリビュートアルバムが誕生した。1980年代より筒美作品の編曲を手がけてきた武部聡志が陣頭指揮を執った公式トリビュート「筒美京平SONG BOOK」と、氣志團が情熱のみで作り上げた“非公式”トリビュート「Oneway Generation」。選曲もサウンドアプローチも異なる2枚のアルバムから見えてくるのは、人々を惹き付けてやまない筒美京平ソングの奥行きの深さと、耳に残る圧倒的なメロディの存在感だ。筒美の愛弟子である武部と、幼少期から筒美楽曲に魅了され続けてきた氣志團團長・綾小路 翔は、それぞれどのような思いを持ってこれらのアルバムを作り上げたのか? 2人の対談で、偉大なる作曲家の魅力を紐解く。

取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 草場雄介
綾小路 翔 衣装協力 / GalaabenD

やたらとよく見る「筒美京平」の4文字

綾小路 翔(氣志團) 僕は子供の頃から「明星」の愛読者で。「明星」には「ヤンソン」という歌本が付いていて、そこでよく「筒美京平」という名前は目にしていたんです。やたらとよく見るし、きれいな名前の人だと思っていたけど、作曲者として意識したのはだいぶあとの話ですね。はっきりと意識したのは1997年、「HITSTORY / 筒美京平 ULTIMATE COLLECTION 1967~1997」という8枚組の全集が出たんですよ。それを誕生日プレゼントでもらったんです。くれたその子がすっごい筒美京平マニアで。

武部聡志 すごいね。そんな子がいたんだ。

綾小路 木更津の仲間で、アイドルにめちゃくちゃ詳しいレースクイーンだったんですけど(笑)。昔から好きだったあの曲もこの曲も……「俺はほとんど筒美京平でできていたんだ」とそのときに初めてわかって。もう1人、木更津の同級生でモデルとして活躍していた櫻田宗久くんも筒美京平マニアだったんですけど、彼はのちに筒美先生に曲を書いてもらっているんですよ(1997年5月発売の1stシングル「愛の奴隷」をはじめ、「恋の呪文はヤムヤムヤム」「純情ハートブレイク」とすべてのシングル表題曲を筒美が書き下ろしている)。

──筒美さんは「日本でもっとも多く楽曲を知られている作曲家」と言えると思いますが、一方で筒美さん個人がどういう方なのかはほとんど知られていない、不思議な方という印象です。武部さんは素顔を知る数少ない関係者の1人ですね。

左から武部聡志、綾小路 翔(氣志團)。

武部 僕にとってはね、やっぱりグループサウンズの時代をリアルタイムで経験しているから、GSが筒美京平という名を知るきっかけでした。そして昭和の高度成長の一番いい時代、いしだあゆみさんの「ブルーライト・ヨコハマ」や尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」……1971年のレコード大賞(「第13回日本レコード大賞」)は「また逢う日まで」だけじゃなく、作曲賞(平山三紀「真夏の出来事」)、新人賞(南沙織「17才」)、歌唱賞(渚ゆう子「さいはて慕情」)、大衆賞(堺正章「さらば恋人」)と京平さんが総なめだった。

綾小路 ……すっごいなあ。

武部 自分の曲同士で争ってる(笑)。そんな奇跡のような年があってね。そのとき僕は思春期で、どこかで歌謡曲をバカにしていたんです。自分たちはロックをやっているから。でも、否が応でも筒美京平の楽曲が耳に入ってくるわけですよ。逃げようがないというか。まさかそのあと自分がプロのミュージシャンになって、一緒に仕事するなんて想像もしていなかったわけで。1985年に、斉藤由貴さんの「卒業」で初めて京平さん、松本隆さんと出会ったとき……そのときお二人はすでにゴールデンコンビでしたよね。

綾小路 まだお若い頃ですよね。

武部 うん、僕はまだ駆け出しのアレンジャーで。京平さん松本さんの曲で絶対に失敗はできない。これを成功させなければ音楽家としての人生は終わってしまう、というくらいの覚悟と意気込みで臨みました。京平さんは編曲のスペシャリストでもあるから、1970年代まではご本人がアレンジすることが多かったんですよ。その後だんだんと、若いアレンジャー何人かをブレーンとして抱えるようになって。僕より上の世代だと、萩田光雄さんや馬飼野康二さん、船山基紀さん。同世代だと鷺巣詩郎さんとか新川博さんとか。その中で僕は“文学系アイドル”を振られることが多かった。斉藤由貴さんや薬師丸ひろ子さん。ちょっとやんちゃなアイドルなら別の誰か、みたいな使い分けが京平さんの中にはあったんだと思う。

──楽器を選ぶようにアレンジャーの特性を見極めていたのでしょうか。

武部 そうでしょうね。最初に僕が「卒業」でアプローチした編曲を気に入ってもらえたのか、すぐにいろんなお仕事をいただくようになって。今回のアルバムに収められているようなシングルとして目立った作品以外の楽曲も京平さんとはかなり多く共にしましたね。

──アレンジに関して筒美さんから細かい指示はあるんですか?

武部 譜面には簡単なことしか書いてないんだけど、京平さんの曲には絶対に変えちゃいけないところと、ここは自由に変えていいよというところがあるんですよ。デモを聴けば「あ、ここは絶対に変えようがないな」という場所はわかるんです。

綾小路 へえー!

武部 自由にしていい部分と、絶対に動かしてはいけない部分をどう汲み取るかもアレンジャーの腕の見せどころ。試験を受けてるみたいですよね、毎回。でも譜面には合いの手まで書いてある。「このメロディに対してストリングスで合いの手のフレーズを入れて」とかね(笑)。現場が好きな方でしたから、レコーディングには必ずいらして、その場で「ここはこう変えたら?」「ここにこれを入れたら?」とアイデアを出してくれるんです。小泉今日子さんの「夜明けのMEW」では「愛をごめんね」のあとに「ごめんね」と追っかけのコーラスが入ってますけど、あれは京平さんがその場で入れなさいと指示を出したんです。すごいのは、そのまま追っかけるんじゃなくて「ごめん↑ね」とメロディをちょっと変えてるんですよ。言われた通りに録ってみると、それがすごくハマる。そういう勘が鋭いというか、ヒットに対する嗅覚がすごく優れた方なんだと思います。……ごめんね、しゃべりすぎちゃって。

綾小路 いやいや、そういう話が聞きたかったんですよ、今日は。僕がしゃべりたいことはそんなにないんですって!

矢島美容室で交わった2人

武部 そういえば翔くんと僕には過去にちょっとしたつながりがあって。矢島美容室(とんねるずとDJ OZMAによるユニット)ね。

綾小路 そうですね。「アイドルみたいに歌わせて」(2010年4月発売のシングル。「矢島美容室 feat. プリンセス・セイコ」名義で松田聖子がゲスト参加した)。

武部 あれ、よく聖子さんに参加してもらえたよね(笑)。

──「アイドルみたいに歌わせて」はモータウンサウンドのような洋楽フレーバーを歌謡曲に落とし込んだ曲、という意味では筒美京平楽曲の直系とも言える曲ですよね。

左から武部聡志、綾小路 翔(氣志團)。

武部 そうそう。奇しくも「アイドルみたいに歌わせて」というタイトルで、かつてのアイドルを多分に意識した曲作りだったと思うし、それを昭和のアイドルのアイコンである松田聖子が歌うところがね。架空のグループにしてはとんでもないことをやっている。

綾小路 ジャケット撮影のときに初めて失神しそうになりました。すぐ隣に聖子さんがいたから、緊張しすぎて息を止めてたんですよ。写真撮ってたらだんだん意識が遠くなってきて、「あれ? なんで苦しいんだろう?」と思ったら単純に息をしてなかったっていう(笑)。

ヒットへの執念が感じられる“釣り針”

──この2枚のアルバムを比べると、昭和の“セ・パ”感というか、当時の巨人×南海戦のようなコントラストですね。武部さんの圧倒的な巨人軍感。

綾小路 あっちは武部さん、亀田(誠治)さん、本間(昭光)さん、松尾(潔)さん、小西(康陽)さん、(西寺)郷太(NONA REEVES)くん……プロデューサー陣だけでも優勝してるのに(笑)、あのナインがそろったらもう……みたいな。そこに往年の南海、はたまたロッテ、いやもはや草野球チームが勝負を挑んでいるようなものですよ。曲は素晴らしいものばかりなんですけど、どうにも拭えぬ氣志團の草野球感たるや……(笑)。

──奇しくもどちらも12曲入りと曲数までそろっているのがいいですね。もちろん申し合わせたわけではないんですよね?

綾小路 そうなんですよ、まさかの。

武部 翔くんが今回のアルバムをやろうと思ったのは、京平さんが亡くなったあとなの?

綾小路 はい。亡くなられたときに、「あれ、筒美京平はもういないんだ」という不思議な喪失感があって……やっぱり心のどこかでいつかはお会いしたいという気持ちがあったから、もう会えないという事実が飲み込めずにモヤモヤしていたんです。ちょうどその頃、氣志團のオリジナルアルバム制作の話が上がっていて。新曲をどうするかなんて話しているときに、突然話をさえぎって「筒美京平トリビュートを作るべきだと思うんだ」と言ったら、みんなに「急にどうした」という目で見られましたけど、僕らはおぎやはぎみたいな関係なんで(笑)、「まあ、團長がやりたいんだったらやらせてあげたいけど」と話がスルスル進んだんです。

武部 選曲は翔くんが中心に?

綾小路 はい。最初は100曲、そこから50、20、15……と絞ったところで、ついにメンバーが「申し訳ない、お前がやりたいことは全部やらせてあげたいんだけど……ちょっと俺たちが知らない曲が多すぎる」と(笑)。「C-C-Bをやるのはいいんだけど、普通『Romanticが止まらない』なんじゃない?」「いやいや『スクール・ガール』でしょ、氣志團だぜ俺たち。歌詞の内容見たのかよ」なんて話して。最後の最後に「スクール・ガール」ではなく「Romanticが止まらない」を選んで、ほか何曲か調整しましたけど、基本的には好きにやらせてもらいましたね。

武部 氣志團の選曲を見てね、これは筒美京平のある側面を切り取ってるなと思ったの。京平さん自身はすごく知的で上品で、おしゃれな都会人だったけど、作る曲の振れ幅たるやかなり幅広くて。ソウルベースのものもあれば、ロックンロールもあれば、日本人の心に沁みる泣ける曲もある。その膨大な振れ幅の中から、氣志團に合う曲をよくもまあこう的確にピックアップしてるなと。稲垣潤一さんの「夏のクラクション」なんてシティポップの範疇だけど、あれをスカにアレンジしているのは発明だと思う。

綾小路 いえいえ。本当は、全部ストレートにカバーしたかったんですよ。まず、稲垣さんならやっぱり「ドラマティック・レイン」を選ぶところですけど、僕らは「夏クラ」なんです。売野雅勇先生のアーバンな歌詞が、都会に憧れる田舎モンの感性に合う。ただ、いざやってみようと思ったら、稲垣さんのアーバンな感じが僕らの体の中にはなくて(笑)。全然シティポップにならないんですよ。どうしてもやりたいけど、このままでは俺たちには無理だ……といろいろやり尽くした結果スカにしてみたら、ギリギリ俺たちらしくなったかなと。

武部 素晴らしい発想だと思ってさ。あと中村雅俊さんの「時代遅れの恋人たち」も、倍の8ビートにしてるでしょ。あれもいいアイデアだなと思った。

綾小路 元はカントリーに近いアレンジで、さすがに難しいからロカビリーっぽくしてみたらどうかなって。俺たちの体の中にある代用品でどうにかこうにかみたいなことで……でもやっぱり演奏してみると、同じ人が書いたとは思えない曲がたくさんありますし、一方で必ずどこかに共通する、ヒットへの執念のようなものを感じる。どこか引っかかる、引っかける釣り針みたいなものがあちこちにあるんです。だからレコーディング中、メンバーもずっと歌ってるんですよ。メロディが引っかかりまくるんで、ついつい口ずさんでしまう。

──カバーをするということはつまり、筒美京平楽曲の根っこに触れて肉付けをしていく作業だから、その仕組みの部分に改めてハッとするような、分解して初めて見えてくる引っかけ針もあるのでしょうか。

綾小路 そうですね、まさに。