ナタリー PowerPush - 冨田勲×宇川直宏
電子音楽の巨匠が描く新たな世界
記憶の断片をかき集めたジャケット・デザイン
宇川 今回の「展覧会の絵」のジャケットについても話しておきたいと思います。このアートワークは、冨田先生が当時「展覧会の絵」の制作中に脳内に思い描いていたビジョンについて僕が先生にインタビューをし、記号と情景を書き留めて、そのすべての情報を投入して構成したものです。キエフの門、ダリのようにゆがんだ時計、目の前は機械で奥には自然がある。そして遠くに島が見える。瀬戸内海のような澄んだ海。神戸から船に乗って、夜が明けたら雲1つない晴天で、島が海の中に点在していたという……。先生に伺ったその記憶の断片を描いてみたんですけど、近い仕上がりになりましたか?
冨田 はい、まさにこの通りです。非常によくマッチしていると思いますね。
宇川 ありがとうございます。そして「イーハトーヴ交響曲」のジャケットは、空山基さんにイラストレーションを描いていただいています。今回、僕がアートディレクターとして空山さんにお願いした経緯なのですが、まず冨田先生の代表的な作品のジャケットがエアブラシやアクリルで描かれたイラストレーションの世界だということ。そして初音ミクは実写としては存在しない架空のキャラクターであり、イラストレーションでようやく具現化する記号であるということ。その冨田勲と初音ミクという2つのフューチャリスティックイコンをどういうふうに取りまとめたら効果的なのかを考えたときに、これはやはり70年代よりロボットとアンドロイドを描き続けてきた空山さんしかいないだろうと。しかも空山さんはAIBOのデザイナーでもある。この、もう1人の世界的アーティストである空山さんが満を持して描くボーカロイド、そのイラストを自分が最終的にコラージュしてジャケットとしてまとめました。
冨田 そしてこの後ろにあるのは岩手山ですよね。
宇川 はい。大鷲もばっちり描いています。
冨田 僕は大鷲を見たときに本当に力強さを感じまして。上の溶岩ドームが溶けてきたがためにそこが黒くなって、それが大鷲に見えるんですよ。しかも岩手山には日本で数少ない地熱発電所があるんです。
宇川 岩手山は自然エネルギーの象徴でもある、と。
冨田 ええ、そういう力を内部に秘めている山です。だから東北の人たちも自分たちの土地にはこういう山があるんだということを思い出してほしい。そういう思いを込めています。
宇川 あとブックレットの中にはアンドロイド化した冨田先生のイラストもありまして。先生は「Greatest Hits」のアンドロイドを覚えてらっしゃいます?
冨田 はいはい。
宇川 あのTOMITAアンドロイドの現代版を2度目のパラダイムシフトであるこのタイミングで描いておきたかったんです。ここには歴史を超えた接続があり、しかも冨田先生とテクノロジーが同化しているので、アンドロイドのイメージ変遷を後世に残すことができる。これが未来を作るビジュアルイメージの1つになっていくんだと僕は本気で思ってるんですよ(笑)。このイラストはいかがでしたか?
冨田 うーん、自分自身は別に機械っぽい人間じゃないとは思うんですけどね(笑)。でもこれは周りの人が見た印象だから、まあそういうふうに映っているならそれもありかなと(笑)。
虚像の持つ“本物”感
宇川 僕は今回この2枚が同時リリースされたことが大変重要だと考えています。フラットな電子音が氾濫した70年代に冨田先生独自の奥行きあるビジョンと色彩を提示した「展覧会の絵」と、オーケストラと合唱団とボーカロイドを駆使してさらなる進化を遂げた「イーハトーヴ交響曲」。初音ミクをソリストとして迎えるという空前絶後の試みに、ボーカロイド実験の1つの到達点がここにあるんじゃないかとさえ僕は思ってるんですけど、そういう意識は先生にはありますか?
冨田 あまり意識はしてないですね。僕の音楽と初音ミクは、無理をしなくてもうまく融合できるという気がしたんです。最初は後楽園で行われた初音ミクのコンサートに行ったんですがすごかったですよ。お客さんがペンライトを振って熱狂していて。だけど実体はそこにはない。虚像かもしれないけど、僕はあれを観て初音ミクというのは“本物”だと思ったんですね。
宇川 なるほど。
冨田 本物っていうのはどういう意味かというと、人形浄瑠璃とか文楽とか、あれも作り物ですからね。だけどヘタすると人間が演じるよりもドスが効いているし面白い。飛騨高山のからくり人形もそうです。ということは何かがそこにあるんです。それが僕はアートというものだと思うんですよ。あくまで人間がこしらえたものがアートであって、自然そのものはアートとは言わないですから。
宇川 そしてアートは人間が作り得たものだとするならば、テクノロジーも究極的には移ろいゆくアートですよね。そう考えるとテクノロジーは季節のようなものかもしれない。そして神が自然を作ったのだとしたら自然は神の手によるアートとも言える。そう、普遍性を保ちながら移ろっている。それをさらに俯瞰で見れば、冨田先生は地球を超越した広大な宇宙を当初からイメージして創作されているわけで、その時空に神は無数に存在している。そのようにしてアートと神の領域を捉えながら先生はこれまで数十年間活動されてきたのかなという印象があります。
冨田 いや、これは大変なことになった(笑)。
宇川 本心ですよ。アートとテクノロジー、自然と季節、普遍性と移ろい。そのことを象徴するのがこの2枚だと思っているんです。
- ニューアルバム「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」 / 2014年3月19日発売 / 2940円 / 日本コロムビア / COGQ-67
- 「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
- 「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
収録曲
- プロムナード~こびと
- プロムナード~古城
- プロムナード~チュイルリーの庭
- ビドロ
- プロムナード~卵のからをつけたひなの踊り
- サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイレ
- リモージュの市場
- カタコンブ
- 死せる言葉による死者への話しかけ
- バーバ・ヤーガの小屋
- キエフの大門
- シェエラザード(リムスキー=コルサコフ)(ボーナストラック)
- ソラリスの海(J.S. バッハ)(ボーナストラック)
- ライブBlu-ray「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」2014年3月19日発売 / [Blu-ray Disc] 5040円 / 日本コロムビア / COXO-1074
- 「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
- 「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
収録内容
- 剣舞 / 星めぐりの歌
- 注文の多い料理店
- 風の又三郎
- 銀河鉄道の夜
- 雨にもまけず
- 岩手山の大鷲(種山ヶ原の牧歌)
- リボンの騎士
- 青い地球は誰のもの
特典映像
- 冨田勲インタビュー~岩手山を背に語る
- 「リボンの騎士」3D Version
冨田勲(とみたいさお)
1932年生まれ、東京都出身。大学在学中から作曲家として活動を始め、映画やテレビ番組などさまざまな分野で多くの作品を世に送り出す。1971年にモーグシンセサイザーを日本で初めて個人輸入し、新たなスタイルでの音楽制作を開始。1974年に発表した「月の光」が全米ビルボードクラシカルチャートの1位を記録し、日本人として初めてグラミー賞にノミネートされるなど世界的な支持を獲得する。近年は、宮沢賢治の作品世界を題材に初音ミクがボーカルを担当する組曲「イーハトーヴ交響曲」の公演を2012年11月より行ったほか、2013年7月には千葉・幕張メッセで開催された「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」に出演。「ドーンコーラス(暁の合唱)」のパフォーマンスで大きな反響を呼んだ。
宇川直宏(うかわなおひろ)
1968年生まれ、香川県出身。グラフィックデザイナー、映像作家、ミュージックビデオディレクター、VJ、文筆家、京都造形大学教授、そして“現在美術家”などなど、幅広く極めて多岐にわたる活動を行う全方位的アーティスト。2010年3月に個人で開局したライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」は、開局と同時に記録的なビューアー数を叩き出し、国内外で話題を呼び続ける。現在彼の職業欄には「DOMMUNE」と記載されている。2013年7月には千葉・幕張メッセにおいて東日本大震災被災地支援イベント「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」を開催した。