ナタリー PowerPush - 冨田勲×宇川直宏

電子音楽の巨匠が描く新たな世界

「展覧会の絵」の色彩と奥行き

宇川 「展覧会の絵」はもともとは1966年に制作された手塚治虫先生の実験映像作品「展覧会の絵」のサウンドトラックとして録音されたものですよね。たったの4日間で編曲したという逸話がありますが?

冨田勲

冨田 あれはラヴェルの編曲の著作権料がものすごく高かったのがきっかけで。そこで手塚さんが急遽「じゃあ日本人に頼めばいいよ」と。ひどいもんです(笑)。で、あの人はそういうときには必ず直に電話してくるんですよ。そうするとこっちもやはり「無理です」とは言えなくてね。あの手塚さんに「冨田さんだったら、ちょいちょいちょいのちょいですよ」なんて言われて。わりとそういう言い方するんですよ、あの人(笑)。

宇川 その緊急依頼を受け、締め切りまでたったの4日間でどうやってあのサウンドトラックを制作したのですか?

冨田 まだ当時はシンセサイザーはありませんでしたから、とにかく生音でやるしかない。チェンバロとエレキギター、ハモンドも入ったかな。線画的なイメージでアレンジを進めていきました。

宇川 当時、手塚先生はいわゆる商業的なテレビアニメとは一線を画した自己探求として、実験アニメーションを作成していました。これら血の通った作品群はウォルト・ディズニーへのリスペクトや、アニメーション全般に対しての愛やオマージュにあふれています。例えばディズニーが「ファンタジア」でバッハやムソルグスキーをサウンドトラックに使用し実験したことは何かと言ったら、それらクラシックの名曲に“色彩を与える”ということでした。「ファンタジア」では例えばベートーベンの交響曲「田園」を色彩で見事に意訳しています。音楽から色覚を刺激され、色彩が見える現象を“色聴”と言いますが、手塚先生も同様に「展覧会の絵」をアニメ化するタイミングでこのことを意識していたと感じます。しかし奇しくも今回は映像が先に完成し、それら像の色と動きに対して冨田先生は音を付けました。この依頼に対して編曲を行う際に“色彩”については意識されていましたか?

冨田 色はね、1975年にシンセを使って作るときに、まあそこは考えましたね。当時の電子音というのは平面的で奥行きがないと言われていたんです。そんな頃にモーグシンセサイザーの存在を知って、これを使えば色彩が描ける、勝負できるということを意識していました。やはり平面的と言われることがコンプレックスだったんですね。サラウンドを使って奥行きを作ったりして。当時はあまり成功しなかったけど、今回はかなりいいサラウンドになったと思います。

宇川 なるほど。「展覧会の絵」を改めて聴いて、この頃から極端に奥行きにこだわっておられたと感じていました。その奥行きによって冨田サウンドが確立されたと言っても過言ではないと、僕は思っています。

冨田 いわゆる電子音とは違うものを作ろうとしていましたから。「これが電子音でございます」といったものではなく、とにかくこれを音楽として聴いてもらいたいという思いだけでしたね。

「イーハトーヴ交響曲」に込めた東北への思い

宇川 そして今回同時リリースされる初音ミクとの共演作「イーハトーヴ交響曲 Blu-ray」ですが、この作品では宮沢賢治のサイケデリアを、先生が初音ミクという新たなるテクノロジーを使って表現しているわけですよね。

冨田 そうですね。「イーハトーヴ」については、あんまり僕は口に出して言ってないんですが、東北の震災がありましたからね。その思いを「イーハトーヴ」の作品に込めたつもりなんです。収益金のいくらかは東北の被災した人たちに寄付することにもなっていますが、僕はそれよりもスーパーで売ってる東北の名産を買ってほしい。小岩井農場の乳製品や三陸沖の牡蠣。あれがうまいんですよ。お情けじゃなく、うまいから食べるんです。だからこれが東北の人たちを勇気付けるための作品だとか、そういうことを言うつもりは僕にはないですが、でも震災後の東北に届けたいという気持ちはあります。

手前から宇川直宏、冨田勲。

宇川 そもそも宮沢賢治を題材として、初音ミクと結びつけた理由はどういうものだったんですか?

冨田 昔は宮沢賢治って有名じゃなかったし、みんな知らなかったんですよ。僕は小学校3年生のとき、昭和15年に「風の又三郎」の映画で宮沢賢治を知って、あのふっと現れてはふっといなくなるっていう「風の又三郎」に非常に不思議なものを感じました。まるで異次元から来たような……。それがね、初音ミクのイメージとぴったりだったんですよね。

宇川 オペラシティでの初演は僕らDOMMUNEも世界配信しましたが、又三郎とミクのイメージの融合というのは、初音だけに初耳です(笑)。たいへん興味深いですね。

冨田 そこで今回のシンフォニーでは、初音ミクにその役をお願いしようと。だけど初音ミクは売れっ子の歌手ですからね(笑)。出てくれるかどうかわからない。でも伊藤社長(初音ミクの開発会社であるクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏)がぜひやりましょうということでOKしてくれて、それで初音ミクに協力してもらうことになったんです。

宇川 今回のボーカロイドの導入は、冨田先生の活動の変遷において、先端テクノロジーをご自身の表現の軸とした2度目のパラダイムだと思うのです。1度目はもちろんモーグシンセサイザーです。その頃の先生は個人でモジュラーシンセを所有している日本で唯一の、そしてもっとも若い表現者だった。そして今回はもっとも高齢なボカロPなわけですよね。これは世紀を跨いだ驚愕のニュースです。

ニューアルバム「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」 / 2014年3月19日発売 / 2940円 / 日本コロムビア / COGQ-67
「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
収録曲
  1. プロムナード~こびと
  2. プロムナード~古城
  3. プロムナード~チュイルリーの庭
  4. ビドロ
  5. プロムナード~卵のからをつけたひなの踊り
  6. サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイレ
  7. リモージュの市場
  8. カタコンブ
  9. 死せる言葉による死者への話しかけ
  10. バーバ・ヤーガの小屋
  11. キエフの大門
  12. シェエラザード(リムスキー=コルサコフ)(ボーナストラック)
  13. ソラリスの海(J.S. バッハ)(ボーナストラック)
ライブBlu-ray「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」2014年3月19日発売 / [Blu-ray Disc] 5040円 / 日本コロムビア / COXO-1074
「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
収録内容
  1. 剣舞 / 星めぐりの歌
  2. 注文の多い料理店
  3. 風の又三郎
  4. 銀河鉄道の夜
  5. 雨にもまけず
  6. 岩手山の大鷲(種山ヶ原の牧歌)
  7. リボンの騎士
  8. 青い地球は誰のもの
特典映像
  • 冨田勲インタビュー~岩手山を背に語る
  • 「リボンの騎士」3D Version
冨田勲(とみたいさお)
冨田勲

1932年生まれ、東京都出身。大学在学中から作曲家として活動を始め、映画やテレビ番組などさまざまな分野で多くの作品を世に送り出す。1971年にモーグシンセサイザーを日本で初めて個人輸入し、新たなスタイルでの音楽制作を開始。1974年に発表した「月の光」が全米ビルボードクラシカルチャートの1位を記録し、日本人として初めてグラミー賞にノミネートされるなど世界的な支持を獲得する。近年は、宮沢賢治の作品世界を題材に初音ミクがボーカルを担当する組曲「イーハトーヴ交響曲」の公演を2012年11月より行ったほか、2013年7月には千葉・幕張メッセで開催された「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」に出演。「ドーンコーラス(暁の合唱)」のパフォーマンスで大きな反響を呼んだ。

宇川直宏(うかわなおひろ)
宇川直宏

1968年生まれ、香川県出身。グラフィックデザイナー、映像作家、ミュージックビデオディレクター、VJ、文筆家、京都造形大学教授、そして“現在美術家”などなど、幅広く極めて多岐にわたる活動を行う全方位的アーティスト。2010年3月に個人で開局したライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」は、開局と同時に記録的なビューアー数を叩き出し、国内外で話題を呼び続ける。現在彼の職業欄には「DOMMUNE」と記載されている。2013年7月には千葉・幕張メッセにおいて東日本大震災被災地支援イベント「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」を開催した。