清濁併せ呑みたい
──1曲目は「選ばれざる国民」。浮雲さんの曲で、元日の再生発表と同時にリリースされました。
「某都民」(2007年9月発表のアルバム「娯楽(バラエティ)」収録)の続きです。「某都民」から十数年を経た社会の、同じ場所の記録を。浮雲は今回もなんのてらいもなく彼ならではのヒップな曲を持ち込んでくれましたね。うれしかったです。ほかの3人もそうですけど、よそでいろんな仕事をして薄まってもよいようなものを、どうしてこう、以前よりさらに濃縮された希釈前の原液みたいな曲ばかり繰り出されるのか……不思議でなりません。
──そうですね。特にスポイルされたわけでも、薄味になったわけでもなく。
そう。ひさしぶりに見たスタジオの様子もそうですよ。
──「選ばれざる国民」の歌詞は、「平等なんて強弁」というフレーズしかり、ウイットの効いた批評性が感じられます。英題の「The Lower Classes」も要するに下民、下々の者、最下層を指しているわけで。
世の中で何か起こるたびに、「ああ、我々下々なんだな」とつくづく思い知らされるでしょう。でも、そもそも“選ばれし国民”である状態なんて一瞬でも経験したことないし、知ったこっちゃないし、むしろ絶対に嫌じゃないですか。やっぱり地に足を着けて、悩み苦しみたいですよね。少なくとも私はセブンイレブンの店員さんと世間話する時間が好きですし、庶民としての暮らしほど面白いものはないなと。仮にそれが何かの利益のため片務的に仕組まれたものだとしても、一向に構わない。清濁併せ呑みたい。いつも書いてきた内容ですが、今回は報道タッチで挑みました。
私からのウインク
──2曲目は「あまおういちご」改め、タイトルそのものが回文の「うるうるうるう」です。ラテンなピアノが入ったこのアレンジは、最初から伊澤さんのデモにあったものでしたか?
そうですね。基本的に伊澤はアンサンブルありきのデモをきちっと書いてきてくれるので。
──伊澤さん、近年の椎名さんの作品に寄せて書いてきたのかな?と感じられました。
彼はいろいろな要素がくまなく美味し合えるよう注意深く作曲してくれます。キー設定も私の声質に限って見れば特殊だと思うし、プレイヤーとしての幅を広げることなどもきっと意識してくれていますよね。
──アウトロではブラジル音楽のマナーとも言えるスキャットが聴けます。
浮雲のみならず、伊澤も刄田も特徴的な低音の持ち主なので今回は3人に頼みました。
──歌詞の「自称美しい人はより美しくそうでない方はそれなりに皆、閏え!」というフレーズは、懐かしの「フジカラー」のCMですよね?
それと、「選ばれざる国民」の「直ぐ美味しく 凄く美味しく」「在ると良いなが在る」は私からのウインクです。
──「日清チキンラーメン」とコンビニエンスストア「am/pm」のキャッチコピーですね。
日清の広告はずっと好きで、いつかCM曲を書かせていただくのが夢です。
──「閏え!」って気持ちいい言葉ですね。
動詞じゃないし、“え”で送れないですよね。
──これは発明じゃないでしょうか。ライブで聴いたら絶対に気持ちいいと思います。
ありがとうございます。私も早くみんなと生で演奏したいです。
人間誰しもアスリート
──3曲目の「現役プレイヤー」は、亀田さんらしいポジティブな曲ですね。
そうですか? ブルーズというか、事変における師匠としては新しい側面を感じていました。
──あ、それは感じました。そのせいか、皆さんの演奏も珍しくオーセンティックで。
師匠のデモは伊澤と対照的で、極端に言えば外声音(※曲の骨組みのうちもっとも高い音と低い音)を提示されて、あとは全員で作っていくのをみんなで楽しむケースが多いです。コードもテンポも、メンバーから新たな提案をしても全然オッケー、みたいな。昔からそうです。師匠の用意した食材を囲み、初めて挑む調理法を全員で考える。毎度そういう独特の面白味があります。
──この曲の作詞については?
1人4小節ずつリフを始めて徐々に加わっていく作りになっているでしょう。それを踏まえて浮雲が「バンドやろうぜ」というタイトルを提案してくれて、しばらく悩みました。結果、人間誰しも命が資本でアスリートであるという視点から描写するに至りました。
──アウトロの男声コーラスがユニークですね。「オッケー」とか楽しそうに言っているのは、どなたの声ですか?
伊澤です。
──井上雨迩さんはレコーディングエンジニアであり、事変と共同名義でプロデューサーとしてもクレジットされています。
各々のカウンセリングといい、これまでの事変の経緯もよくご存じですので手慣れたもので、お仕事自体も臨機応変かつ細やかでした。
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猫は信仰