土岐麻子「Twilight」インタビュー|さまざまな価値の変化を経て、多彩なプロデューサー陣と“夕暮れ”を表現 (2/2)

韓国のアーティストとの制作、「昼曲」と「夜曲」

──さまざまな価値の変化が起きたであろう2年間を経てのアルバムだから、きっと今までとは趣の違う作品になるだろうなとは思っていたんですが、トオミさんはもちろん、今回はTENDREさんや韓国のアーティストも参加していたりと、新しい風を積極的に取り入れていますよね。こういう構想は最初からあったんですか?

最初にできた曲はトオミさんと作った「ソルレム」で2020年の5月だったんですけど、そのときはアルバムのことは考えていなくて。シンプルにリリース関係なく曲を作りたいという気持ちでした。トオミさんに「最近、夕暮れを見ながら曲を聴くのにハマっていて、メロウな曲を作りたいんです」とLINEしたら「いいですよ」と言ってくれて。そうしているうちにカバーアルバム(2021年2月リリースの「HOME TOWN ~Cover Songs~」)を作ることになったり、スタッフも変わって新しいチームと話をしたりしている中で「いろんな人と組んで作ってみよう」という方向性になりました。

土岐麻子

土岐麻子

──収録曲の中でビートを明確に打ち出しているのは6曲目の「Mirrors」、あとは7曲目「Calling」と8曲目「birthday song」あたりがギリギリ跳ねているかなというくらいで、ほかは全体的に穏やかなトーンですよね。いろんな作家さんが参加しているけれど、音数の少ないアレンジ構成など、アルバム全体に統一感を感じました。

作家の皆さんには最初に「トワイライト」というテーマをお伝えしていて、そのキーワードから連想してくださるのが、皆さん共通してメロウでチルな感じでしたね。音数に関しては減らすというか、そんなにたくさん詰め込むイメージではないです、とはお伝えしたのと、ざっくり「サブスクで映える」ことは重視しました。

──「Mirrors」は韓国のアーティスト・LambCの提供曲ですが、制作はどのように進めたんですか?

直接コンタクトを取ってみたら、快くご一緒してくれることになりました。LambCさんにも「トワイライト」のコンセプトをお話したんですけど、「土岐さんに合いそうな曲が手元にあるので、一度それを聴いてみて」と言ってくれて、聴かせてもらったのがこの「Mirrors」だったんです。ほかの収録曲は日が暮れていくというか沈んでいくようなムードのものが多いので、「夜が来るワクワク感を表せる曲があってもいいな」と、「Mirrors」で進めていくことにしました。

──Soma Gendaさんは「travellers」と「birthday song」、Shin Sakiuraさんは「NEON FISH」「Calling」と、それぞれ2曲ずつ制作しています。

Sakiuraさんは「HOME TOWN ~Cover Songs~」で「夏夜のマジック」をアレンジしてくださったんですけど、それがとてもよかったのでお声がけしました。2曲書いてくださるということで、明るい空に近いトワイライトと、夜に近いトワイライト……それぞれ「昼曲」「夜曲」って呼んでたんですけど(笑)、「NEON FISH」と「Calling」を一緒に作りました。Somaさんは、制作中はずっと韓国にいらっしゃって。すべてリモートでの作業でしたが、歌入れのときもエンジニアさんがタイムラグなくトークバックの声を返してくださったので距離を感じず制作ができました。

──お二人とも、土岐さんより歳下の方ですよね?

歳下ですね。

──若いアーティストと一緒に作ると、歳上の人と組むのとは違う発想が出てくることもありますか?

そうですね。例えばSakiuraさんは、「Calling」では往年のシティポップをイメージしたとおっしゃっていて。こういうサウンドをすごく新鮮に受け取っているというか、ただ懐古的にするのではなく今の音にしているところが、違う世代の人と仕事をしていると実感したポイントで新鮮でした。あとは基本的に皆さん、ヒップホップを当たり前に通ってますよね。リズムにヒップホップやR&Bのエッセンスがあって、カラッとしたサウンドを作られる方が多いなと思いました。今回のアルバムは全体的に静かでメロウな曲が多いんですけど、サウンドの湿度は高くないと思うんですよね。

土岐麻子

土岐麻子

──確かに。2000年代以降のヒップホップネイティブというか、そういうドライなサウンドが体に染み込んでいる世代の方々なんでしょうね。あとは関口シンゴさんも「close to you」「Apple pie in the sky」の2曲で参加していますが、これも昼夜のパターンでしょうか。

はい、昼夜で発注しました(笑)。ギターの音が本当に素晴らしくて。お人柄と同じく、誠実な音の中にいる感じが歌っていてすごく幸せです。今回はギターで作ってくださる方と鍵盤の方、どちらにも偏りすぎないようにバランスを考えましたね。

──「Apple pie in the sky」は歌詞の内容もさることながら、タイトルが最高ですよね。

はい(笑)。「絵に描いた餅(pie in the sky)」です。

──夜通しダラダラと過ごしたりする、そういう若い頃ならではのボンクラな感覚を懐古する歌というか(笑)。こうした世界観の歌詞を、過去の時代のこととして書く年齢になったという実感はありますか?

確かにそうですね。今回は、自分の年齢や今の立ち位置から見える景色を自然と出せた感じがあります。これまでは昔のことを振り返るのに抵抗があったというか、「私たちが輝いていたあの時代」みたいなノスタルジーはどうなのかなあと思っていたんですけど、関口さんのサウンドに導かれて、それを素直に表現できましたね。

──作詞はスムーズに進みましたか?

曲自体は夏までにほぼそろっていたんですけど、実は歌詞はツアーが終わるくらいの8月の末に「今なら書ける!」と急に火がついたんです。1日1、2曲のペースで、5日間で書きました。スタッフはヒヤヒヤしたと思いますけど、無理に書いたという感じはなくて、しかるべきタイミングが来て書いたという感覚でしたね。

土岐麻子

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創作意欲に火をつけた坂本真綾

──最後の「眠れぬ羊(with TENDRE)」はTENDREさんの提供ですけど、TENDREさんと土岐さんと言えば、まずは坂本真綾さんとの「ひとくちいかが?」(2021年3月リリースの坂本のアルバム「Duets」に収録された、土岐と坂本のデュエット曲)ですよね。坂本さんと一緒に曲を発表したことも、ここ1、2年の間での土岐さんの大きなトピックかなと(参照:坂本真綾「Duets」特集|坂本真綾×堂島孝平×土岐麻子 ないものねだりな3人の「Duets」クロストーク)。

はい。坂本さんと一緒に作って歌って、ライブにも出て、というのはすごく大きなことでしたね。知り合ってからは長いですが、一緒に楽曲制作をすることはあまり想像したことがなくて。でも近付いてみたらけっこう共感できるところがあったんです。坂本さんの「Duets」が本当に素晴らしくて、「この人攻めてるな!」って(笑)。コンセプトがすごくはっきりしていて、歌詞も素晴らしくて、人選も尖っているけど奇をてらってはいない。励まされたというか、創作意欲に火をつけてくれたんですよね。

土岐麻子

土岐麻子

──「ひとくちいかが?」は土岐さんのアイデアで、女友達同士がワイワイと話すような曲になったんですよね。あのときTENDREさんとの制作はどう進んだんですか?

最初に私が、メロディにどのくらい言葉が詰まっているかのイメージを伝えるためのリファレンスを送ったんですね。それをすごく明確に受け取ってくれて、一発で「これだ!」というものを返してきたので、TENDREさんはすごいなと思いました。曲の内容について、抽象的というか文学的というか、音楽的なところではなくストーリーで全体像をお話してくださるんです。それで今回の「眠れぬ羊(with TENDRE)」では、「『ひとくちいかが?』の数時間後みたいな景色はどうでしょうか」と提案してくださって、それは面白そうだなと。

──「眠れぬ羊」は「ひとくちいかが?」の続きなんですね。

そうです。お店で友達同士がテーブルを挟んで心置きなくおしゃべりをした「ひとくちいかが?」のあと、ファミレスとかでお茶を飲んだりして、明け方の街を1人で帰っていくイメージですね。余韻に浸っている感じ。コロナもですが自分の年齢的なこともあって、友達と朝までドリンクバーで粘って……という機会がなくなって。そういう風景は20代、30代の青春で、あの時代に得たものはすごく大きかったなとちょうど感じていたので、それを曲にできるのはうれしかったですね。そうそう、いつも新宿のファミレスで会っていた友達が、いきなり結婚したんですよ。新宿から下町のほうに引っ越して。そこで感じた「私たちの1つの時代が終わったね」というひと区切りの思いが、「眠れぬ羊」にこもっています。

──そういう個人的な感情を音楽に落とし込む。ミュージシャンって不思議な商売だなあと、なんだか話を聞いていて改めて思いました(笑)。

あはは、そうですよね。そういった感情って、今はこうやってインタビューで話しているから言葉にできるけど、自分の中であんまり言語化できなくて。時間を共有した友人にしか通じない感慨のような気がしていました。でもこうして曲にすることによって、とても個人的なことが普遍的な作品になるというのは、音楽を作る楽しみですよね。

次回作の鍵は“湿度”

──曲順などに新しい部分もありつつ、今の時代感や土岐さんの年齢感など、いろんな要素が反映されたアルバムになりましたね。

いつも自分が驚ける作品を出したいと思っているので、この曲順に至ったときはワクワクしました。「ソルレム」から徐々に開けていくかと思いきや、「ドア」でいきなりどしゃ降りになる、みたいな(笑)。

──「ドア」はほかの曲とは少し毛色が違い、歌唱や歌詞に感情の高まりや切なさをとても感じる1曲でした。

すごく感情的な曲で、最初届いたときはびっくりしたんですよ。「トオミさん、こんな球を投げてきたか!」と。それで曲を聴いて私の中に湧いてきた言葉を歌詞にしたんですけど、これまで私があんまり書こうと思わなかったような感情的な表現になったんですね。それは、映画やドラマにハマるようになったことに関係しているのかも、と。今は劇的に心が動く作品に興味があるから、音楽でも自分の心の奥底にあるものに気持ちが向かっている気がします。「ソルレム」も恋愛ソングではあるんですけど、それも曲調から呼ばれた歌詞になったんです。こんなに苦しい恋愛なんてしたことない気がするのに、曲を聴いていたらこういう世界観が生まれてきた。すごく新鮮な経験でした。

──「ソルレム」はいわゆるシティポップの、清廉でさわやかな世界とは真逆というか。

湿度が高めですよね(笑)。

──東京で生まれ育って時代の空気を吸ってきたという土岐さんのバックボーンは、シティポップを表現するうえで重要な要素だと思うんですよね。でも、そういった都会的表現とはまた違う、ある意味泥臭い情の部分をこれから土岐さんが表現していくこともあるのかと思うと興味深いですね。

自分でもそういう表現をしたくなっているところはあります。「ソルレム」と「ドア」の湿度が次の鍵になりそうだなと。次は6月くらいに出しましょうかね。湿度が高い季節に(笑)。

土岐麻子

土岐麻子

ライブ情報

TOKI ASAKO LIVE 2022 "Morning Twilight"

  • 2022年1月22日(土)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
  • 2022年1月23日(日)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2022年2月5日(土)広島県 広島CLUB QUATTRO
  • 2022年2月6日(日)福岡県 Gate's7
  • 2022年2月19日(土)宮城県 darwin
  • 2022年2月23日(水・祝)東京都 日本橋三井ホール

プロフィール

土岐麻子(トキアサコ)

1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2011年12月に初のオールタイムベストアルバム「BEST! 2004-2011」を発表し、ソロデビュー10周年を迎えた2014年11月に「STANDARDS」最新作となる「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」を発売。2015年7月には、コンセプトプロデューサーとしてジェーン・スーを迎え、2年ぶりとなるオリジナルアルバム「Bittersweet」をリリースした。2019年10月にソロ通算10作目となるオリジナルフルアルバム「PASSION BLUE」を発表。2021年2月にカバーアルバム「HOME TOWN ~Cover Songs~」、11月にはオリジナルアルバム「Twilight」をリリース。2022年1月からワンマンツアー「TOKI ASAKO LIVE 2022 "Morning Twilight"」を開催する。