土岐麻子「Twilight」インタビュー|さまざまな価値の変化を経て、多彩なプロデューサー陣と“夕暮れ”を表現

人々が家の中にこもることを余儀なくされる中で、土岐麻子は“夕暮れ”を見つけた。

コロナ禍の間に、夕方に空を眺めて音楽に浸る時間がいつしかとても大切なものになったという土岐。そんな生活の変化から生まれた約2年ぶりのオリジナルアルバム「Twilight」は、とても穏やかでメロウな作品に仕上がっている。これまでも土岐が制作を共にしてきたトオミヨウに加え、Shin Sakiura、関口シンゴ、Soma Genda、そして韓国のアーティスト・LambC(レムシー)と多彩なプロデューサー陣が参加し、それぞれに夕暮れ時のムードを表現した。

コロナ禍で生じた生活の変化、K-POPとの出会い、アルバム制作の間に訪れた父との別れ。“シティポップ3部作”の完結編と位置付けられた前作「PASSION BLUE」から「Twilight」までの間に、土岐の中でどのような価値変化があったのか。今作が完成するまでの心の動きについて語ってもらった。

取材 / 臼杵成晃文 / 岸野恵加撮影 / 堀内彩香

夕暮れの空を眺めるのが習慣に

──2年前のオリジナルアルバム「PASSION BLUE」はトオミヨウさんをサウンドプロデューサーに迎えた“シティポップ3部作”の完結編と位置付けられていましたが(参照:土岐麻子「PASSION BLUE」特集)、新作「Twilight」はそこからガラッと変わったなという印象を受けたんですよね。3部作を経て流れを変えようという目論見がもともとあったんですか?

いえ、そもそも“シティポップ3部作”という括りもそんなに深い意味はなかったというか、ひと区切りのタイミングでスタッフがそういうキャッチを付けてくれたくらいの感じだったんですね。そこから自分の作る音楽をガラリと変えてやろうともまったく思っていなかったんですけど、コロナ禍で生活が変わり、それで聴きたい音楽、作りたい音楽が必然的に変わっていったことが大きかったんだと思います。

土岐麻子

土岐麻子

──大きく変化する世の中で過ごすうち、自分が求めるものが変わった、と。第一印象としては、すごく穏やかな……穏やかすぎるくらい穏やかなアルバムだと感じました。

そうですね。「Twilight」というタイトルの通り夕暮れをテーマにしたアルバムなんですけど、コロナ禍で夕方に家で音楽を聴くことが好きになって、そこから生まれました。それまでは音楽を聴くのは夜か移動中だったし、夕方は忙しなくしているばかりで夕暮れの空を見ることもあまりなかったんですが、生活が変わり、日没の前後1時間くらいに休憩時間をあてて、窓の前に座って音楽を聴きながらぼーっと空を眺めることが習慣になり。Instagramに「#トワイライト貴族」というハッシュタグを付けて投稿するようにもなりましたね。ヒャダインさんには「そのハッシュタグすごくダサい」って言われましたけど(笑)。そうして移り変わっていく時間帯の空を見て、1日を生きた気分になっていました。

──確かに、大人になってからは夕方を意識することがなくなったというか、学生時代の放課後にあった暮れなずむ時間を感じることなく、ただ仕事をしている時間になっているような……。休憩時間にあてることで夕暮れを取り戻したような感覚?

ええ。家にいる時間が増えたことによって、よく言えば穏やか、悪く言えばすごく平坦というか、感情の起伏がなくなってひたすら穏やかな生活を送っていましたが、その中で音楽に浸って気持ちを動かす時間が自分にはとても必要だったと思います。これまでは外に出て、街の中で暮らす視点で音楽を生み出していたのが、定点で空を観察していく中で自然と書きたいことが変わって、こういう形になりました。

──収録曲は10曲ありますが、レコードで言うとA面ラストやB面の前半を担いそうな穏やかな曲が全体を支配している印象を受けました。特にA面というかアルバム前半は、まるまるチルな感じですよね?

最初から曲順を意識していたわけじゃないんですけど、今までの自分ならアップテンポでキャッチーな曲を前半に置いて、後半にしっとりした曲を並べていくところを、今回はちょっと逆にしてみたかったんです。メロウでチルな感じで、瞬間的に浸れるようなサウンドを中心にしたアルバムにしたかった。夜を迎える寂しさや切なさがあるとしたら、一方でこれから夜が来るワクワク感もあるわけで、その心象風景の切り替わりを6曲目の「Mirrors」が担うイメージで並べていきましたね。

土岐麻子

土岐麻子

──「悪く言えば平坦」な生活とおっしゃいましたが、これまでのような、人との交流による刺激が多い日常生活とのギャップに戸惑いはありませんでしたか? 感情の起伏がなくなることはアーティストにとってマイナスなのではとも思うのですが。

家にこもること自体は最初はうれしかったんです。家の中で、自分の趣味にゆっくり時間を使ったり、制作や仕事にじっくり向き合うことをずっと望んでいたので。でもだんだん、人に会えないことがもどかしくもなっていきましたね。ないものねだりというか(笑)。忙しくしていたら1人でじっくり過ごす時間が贅沢だし、1人でずっと家で過ごしていると人と会ったり忙しくなることが贅沢になる。早く元に戻ってほしい部分もありますが、この1、2年で得たものも大きいので、前とまったく同じにするのではなく、新しいやり方で進んでいければいいなと思っています。

日本にいながらずっと韓国のことを考えていた

──この2年の間で、ほかにもきっと土岐さんの中で大きな価値変化がありましたよね。音楽ナタリーで連載コラムを始めるほどにのめり込んでいるK-POPは、その最たるものではないかと想像しますが(参照:「大人の沼~私たちがハマるK-POP~」)。

間違いなく大きな要素の1つではありますね。2019年に“沼”に落ちてから、休みの醍醐味と言えばK-POPを聴いたり動画や韓国ドラマを観たり、韓国語の勉強をすることになって。韓国ドラマをよく観ることで、日本にいながらにしてずっと韓国のことを考えていたような感覚があります(笑)。それは、子供の頃に「外国に行ってみたい」「知らない世界を見てみたい」と憧れていた感じにすごく似ていて。

──なるほど。そういった種類の憧れなんですね。

こういう状況になる前は韓国にも仕事や旅行で行っていたし、どんなに遠い異国でもスマホがあればすぐに検索して現地のことを把握できるから、そういう憧れは自分の中からなくなったと思っていたんですよ。でもコロナで鎖国状態になることによって、私の中で異国や知らない世界に対する憧れがまたすごく高まった。K-POPにこんなにもハマったのは、そういう部分が大きかったように思っています。

土岐麻子

土岐麻子

──ほかに、この2年間の間で自分の中で価値が変わったものはありますか?

インプットする時間が増えて、これまで避けてきたものも取り入れるようになりました。これまでは感動するような作品を避けていたところがあったんです。「泣ける映画だよ」「最高に笑えるドラマだよ」と薦めてもらっても、観ないようにしていた。自分でもその理由がよくわからなかったんですけど、きっと自分の創作に影響を受けすぎないようにしていたところもあるし、作品の世界にどっぷり浸かってしまって戻ってこられなくなるのが恐かったんだと思います。でもこの機会に思いきって、いろんなドラマや映画、小説を観たり読んだりするようにして、あまり聴かなかった日本の音楽もたくさん聴いて。やっぱり心は忙しくなるんですけど、外に出て刺激を受ける機会が減った代わりに、そこで泣いたり笑ったりいろんなことを考えるようになった。「今まで何を恐れていたんだろう」という気持ちになりましたね。

父との別れで生じた変化

──今年6月には、実父でジャズサックスプレイヤーの土岐英史さんが逝去されました(参照:ジャズサックスプレイヤー土岐英史が永眠)。ミュージシャンの父を持つということで、一般家庭とは違う世界を見て育ってきたと思うんですが、そうした存在とお別れをするというのは、土岐さんにとってどんな出来事でしたか。

私は一人っ子で、父と母とのとても仲のいい3人家族だったので、小さな頃から誰かが欠けることをものすごく恐れていたんですね。なので「とうとうそのときが来てしまったか」という感じでした。ご両親が写真家で、同じく一人っ子のしまおまほちゃんとよく話すんですけど、まほちゃんが著書の中で「大人になっちゃいけないって思ってた」って書いていて、それにすごく共感したんですよね。「お父さん・お母さん・自分」というトライアングルから逸脱したら、自分が好きなバランスが崩れてしまう気がするというか。

──1人として欠けてはならない、スリーピースバンドとしての「パート:子供」のような。

そうそう(笑)。「スリーピースで自分はボーカルだから、急にドラムを叩いたらダメだよな」と思うのと同じかも。小さい頃から、親の体調が悪そうなときは尋常じゃないくらい心配してしまって。三角形のどこかが欠けた世界に自分はどんなふうに存在するのか考えると恐ろしくて、45歳になってもそうだったんですね。それはずっと自分の弱点だなと思っていたんですが、ついにそのときが来てしまった。でも、父が亡くなって2週間後くらいかな。おばさんやいとこが来てくれて家がにぎやかになって、ちょっとしたことで笑えるようになって。「24時間常に悲しみの中にどっぷりいるわけじゃないんだな」と思えた。そのうちにツアー(「TOKI ASAKO LIVE 2021 Summer "MY HOME TOWN in your home town"」)が始まって、アルバムの制作にも入って、それまでの世界がいい意味で崩れた感じがありました。これがどういうことなのか、まだ明確に言葉にはできないんですけど、新しい世界を生きている気がすごくするんです。子供の頃からずっと同じ殻の中にいたのが、このタイミングでパリンと割れて、全然違うところにいるというか……うまく言えないんですけど。この感覚、初めて人に話した気がします。

土岐麻子

土岐麻子

──ニュアンスはすごく伝わってきます。

「父が亡くなって1カ月後にツアーなんてできるのかな」って最初は思ってたんですけど、できたんですよね。父と一緒にステージに上がったことも何度もあるので、自然とそのときの感覚を思い出しながら歌ったりして。そういう意味では同じミュージシャンという職業だったのは本当によかったなと思うし、父と一緒にいる感覚がありました。