ナタリー PowerPush - トーマ
いつか自分が納得できる日まで 表現活動の旅は終わらない
醒めていたからめげずに続けられた
──ボカロとの出会いはいつ頃なんですか?
高校の終わり頃、軽音部やバンドとは関係のないクラスメイト、一番仲よかった友達がボカロ曲を聴きまくってて、僕にも教えてくれました。ただ、その頃は「歌メロいらねえよ」だったので(笑)、そんなに深くは浸かってはなくて。電子音声に嫌悪したり否定したりはしないけど「けっこういいなあ」なんて言いながらときどき聴いてたくらいでした。
──ヒップホップやポストハードコアのような肉体派の音楽を指向していたのに、インドア文化、言ってしまえばオタクカルチャーと接触しているボカロに否定的ではなかったのはなぜ?
というか、子供の頃からアニメやマンガや本や映画は常に観まくっていたので。ボカロシーンみたいなものにはまったく抵抗なんてなかったですね。むしろ僕が高3の頃ってそういうオタクカルチャーが市民権を得始めていた頃だったので、シーンの内側から「おっ、なんかキテるな」って眺めてる感じでした。
──ボカロPデビューはいつなんですか?
2010年5月かな。「零に還る世界」っていう曲をニコニコ動画にアップしたんですけど、それが初めて作ったボカロ曲なんですよ。DTMを始めたのはいいんだけど、僕、すごい機械音痴で(笑)。新しい機材を買ってきても必ずつなぎ方なんかを間違えて「なんか音が出ねえなあ」っていうのを繰り返してましたから。そんなことを1、2年くらい繰り返して、ようやくちゃんとした形になったのが、その曲だったんです。
──「零に還る世界」の評判ってどうでした?
なんて言えばいいんだろう……。一切?(笑) 数人が再生してコメントも1桁くらいって感じでした。でも、当時はボカロは主軸じゃなかったので……。
──「歌モノも作れるんじゃね?」っていうノリだったし。
ええ。ポストハードコアのバンドが好きだったから、どこか「まあ、ボカロではこんなもんだろう」って醒めてました。だから逆に「めげずに続けてみよう」と思えたんだと思います。
あふれだす表現欲求は止められない
──その「めげずに続け」たボカロP活動が軌道に乗ったのはいつ頃なんですか?
それから1年くらい経ってから。「バビロン」っていう曲を発表した頃(2011年5月)です。そこでけっこう作風を変えたんですよ。それまでは耽美嗜好というか、キレイなんだけど重たくてっていう曲を書いていて。ポストハードコアって実はキレイというか、リズムはすごい重たいんだけど、上にキレイなピアノが乗ってるみたいな曲もあるじゃないですか。
──それこそ「歌メロいらねえよ」って感じでもっとハードコアではあるものの、実はエモ系、ゴシック系のヘヴィロックと近いジャンルですもんね。
基本的にはそういうノリを目指しつつ、ボカロの声がハマるようにちょっと重さの出力を調整するっていう曲を書いてたんですけど「バビロン」のときは趣味を全開にしたんです。正直、音楽といえばヒップホップとポストハードコアくらいしか聴いてなかったんだけど、それでもテレビやネットや街で耳にして気になってるフレーズみたいなものはあったから、それを全部ぶち込んでみたら、なんか再生回数が伸びたぞ、評価されたぞ、みたいな(笑)。
──今の作風に近づいた、と。そうやってアクセスを集めるようになると、トーマさんに対する評価が増える一方で、ネガティブな言説も目立つようにはなりますよね?
いったん気にした結果、一切見なくなりました。それは賛否どっちについてもそうで、最初はもちろん評価を得たいからボカロPとして活動していた部分もあったんですけど「あっ、評価が集まっても自分は楽しめないんだな」と思って。
──それはなぜ?
自分が作ったものに対して自分でぜんぜん納得できていないので。自分の曲を評価してくれたり、聴いてくれたりすることはもちろんうれしいんですけど、僕自身は自分の作った曲を好きになることが本当になくて。打ち込みが全部終わってから自分の曲を聴き返すのはミックスチェックのときくらい。それもできればやりたくないんですよ。もう聴き返したくない!(笑)
──とはいえ「バビロン」以降も曲を作り続けていますよね。
自分の中に表現欲求を受け止める器みたいなものがあって、それがあふれ続けてはいますから。そういう衝動がある以上、自分を納得させるものを作りたくて何十曲も書いてるんだけど、結局1曲も……みたいなことをずっと続けてるんですよ。ニコ動にアップしたり、コンピレーションCDに曲を提供したり、同人CDや今回のアルバム「アザレアの心臓」の楽曲を作り終えたりするたびに一応「これで完成」とは思ってるんですけど、どこかで「そう思ったら自分は表現者として終わる」とも思っていて。常に「もっとできたはず……」「いやこれが限界なのかも」って葛藤してます。
──具体的にどんな曲を作れたらトーマさんは救われます?
救われないと思いますよ、一生(笑)。
──じゃあ逆に言えば一生曲を書き続けることになる?
能力の端っこが見えるというか「自分には自分を納得させる曲は書けないんだ」ってなったらやめるとは思いますけど、たぶんそうなるでしょうね。「自分を楽しませる」という自分の中のハードルを乗り越えようとし続けるんだと思います。「きっと一生納得できねえんだろうなあ」「でも1曲でもいいから突き抜けられる作品ができるといいなあ」って(笑)。
- ニューアルバム「アザレアの心臓」 / 2013年4月3日発売 / dmARTS
- 「アザレアの心臓」初回限定盤
- 初回限定盤 [CD+DVD+ブックレット] / 2800円 / DGSA-10057B
- 通常盤 [CD] / 2000円 / DGSA-10058
収録曲
- 潜水艦トロイメライ
- リベラバビロン
- サンセットバスストップ
- 魔法少女幸福論
- envycat blackout
- 九龍イドラ
- 廃景に鉄塔、「千鶴」は田園にて待つ。
- オレンジ
- 未来少年大戦争
- ヤンキーボーイ・ヤンキーガール
- クジラ病棟の或る前夜
- アザレアの亡霊
- 心臓
初回限定盤DVD収録内容
- メイキング映像
トーマ
ボーカロイドを使用したオリジナル曲を動画サイトで発表するボカロPで、2010年5月にニコニコ動画に投稿した「零に還る世界」が処女作。ヘヴィメタルやジャズ、エレクトロニカなどさまざまなジャンルを1曲の中に詰め込む独特な音楽性と、ストーリーを感じさせる幻想的な歌詞で動画サイトなどで人気を集める。また不思議な世界観を持った歌詞やイラストにも定評がある。2013年4月には初の流通盤となるアルバム「アザレアの心臓」をリリースした。