ナタリー PowerPush - トーマ
いつか自分が納得できる日まで 表現活動の旅は終わらない
ニコニコ動画などで人気のクリエイター、トーマがメジャー1stアルバム「アザレアの心臓」を4月3日にリリースした。
トーマは、ヘヴィロック、エレクトロ、ジャズ、ディスコ・ファンク、トイミュージックと、1曲の中でめまぐるしくフレーズが展開する楽曲と、自サイト上に構築された架空の街をイメージした伝奇的な歌詞を武器に数多くの人気ボーカロイド(ボカロ)ナンバーを発表してきたボカロP。今回ナタリーではアルバムリリースを記念して、そんな彼へのインタビューを敢行。「アザレアの心臓」の魅力に迫るとともに、ワンアンドオンリーな楽曲の作り方、そしてなんとも不思議な横顔を追ってみた。
取材・文 / 成松哲
「ボーカルにメロディラインとかいらなくね?」
──今回のアルバム「アザレアの心臓」、すごく面白かったです。
ありがとうございます!
──1曲目の「潜水艦トロイメライ」からしてビックリしたんですよ。音を汚しまくったジャズっぽいイントロとAメロが始まったかと思ったら、Bメロで突然高速ツービートを踏み出して、サビは後ノリのヘヴィロック。で、そのままアレンジがバンバン変化しまくるから。率直な感想を言うなら「なんじゃこりゃ!?」。
あはははは(笑)。
──2曲目の「リベラバビロン」はエレクトロからヘヴィロックを経由して、最後はファンキーなギターのカッティングで終わってるし、3曲目「サンセットバスストップ」はちょっとオシャレなディスコサウンドだし。だからトーマさんの音楽のルーツが気になって。何を聴いていたらこんな曲を書けるんだろう?と。
最初に「音楽っていいな」と思ったのは小学校の頃。アニメ「名探偵コナン」のオープニングテーマ集が好きで、その次はヒップホップですね。中学から高校の真ん中くらいまではヒップホップばっかり聴いていて「ボーカルにメロディラインとかいらなくね?」って本気で思ってました(笑)。
──あんなにメロディアスな曲を書いてるのに(笑)。でもそのヒップホップ発言のおかげで、いろんな音楽の引用とカットアップで曲を構成するトーマサウンドの源泉がちょっと見えた気がします。
ああ、なるほどなるほど。確かに影響はあるのかもしれない。
──あれっ、自覚はない?
ジャパニーズヒップホップもUSのヒップホップもよく聴いていた、というかそれしか聴いてなかったけど、今思い出してみると、逆になんのこだわりもなく聴いていただけな気もしていて。ヒップホップであればなんでもよかったから「○○が好きでした」ってアーティストの名前を挙げられないし「ハマってた」とは言えない感じがするんですよ。歌モノよりは断然好きだったんだけど。
「オレ、歌モノも作れるんじゃね?」
──今回のアルバムの収録曲に入っているギターって手弾きですよね?
はい、全部僕が弾いてます。
──ということは、今やトーマさんは作詞家、作曲家であり、ギタリストであるわけですよね。しかも速弾きギタリストのようは派手さこそないんだけど、16ビートのカッティングは安定しているし、単音のリフをキレイに響かせてるし、堅実なうまさをみせるギタリストでもある。
いやいやいや(笑)。
──歌モノより断然ヒップホップが好きだった少年はどこでメロディメイクや楽器演奏に目覚めたんですか?
高校1年生のとき、DJをやりたくて軽音部に入部しまして……。
──ダンスミュージックが好きな子が「ヒップホップやテクノだって軽音楽なんだから」ってことで軽音部に入るケースって意外とあるらしいんですけど、それ、絶対に浮きますよね?
スゲー居場所がなかったです(笑)。だから居場所作りの意味もあって「しょうがない、ドラムをやるしかないな」と。ヒップホップ好きとしてはギターなんてぜんぜんカッコいいと思っていなかったので。
──逆に言えば、ヒップホップファンとしてはやっぱりリズムこそが命だろう、と。
そうですそうです。今もリズムパターンはできるだけ面白くしようと思ってますから。で、ドラマーとして部のバンドに参加してACIDMANなんかをコピーしてたんですけど、高2の頃「このままコピーばっかりやっててもなんも面白くないな。曲作んなきゃ」と思うようになり。「曲作るならギターだろ」ということで、その夏にギターを買いました。
──バンドを組んでいたならドラマーとして曲作りに携わることもできましたよね?
うーん……。確かにそうなんですけど、子供の頃からイチからものを作ることが好きだったんですよ。絵を描いたり、家や学校にあるガラクタを集めて奇抜なオブジェを作ったりとか。で、今回のアルバムの歌詞カードのイラストも描いてたりするんですけど、作曲もそういう活動の延長線上にあることだったんでしょうね。せっかく作曲をするなら曲の世界観もメロディも全部自分で作りたかったんだと思います。
──当時ってどんな曲を書いてました?
なんて言えばいいんだろう……。テンションコードバリバリで、カッティングもバリバリみたいな?
──すでに現在の作風の片鱗を見せていた。
今もそうなんですけど、そういう曲しか作れないんですよ(笑)。
──そして、その自作曲をボーカロイドに歌わせてみた?
いや、DTMはずっとやりたかったんですけど、当時は家にパソコンがなくて。だからイチから曲を作りたかったって言いつつも、僕にできるのはギターでメロディやコード進行やギターフレーズを作ることだけ。すべてのアレンジはできなかった。高校の終わりくらいからポストハードコア系のバンドを組んでいたので、曲はそのバンドで発表してました。
──半ば強制的に参加させられた軽音部バンドを経由しているとはいえ、ヒップホップからポストハードコアってけっこうな転身ですよね。
でもポストハードコアも「叫んでればいい」とまでは言わないけど、やっぱり純粋な“歌モノ”とは言いにくいじゃないですか。大学生になってパソコンを手に入れてDTMの機材やボカロを徐々に買い揃えていったんですけど、まだそのバンドをやってたし、そっちが楽しかったので気持ち的にはやっぱり「歌メロいらねえよ」(笑)。ボカロ曲は、表現活動の一環というか、言ってしまえば「オレ、歌モノも作れるんじゃね?」って感じ。DTMの練習の一環として作ってました。
- ニューアルバム「アザレアの心臓」 / 2013年4月3日発売 / dmARTS
- 「アザレアの心臓」初回限定盤
- 初回限定盤 [CD+DVD+ブックレット] / 2800円 / DGSA-10057B
- 通常盤 [CD] / 2000円 / DGSA-10058
収録曲
- 潜水艦トロイメライ
- リベラバビロン
- サンセットバスストップ
- 魔法少女幸福論
- envycat blackout
- 九龍イドラ
- 廃景に鉄塔、「千鶴」は田園にて待つ。
- オレンジ
- 未来少年大戦争
- ヤンキーボーイ・ヤンキーガール
- クジラ病棟の或る前夜
- アザレアの亡霊
- 心臓
初回限定盤DVD収録内容
- メイキング映像
トーマ
ボーカロイドを使用したオリジナル曲を動画サイトで発表するボカロPで、2010年5月にニコニコ動画に投稿した「零に還る世界」が処女作。ヘヴィメタルやジャズ、エレクトロニカなどさまざまなジャンルを1曲の中に詰め込む独特な音楽性と、ストーリーを感じさせる幻想的な歌詞で動画サイトなどで人気を集める。また不思議な世界観を持った歌詞やイラストにも定評がある。2013年4月には初の流通盤となるアルバム「アザレアの心臓」をリリースした。