ナタリー PowerPush - トーマ

いつか自分が納得できる日まで 表現活動の旅は終わらない

影響を受けたのはダブル村上と岩井俊二

──「メジャー流通でCDをリリースしませんか」っていうオファーを受けたのも「突き抜けられるかも」っていう期待があるから?

そうですね。あと「バビロン」を発表した頃から漠然とした架空の街が脳内にあって。僕の書く曲はその街全体のことを歌った歌や、その街のパーツ、そこに住む人や建物について歌った歌になってるんです。その街のシステムをアルバムっていう形でいったんまとめてみたいっていう気持ちもありました。

「オレンジ」イメージイラスト

──その架空の街や人、つまり歌詞ってアングラ演劇的というか、怪奇幻想仕立てになってますよね。「深度、段違いに潜りきった地図にない底にコーデュロイの海月、無色透明の寄生魚」(「潜水艦トロイメライ」)、「旧ネオン街三番通り 路地裏で その残酷で純粋な傲慢色猫のネイル」(「envycat blackout」)っていう感じで。

趣味を全開にした「バビロン」を作った頃からそうなんですけど、街の世界観や詞がこういう感じになってるのは完全に好きな本や映画の影響ですね。

──ブログで最近読んだ本にカート・ヴォネガット「タイタンの妖女」を挙げてましたよね。「アザレアの心臓」の収録曲と今日のお話を聞いてすごく腑に落ちたんですよ。詞の世界はSF的、ファンタジー的だし、あと自分を含め、人間のことを皮肉った目で眺めているあたりも似てるなあ、って(笑)。

あはははは。確かにそうかも(笑)。ただヴォネガットはそのブログの記事を書いてた頃たまたま読んでいて面白かったっていうだけで、あんまり影響は……。むしろ好きだったのは村上龍とか。日本の作家だとそのあたりかなあ。

──確かに初期の村上龍作品に通底するものはあるのかもしれない。世界にはセックスや暴力や金みたいなエグいものが渦巻いてるんだけど、それでもどこか美しいと思ってるし、希望を捨ててはいない。アルバム収録曲の「オレンジ」では「もう二人に明日がない」ことは知っていながら「君」に優しい言葉をかけてるし。

それは「そうあってくれたらいいなあ」っていう自分の願望ですね。あとは戒め。「ネガティブなことばっかり考えてるんじゃない!」っていう(笑)。願望と戒めで成立した詞です!

──ほかにはどんな作家に影響を受けてます?

村上春樹とか、映画でいうなら岩井俊二とか。村上春樹の作品もそうだし、岩井俊二の「スワロウテイル」もそうなんだけど、どこかエキゾチックというか、異国感があるじゃないですか。元ネタがわからないようにはしているつもりなんですけど、そこらへんが僕の作る架空の街のデザインや詞に影響を与えてますね。

作曲と同時だから「アレンジもクソもない」

──作詞はスムーズでした?

タイトルを決めてから曲作りを始めるので、詞の世界観みたいなものに悩むことはないですね。タイトルを決めた時点で言いたいことも頭の中にボカーンっと生まれてるんで。ただ、その言いたいことを完璧に固めたアレンジとメロディの中に収めなきゃいけないのは大変ですね。

──あっ、アレンジも完成させてから詞を書くんですか?

というか、ド頭からガチガチに固めてます。

──「ド頭」って?

まずDTMでドラム、ベース、ギター、上モノを全部作って、そのトラックの上にメロディを乗せてます。

──歌詞と曲なら詞を先に書く「詞先」や、曲を先に書く「曲先」ならぬ「編曲先」(笑)。

編曲と作曲が工程として分かれてないんでアレンジもクソもないという(笑)。というのも、そういう作り方をしないと、たぶんああいう展開には仕上げられないですから。

──1曲の中でジャンジャン変化していく曲を作りたいから、編曲と作曲を一体化させた?

ええ。ほかのアーティストさんの作る曲って1曲の中でそんなに雰囲気が変わったりしないじゃないですか。リスナーとしてそういう曲を聴くぶんにはすごく楽しいんだけど、それはなぜかというと僕が人生の中の3~4分だけその曲と関わればいいからなんです。それに人の曲だから自分のプライドも関わってこないし。だから純粋に「楽しいなあ」「カッコいいなあ」って聴けるんだけど、自分の曲となるとたとえ演奏時間が3分であっても、作っている僕は何時間も何日も関わることになりますよね。

──まあ、そうなりますね。

その何時間、何日のうちに何百回もあまり展開がない曲を聴いてると僕、飽きちゃうんですよ(笑)。だから作っている間に自分が飽きちゃわないように、楽しみ続けられるように色を変えたり、展開を多くしたりしてます。

──あはははは(笑)。結果的にそれがリスナーサービスにつながってるからいいようなものの、ワガママだなあ。ではそのアレンジの進め方は? 例えば「潜水艦トロイメライ」のようにジャズからツービートに移行して、サビで後ノリのヘヴィロックに持っていくっていう展開はパソコンに向かってから決めるんですか?

いや、タイトルを決めた段階で詞と一緒に曲の雰囲気やざっくりした展開もイメージできてるので、それに合う音を探してくるって感じですね。

ニューアルバム「アザレアの心臓」 / 2013年4月3日発売 / dmARTS
「アザレアの心臓」初回限定盤
初回限定盤 [CD+DVD+ブックレット] / 2800円 / DGSA-10057B
通常盤 [CD] / 2000円 / DGSA-10058
収録曲
  1. 潜水艦トロイメライ
  2. リベラバビロン
  3. サンセットバスストップ
  4. 魔法少女幸福論
  5. envycat blackout
  6. 九龍イドラ
  7. 廃景に鉄塔、「千鶴」は田園にて待つ。
  8. オレンジ
  9. 未来少年大戦争
  10. ヤンキーボーイ・ヤンキーガール
  11. クジラ病棟の或る前夜
  12. アザレアの亡霊
  13. 心臓
初回限定盤DVD収録内容
  1. メイキング映像
トーマ

ボーカロイドを使用したオリジナル曲を動画サイトで発表するボカロPで、2010年5月にニコニコ動画に投稿した「零に還る世界」が処女作。ヘヴィメタルやジャズ、エレクトロニカなどさまざまなジャンルを1曲の中に詰め込む独特な音楽性と、ストーリーを感じさせる幻想的な歌詞で動画サイトなどで人気を集める。また不思議な世界観を持った歌詞やイラストにも定評がある。2013年4月には初の流通盤となるアルバム「アザレアの心臓」をリリースした。