音楽ナタリー Power Push - 山中さわお(the pillows)×登坂絵莉(リオ五輪レスリング女子金メダリスト)

金メダル獲得を支えた戦いの歌

ピロウズと西野カナ

──登坂さんは子供の頃、どんな音楽が好きだったんですか?

登坂 小さいときから聴いてたのは、父の車で流れてたのもあって小田和正さんとか。そのあとはGLAYさん。今は西野カナさんも好きです。

山中 めちゃくちゃ売れてる人ばっかりじゃねえか!(笑)

左から山中さわお、登坂絵莉。

登坂 でも、昔はレスリング以外の何かに固執することがまったくなくて。

山中 ひたすらレスリング?

登坂 それしかやってこなかったので。音楽への接し方も、「誰かが大好き!」というより「この曲は聴いたことあるよ」くらいの感じでした。夢中になったのは、ピロウズさんが初めてです。

──そういえば、さわおさんはスポーツを観たりするのはもともと好きでしたっけ?

山中 いや、まったく。野球もサッカーも、なんのスポーツ観戦もしないね。俺、小4からギターを弾いてて、中学からはずっとロックに夢中で、16歳くらいのときには絶対プロになると決めてたから、ロック以外のことには一切興味なかった。そういうひたむきさは、もしかしたら登坂さんと近いかも。あとね、運動ができる人へのコンプレックスもあるのかな。スポーツがすごく強い男子校に通ってたんだけど、先輩が怖くて、みんな坊主なの。札幌で一番怖いとこだったんだよ。

登坂 えー(笑)。

山中 そんなとこでパンクやってると、いじめられるんだよね。俺は「スポーツやってる奴なんてしょせん坊主頭だろ」って思ってたけど、Jリーグができたあたりから急におしゃれな感じになって、「スポーツもできて、おしゃれもしちゃっていいの? ズルいズルいズルい!」みたいなのがあってさ。オリンピックもほとんど観たことなかった。

マットの端っこから世界の頂点へ

──「BE WILD」はどういう経緯で書くことになったんですか?

山中 「BE WILD」は登坂さんが出演する東新住建のテレビCMに曲を書き下ろしてほしいという依頼をもらって、今言ったようにスポーツは全然通ってこなかったけど、自分なりに「アスリートってどんな人生なんだろう?」と真剣に考えて作ってみたのが「BE WILD」。あのとき、オリンピック出場はもう決まってたんだよね?

登坂 決まってました。でも、私は曲を作ってくれてるなんて知らなくて!

山中 壮行会のときに「実はピロウズが登坂さんのために曲を書いたんです」ってサプライズ発表して。俺はその場には行けなかったんだけど、すごく喜んでくれた様子もビデオで見せてもらったんだよね。そうなると、心の中で距離が縮まるじゃん。いやー、オリンピック……生まれて初めて楽しみだと思った。

登坂 うれしいです。「BE WILD」はオリンピック前にたくさん聴いてましたね。やっぱり、何かとナーバスになっていたんです。オリンピックは初めてだし、リオなんて行ってみないとどんな場所かもわからない。でも、それを目指してやってきて、絶対に勝ちたいと思ってる。あとは、周りの重圧もある。だから「BE WILD」の「逃げ出したくなる孤独な夜は」という歌詞はとても響きました。本当にその通りで、逃げ出せるなら逃げ出したい。自分の目標なんだけど、達成に向かうには絶対に苦しみがあって、「もう辞めたほうが楽だ」って気持ちもすごくあったので。寝る前なんて特にいろんなことを考えるんです。「負けたらどうなっちゃうんだろう?」とか。

山中 うわー、怖い! だってさ、CMの話も壮行会も祝勝会もそうだけど、登坂さん1人に対してものすごい数の大人が動いてる感じだもんね。

登坂絵莉

登坂 そうですね。自分は変わってなくても、オリンピックが近付くにつれて周りがどんどん変わっていくことに最初は動揺しました。期待されているからこそ結果を出したい気持ちもあったし、このために生きてきたので。もし負けちゃったら……自殺はしないと思うけど、何を目標に生きていけばいいのかとか、ときには暗いことも考えたり。

山中 かなりシリアスなレベルでさ、レスリングを辞めようと思ったことって一瞬でもあるの?

登坂 ありますね。うちのチームは(吉田)沙保里さんがいて、インカレ(全日本学生レスリング選手権大会)のチャンピオンもたくさんいるんですよ。そこに「私も全中(全国中学生選手権大会)でチャンピオンだったし、オリンピックに出たい」くらいの軽い気持ちでチームに入ったら、思った以上に差がありすぎて「これ、絶対無理だな」って。リオで金メダルを獲った土性(沙羅)選手や川井(梨紗子)選手が1つ後輩なんですけど、2人はチームに入ってきた時点でもうスターだったんです。彼女たちが監督にアドバイスをもらってるとき、私はいつもマットの端っこにいて、期待されてる先輩の練習相手になってやられる役目みたいな感じでしたから、オリンピックでチャンピオンになるなんて誰も想像すらしなかったと思います。でも、家族だけはいつかチャンピオンになると信じてくれていたので、やっぱり裏切りたくなくて。

山中 うんうん。

登坂 自分のためというよりは、ほぼそれだけで。目の前のことを一生懸命やってるうちにチャンスが運よく回ってきて、そのチャンスを生かしながらここまで来れた気がしてます。

──そういう話を聞くと、登坂さんがほかでもないピロウズが好きになったのがわかる気がします。

山中 あははは(笑)。そうかもね。

登坂 本当に弱かったんですよ。目立たないし、使いっ走りみたいな感じで。1コ下のスターがすごすぎて、先輩として注意しなきゃいけないし、教えていかなきゃいけない立場だけど、それも言えないくらい。後輩は結果も出してて、期待もされてて、私が何かアドバイスするレベルじゃないっていう。

山中 よかったね、辞めなくて。

登坂 はい!

the pillows ニューアルバム「NOOK IN THE BRAIN」2017年3月8日発売 / DELICIOUS LABEL
「NOOK IN THE BRAIN」
初回限定盤 [CD+DVD] 3780円 / QECD-90003
通常盤 [CD] 3240円 / QECD-10003
CD収録曲
  1. Envy
  2. 王様になれ
  3. Hang a vulture!
  4. パーフェクト・アイディア
  5. Coooming sooon
  6. She looks like new-born baby
  7. pulse
  8. ジェラニエ
  9. BE WILD
  10. Where do I go?
初回限定盤DVD収録内容
  • Envy(Music Video)
  • 王様になれ(Music Video)
  • Hang a vulture!(Music Video)
the pillows(ピロウズ)
the pillows

山中さわお(Vo, G)、真鍋吉明(G)、佐藤シンイチロウ(Dr)の3人からなるロックバンド。1989年に結成され、当初は上田健司(B)を含む4人編成で活動していた。1991年にシングル「雨にうたえば」でメジャーデビュー。結成20周年を迎えた2009年9月には初の東京・日本武道館公演を行い、大成功に収めた。2012年にはバンドを一時休止し、山中と真鍋はそれぞれソロアルバムを発表。2013年の再始動後は再び精力的な活動を展開し、2014年2月には結成25周年を記念したトリビュートアルバム「ROCK AND SYMPATHY -tribute to the pillows-」、同年10月にはオリジナルアルバム「ムーンダスト」が発売された。2017年3月には通算21枚目となるオリジナルアルバム「NOOK IN THE BRAIN」をリリース。5~7月には全27公演のライブツアー「NOOK IN THE BRAIN TOUR」を行う。

登坂絵莉(トウサカエリ)

1993年8月30日生まれ、富山県高岡市出身のレスリング選手。9歳のときに「マット運動が楽しそうだったから」という理由でレスリングを始め、2008年のJOC杯ジュニアオリンピックではカデット43kg級でベスト8、全国中学生選手権大会で優勝という記録を残す。至学館大学在学時には全日本選抜選手権で4連覇。大学卒業後、2016年春より東新住建レスリング部に所属し、同年夏のリオデジャネイロ五輪では48kg級で金メダルを獲得した。